第6話 褒美

 私が通訳をしてから、1週間が経過した。

 いつものように私たちは午後のお茶会を楽しむ。


「ニーナ、この前の通訳、本当にありがとう。夕食楽しんでもらえたかな?」

 いつもの3人のお茶会で、フランツ様は私にそう言った。


「ええ、とっても! 美味しいワインと料理でした」

「それはよかった。あそこはうちの家族のお気に入りだからね。今度は3人で行こうか」


「もう、お兄様ったら……本当はふたりきりでいきたいんじゃないんですか? 私を口実にしてませんか」

 そう言ってマリアは私たちをからかった。


「まったく、マリアにはかなわないな。そういえば、ニーナの活躍で、通商条約を結べたからね。皇帝陛下から、褒美をもらえるらしい」

「それはおめでとうございます! フランツ様の交渉能力の賜物ですね」

「いやいや、今回はニーナの活躍の方が大きいと思うけどね。一応、代表として私がもらっておくよ。ちなみに、国務次官就任も依頼されたけど、断ったから」


「えっ、国務次官をですか!! 外交を司る重要ポストじゃないですか。国務省のナンバー2なのに……どうしてですか!」


 貴族なら絶対に就任したい立場のはずなのに。それもフランツ様の年齢で就任なら歴代最年少記録を大幅に更新できるはず。


「軍事力を持つ私が、外交権も司るのは、あらぬ疑惑を生むからね。バランスが悪いよ。それに皇太子様にこれ以上、逆恨みされると面倒だろう?」


「それもそうですが……もしかして、私をかばったからじゃ……」

 たしかに、あのパーティーの場でフランツ様は、皇太子様に逆らって私をかばってくださった。


「違うよ。あくまで、バランスの問題さ。それに、19歳で国務省のナンバー2なんて身に余る地位だからね。嫉妬で敵を増やすのは得策じゃないよ。ただですら、選帝侯という人がうらやむ地位にいるからね」


「なら、いいのですが……」

 私のせいでフランツ様の仕事に支障があったら、嫌だ。足手まといになりたくない。


「気にすることはないよ。でも、それだけでニーナが納得してくれないだろうね。なら、こうしよう。しばらく、私の仕事を手伝って欲しい。ニーナも退屈していると言っているし、私も優秀な秘書が欲しい。最高の関係じゃないか!」


 私が気に病まないように、あえて交換条件のように言ってくれているのが分かる。本当に素敵な人ね。こんなに気を遣ってくださるなんて……


「よろしくお願いします」

 でも、あまり恐縮しすぎても、彼の厚意を踏みにじることになる。なら、私ができることを精一杯やるほうが健全よね。


「では、これからもよろしく頼むよ、ニーナ!」

 辺境伯は、まるで子供のような笑顔を私に向けてくれる。


 ※


「まったく、おふたりとも素直じゃないんだから。お兄様、はっきり言ってあげてください。国務次官という地位よりも、ニーナ様が近くにいてくれるほうが、お兄様にとっては最高のご褒美なのでしょう? 今回の件で皇帝陛下からも、ニーナ様をこれ以上の罪や罰には問わないという確約までいただいているのに……」

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