アビリティ・ランキング:新世界の双璧
渡貫とゐち
part1 裏日本
第1話 ゲームの始まり
受験を控えた中学最後の夏休みが遂に明日から始まる。
つまり、今日は終業式なのだけど……、
朝、学生カバンを持って外に出たら、
空が、地面が、景色が、モノクロになっていた。
セピア色よりも前の、昔の写真の中に入ってしまったかのよう……。
驚きはしたが、まずは自分の目を疑った。
玄関に引き返し、洗面台で顔を洗う。
再び外に出て――、
それでもやっぱり、世界はモノクロのままだった。
「……おれだけじゃ、ないみたいだな……」
周囲を見れば、通勤中の大人が、近くの人と言葉を交わしていた。
声に焦りはなかった。
見えている景色が色のないモノクロになっただけだ。
それ以上でも以下でもなく、だから今のところ、実害は出ていなかった。
信号の赤と青が分からないため危険はあるが、
この状況で交差点を渡ろうとする人はいないだろう。
いたとしたらごく一部。
一部なら、二分の一で信号無視だったところで、大きな事故にはならない可能性の方が高い。
未だにサイレンは鳴り響かない。
警察も、未知の状況に戸惑っているのだろう。
これは、災害か?
事故ではないし、事件でもない。
白黒の世界になっただけで……、
だからこそ、心の奥底でわだかまるような、不気味さだとも言える。
まだ、いっそのこと巨大な怪獣でも出てくれた方が分かりやすいリアクションが取れた。
警察も対応に戸惑うこともなかっただろう……原因が歩いているようなものだからだ。
それを処理してしまえば、解決するという目途が立つ――だけど。
これは、本当になんだ……?
「あ――おい、あれ!」
サラリーマンの一人が、あるものに気づき、空を指差した。
声と指につられて、周囲の人が一斉に上空を見上げる。
雲一つない晴天の空……もちろん暗雲のような白黒だったが。
太陽の眩しさに顔をしかめることがないのが幸いだったかもしれない。
もしも太陽光があれば、指摘されたそれを確認できなかったはず。
――そこに、いた。
空中を足場にして真っすぐと立っている……人間だ。
フルフェイスヘルメットのようなものを被っていて、素顔は分からない。
全身を、青いローブで包ませている。
全身、青尽くめの……男か、女か。
遠目から見ているため、背丈すら分からない。
素性は当然、不明。
人間、だとは思うけど、でも姿形が同じであるからと言って、果たして人間か?
両手両足二本ずつの、二足歩行ができる生物は、一応、他にもいるわけだし……。
人間じゃないとしたら。
……ははっ、宇宙人だとでも?
それは、当たらずとも遠からずの予測だった。
「外敵ではなく、内敵と言えばいいのかな……、
なんにせよ、お前たちの平穏を壊すという意味では、オレも侵略者だというわけだ」
空中に浮かぶ人間の声が聞こえてくる。
声音からして、男……、
しかしヘルメットを被っているのに声がこもるどころかはっきりと聞こえてくる。
耳にはめたイヤホンのように、体の内部に響いてくる感じ……。
おれだけじゃない、周りの人も耳に手を当て、声を聞いているようだ。
「石を投げようがオレには当たらないぜ?
映像ではないが、本物でもない。
そもそも、お前たちはオレの中にいるわけだしな――」
男がこつこつと足音を鳴らし(空中なのに!? プラスチックの足場でもあるのか?)、
周囲を見下ろし、観察している。
順番に、もちろん、おれのことも見ているはずだ。
すると、男の視線がおれで止まった。
いや、ヘルメットをしているので、
顔はこっちを向いているが、視線がおれに向いているとは限らない。
というか、多くの人がいて、
まさかよりにもよっておれを見ているだなんて、そんなわけがない。
ただの被害妄想……のはずだ。
そう思い込もうとしても、
見なくとも分かる嫌な視線の感覚が、さっきから突き刺さる。
「お前らは、クズだ」
瞬間、明確な、殺意が生まれた。
モノクロの世界、
空中に浮かぶだけだった謎の男からの、初めてのアクション。
全身が総毛立ち、冷や汗が背中を伝って落ちていく。
「な、な、なんでッッ、俺を狙ってんだよぉ!?!?」
一人の男が声を上げ、女性の悲鳴が連続する。
男は、物理的な動きはなにもしていない、はずなのに、
周囲にいた人たちが一斉に回避行動に出た。
……特定されていると誤解していたのはおれだけじゃない……?
