第22話 儀式

 春。辺境伯領も麦や野菜などの種植えがはじまるわ。今日は、フランツ様が農業の豊作を願って行われる儀式を手伝うことになったの。


 これは帝国領では貴族が取り仕切る儀式の中でも最も重要なもの。皇族の方々が、帝都で大々的に豊作祈願をおこなった後、各地の貴族もそれにならって儀式を取り仕切るわ。


 皇帝陛下もしくは代理の貴族が、天に向かって、豊作を祈願する。

 その随伴ずいはんとして、若い女性が祈願を手伝うことになっているんだけど、今回はフランツ様の助手に私が選ばれたわ。去年、私が帝都で皇帝陛下の助手を務めていたから、フランツ様が選んでくれたらしいの。


 この儀式、女性側はそこまで出番はないんだけど、いろいろと制約がたくさんあって気を使うのよね。


 服装は、白を基調としたドレスで、最初に歩くときは必ず右足から、儀式主に植物の種を手渡すときは両手で、神の代理人になっている主の手よりも下にさしださないといけないとか……


 去年の練習大変だったな。いつも怒られていたわ。でも、そのおかげで、フランツ様の役に立つことができたからよかったわ。


「去年、ニーナが陛下の助手を務めたから、麦が豊作になったんだよね! 今回もそれにあやかろうと思ってね」なんて言われたら、断れるわけがない。むしろ、喜んで引き受けてしまうわ。


 誰かに必要とされるなんて、ありがたいことはないんだから。この前の婚約破棄で私は、痛いほど思い知ったわ。だからこそ、必要とされたら、その人の期待にこたえられるように頑張る。そう決めたの。


「ありがとう、ニーナ。キミに手伝ってもらえたから、とてもすばらしい儀式になったよ。これで今年の収穫も安泰だよ」


「責任重大ですね。これで不作になってしまったら、私のせいかもしれません」


「大丈夫だよ。その時は、私の徳の問題だからね」


「それなら、絶対に大丈夫ですわ!! フランツ様は徳を積んでおられますからね!」


「これで、私も責任重大だね」

 緊張が解けた私たちは軽口をたたいて笑いあった。


 そんなことを話していると、儀式を見学していた侍女達のうわさ話が聞こえてくる。


 ※


「今年の儀式は特にすてきでしたわね」

「ええ、フランツ様はもちろん気品がありますし、ニーナ様の所作もさすがは帝都で大役をはたしていらっしゃっただけあって、本当に優雅で美しかったですわ」


 ※


 私たちは、その賞賛を聞いて本当に安心する。


「噂好きの侍女たちも褒めてくれているね。彼女たちは、正直だから、もっと胸を張ったほうがいいよ」


 それが聞こえてきたので、私も本当に安心した。頑張った努力が褒めてもらえるだけで、本当に救われる思いよ。


 ※


「でも、知ってる? 皇太子さまの新しい婚約者様だけど、都の儀式で大失敗したそうよ」

「えっ!? また!?」

「うん。私の親せきが、帝都で役人やっているんだけど、マナーや所作が決まっていることと全然違って、不貞腐れて儀式の途中で帰っちゃったんだって!」

「うわ~」


 ※


 フランツ様は苦笑していた。私がもう心配することでないのはわかるけど、この帝国は本当に大丈夫なのだろうか?

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