第29話 本心

「本当にありがとう。フランツ。キミがいなければ娘は、間違いなく国外追放されて、名誉回復もままならず、行方不明になっていたと思うよ」


 公爵様はそう言って若輩の私に向かって丁寧に頭を下げてくれる。


「いえ、それが最悪の可能性でした。あのパーティーの場に自分が立ち会っていて本当に幸運でした」


「ああ、君がいなかったらと考えるとぞっとする」


「今回の件は、公爵様はどう考えていらっしゃいますか?」


 それが今回の本題の一つだ。意見交換をしておきたい。


「おそらく、新興貴族派の陰謀だろう。いくらなんでも、ニーナを失脚させるためには、信ぴょう性がある証言が複数必要になる。新興貴族派はそれをうまくでっちあげたんだろう。自らが国政の中心になるために」


「私も妹からそれに近い情報を得ています。これは、私たち名門貴族派に嫉妬しっとする新興貴族連合の陰謀に違いありません。今回の件の中心である男爵も、皇太子様の婚約者の父親ということで、新興貴族ながら異例の子爵に叙される予定ですし」


「うむ。奴らは、皇太子様に接近して、傀儡かいらい政権を作るつもりなのかもしれないな。神輿みこしは軽いに限る、か」


「そうなれば、粛清しゅくせいの嵐によって、国は内乱になるかもしれません」


「フランツ辺境伯のことだ、陛下とも相談しているんだろう?」


「はい。陛下もその可能性を憂慮していらっしゃいました」


「だろうな。聡明な陛下のことだ。なにか対策を考えているはずだが……我らもより緊密になって陛下をお支えしなければならないな」


「はい、公爵様にご協力いただけるなら、私も百人の味方を得たように思えます」

「そこでだ、フランツ辺境伯? 娘のことを、ニーナのことをどう考えている」


 公爵様は、言いにくそうな表情だ。


「はい……とても素敵な女性だと思っています」


「意地悪なことを言っているのは、わかっている。だが、キミのニーナに向けていた感情が恋心だということには、ずっと前から気が付いていた」


「立場上、許されない感情でした」


「うむ、私もずっと後悔をしていたよ。殿下よりも君のほうが間違いなく娘を幸せにしてくれるのになと」


「もったいない言葉です」


「そして、今回の件でそれは確信に変わったよ、だが、ニーナは立場的には君に合わなくもなってしまった。婚約破棄の件は、君の立場も危うくするかもしれない。陰謀に巻き込まれるリスクも増えてしまう」


「公爵様、お言葉ですが――」

 私は、後見人になってくれている恩人の言葉を強く否定する。


「そのようなこと、ニーナを生涯の伴侶はんりょにできるならば、取るに足らないことだと思っています」


 これが、私の偽りのない本心。


「そうか、ならば私から何も言えないな。あとは、ニーナをその気にさせないとな。もしかしたら、そちらのほうが難しいかもしれないが!」


 そう言って私たちは笑いあった。

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