一人一人、全員が、自分が狙われていると思い込んでいた……?
まるで、角度を変えれば絵柄が変わるように、
おれの目にだけ、今、見えている光景が映されているとしたら……、
まんまとはめられたわけだ。
空中に浮かぶ謎の男のやり口に。
「救いようのないクズ共。
誰も、周りに助けを求めないのか。まあ予測はしていたが――」
助けを求められても、手を取る奴もいないか……、とも、男は吐き捨てる。
その割には、ガッカリしたような雰囲気があったが。
「そうだよな、それがお前ら、人間の本質だもんなあ」
利害が絡まなければ動かない。
純粋に、利を求めず、害を受け入れても動く者は限られる。
見返りを求めない人助け……それがご所望だって?
「いや、見返りくらい求めるだろ……相手にじゃない、それは自分で見つけるもんだ」
おれはそう思っている。
「ふうん」
これは明確に、おれを見て呟いていたと分かった。
「人間に足りないものはなんだか分かるか? 『信頼』だ。
信頼関係がない。いや、あるにはあるのだろうな、薄っぺらい、害があればすぐに見捨て、利があれば裏切る程度のものならいくらでも、作ることができるのだろうな……、
器用なお前らには朝飯前か」
否定はできない。
そういう人間関係もあるにはあるのだから。
でも、そればかりでもない。
本当に信頼し合っている人たちだっている。
おれにだって……、そういう相手はいるのだ。
「なら、試してみればいい」
「え?」
「どんな状況でも裏切らない仲間、そんな相手がいるのなら、証明してみせろ」
証明って言われても……、
それを見抜ける方法なんて……、
「ある」
おれの心の声を覗いたように。
謎の男は、おれだけに声をかけているわけではないのだ。
たぶん、おれと同じような返答をした人が、他にもいるのだろう……、
「なんのためにオレがわざわざこんな姿になってまで出向いたと思っている」
おれの返答とは別に、会話をしている節が何度もあったのだから。
「まるで自分の胃の中にいる感覚だな……」
比喩……ではなさそうだ。
冗談にしては実感がこもっている。
「体内にこうも無数の嫌悪感を蓄えていると考えると、虫唾が走る」
だから、と、
男が指をパチン、と鳴らした。
モノクロの世界に色がつく。
空が青く、太陽光は黄色く、葉は緑色に。
だけど、元通りとは言い難い。
言えてしまうほど、楽観的にはなれなかった。
「オレは『日本』……、
スケールのでかさは無視していい、擬人化と言えば分かりやすいか?」
動物や戦艦などは見慣れているが……、日本。
国かよ。
確かに、スケールが桁違いの擬人化だと言える。
で、それを信じるとしてだ。
その日本が、どうして突然、おれたちの前に現れた?
「日本としては見過ごせないな、お前たちの今の生き方、関係性はな」
「信頼……」
「ああ。なあなあはいらない。演技も必要ない。中途半端なら、ない方がいい」
だから、
「これは、オレとお前らの、一騎打ちだ」
擬人化した日本は、そう言った。
一騎打ちと言うからには、おれたちの中から一人を選べ、とでも言うのだろうか。
人類全員から信頼される、リーダーを前線に出せ、と?
「簡単に言えば。だが、簡単に選出できると思うなよ?」
なぜなら。
「裏切り、見捨て、利害で断ち切り繋いできた歴史の果てに、お前らがいる」
たった一人を祭り上げたところで、一部、反対勢力は存在する。
それを見逃す日本ではなく、その中途半端な状態で一騎打ちをする日本でもない。
「全ての信頼を勝ち取れ。たった一人と、オレは勝負をしてやろう」
世界の命運をかけた戦いになる――、
未だ、危機感がない者たちへ、日本からの宣告だ。
「既に世界は変わっている。
無期限の能力サバイバルバトル、『アビリティ・ランキング』の開幕だ。
参加するもしないも自由だが、さて、ぬるま湯から熱湯以上に変貌した過激なこの世界で、今まで通りに生きることができるかな?」
そして――、
世界が姿を変える。
まるで、地球の歴史を遡るように、
原点回帰した弱肉強食の世界へと。
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