第3話 三日目

 海外との繋がりが遮断され、閉鎖されたここは……通称『裏日本』と呼ばれている。


 そっくりそのまま、日本の形を再利用した島国だ。


 そう、夏休み直前の終業式当日、世界は唐突に変わってしまった。


 だけど、考え方を変えてみれば、だ。


 これって、つまり、しばらくは受験のことを考えなくていいのでは……!?


 なんて、現実逃避をした先の現実がもっと困難であることを、喜んではいられない。



「学校にいくべきなんだろうけど……」


 さて、本当にいくべきか?

 徘徊するドラゴンがいる外の世界をのんきに歩いてまで?


「身を守る手段を持ってないのに出かけるのは、自殺と変わらないよなあ……」


 ドラゴンも、見つけた全員を捕食しているわけでもないだろうし、

 おれたち全人類に与えられた対抗手段である、『能力アビリティ』がある。

 しようと思えば、ドラゴンだって撃退できるのだ。


 科学兵器よりも万能で、特化していて、望んだ結果と大きな効果を出すことができる裏日本特有のアドバンテージは、しかし、限られた人間にしか手にできない。


 いや、どちらかと言えば、限られた人間だけが、使えない。


 能力を持たない(誰もが潜在的には能力を持っている)能力者は、つまり、今のところ大きな流れに乗り切れていないとも言える。


十位圏内じゅういけんない、ね……」


 これまでの経過を見れば、まるで選挙だ。

 どこの誰を支持するのか。

 支持したことで、能力が得られる仕組みになっている。


 十位圏内とは、現状、能力者につけられた順位の二位から十位を差す。


 ちなみに、一位はこの世界を作り変えた国そのものである、擬人化した日本だ。


 彼が主催している順位を奪い合うサバイバルゲーム『アビリティ・ランキング』のクリア条件は、おれたち人間が一致団結し、一位の日本を倒すこと。


 つまり全国民の意志を統一する必要があるのだが……既に派閥は分散している。


 テレビを見ているとニュース番組ばかり。

 内容はもちろん、選挙のようにどこの誰にどれだけの票(能力者)が集まっているのか――というものだ。


 判明している十位圏内は三名。


 三位、四位、五位。


 今のところ、四位に能力者が一番、集まっているらしい。


 三位も追随してはいるが、差は開くばかりだ。

 五位に至ってはかなり少ない。


 あくまでも判明している十位圏内の勢力図であり、残りの六名については未だ不明だ。


 つまり浮動票と思っていても、見えていない部分で分散している可能性がある。


 ……だけど、誰が一番、支持されているかの、対決じゃないのだ。


 分散した能力者を一手に集めることが目的だ。

 信頼によって集まり、形となった派閥を壊してでも。


 それにしても、こうも人が分散しているのは、よくない傾向だろう……、

 それだけ人々の意識がまばらなのだから。


 きっかけ一つで、票が一つに集まるのなら苦労はしない。


 トップ不在の社会は今のところ、船頭が多いのだから。


「安定を取るなら四位だとは思うけど……」


 他の十位圏内と比べてみれば、年を取っているというだけだ。

 比較してマシな方を選んでいるだけであり、

 心の底から信頼できそう、と思ったわけではない。


 どちらかと言えば胡散臭そうで、ついていきたくはない人に思ってしまう。


 大人視点からすれば、判明している二人の十位圏内がまだ成人していない女の子だから、彼女たちに頼るくらいなら大人の男性を頼る、と判断しているのかもしれない。


 そうでなくとも、どうやら元々顔は広いようで……、

 タレントではないけど、有名な弁護士だったような……? 

 詳しくないから分からないな、あまりテレビは見ないし。


 ともかく、未だにおれが無能力者なのは、支持する十位圏内を決めかねているからだ。


 誰も、信頼するには判断材料が足らない。


 ただ早く決めないと、大変なことになると警告されてはいるのだが……、


「まだ三日目だ……」


 鏡の前で上唇を持ち上げ、犬歯を見ると……、やっぱり、鋭く伸びた歯があった。


 夢じゃなかったのか……。

 幸い、今のところ、変化はそれだけ。


 一部、人によっては手の爪が三十センチ以上も伸びた人もいるらしい……。


 肩から手の甲にかけて、びっしりとウロコで覆われた人も。


 無能力者、もとい、野良の能力者は一週間で『怪獣かいじゅう』に変化してしまう。


 外を徘徊するドラゴンのように、いずれは彼らと共に空を飛ぶことになりそうだ。


 まだ三日目か、もう三日目か。

 夏休みに入ってからは、二日目だ。


 夏休みももう二日目、とは言わないから、まだ二日目、と考えるだろう。


 それと一緒だと思えば……、

 じゃあ、まだ、と、しかし余裕を持っているのもそれはそれで危険な気もする。


 ゆったり構えていて、もう六日目だった、になりかねない。


 さっさと支持する十位圏内を決めて、『集団クラン』に入るだけ入っておくのも一つの手だが……こういうのって、入るのは簡単でも抜けるのが難しいんだよな……。


 できるだけ、一度入ったら最後まで残っていたい。

 そのためにはやっぱり、自分の目で見極める必要がある。


 支持するべき、十位圏内を。


「……外に出るしかないか」


 ちょうど、食料も底をついた。

 元々蓄えていなかったとは言え、三日で冷蔵庫の中身は空っぽだ。


 飲み物さえもない。


 どうやらスーパーやコンビニは平常通りに営業しているらしい……、

 これは彼、日本の計らいで、用意した『裏日本人』という、

 例えるならゲームのノンプレイヤーキャラ(NPC)が補ってくれているらしい。


 おれたちがサバイバルゲームに集中できるように。

 つまり、インフラは整えられているわけで……彼らのおかげで経済も上手く回っている。


 彼的には、細かいことは考えるな、らしい。

 仕事嫌いからすれば、裏日本は遊んでいても暮らせる理想の世界なのかもしれない。


 それもあってか、意志の統合はさらに難しくなっているとも言えるな……。


 やる気のないやつにやる気を出させるのは難しい。

 まだ、支持者を変更させる方が簡単な気もする。


 なんにせよ、始まったばかりの裏日本の生活は、今のところお先真っ暗だった。

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