二学期③

「…………で、高坂は私をイジメに来たの」


「まさか。落ち着いてゆっくりできる場所を探していたら生徒会室を思い出しただけさ」


 おかげでとんでもない事故現場に遭遇してしまったと思ったが。

 さすがの俺もピンク色現場だったらジャストトラップしかねるところだった。


「疲れてるの?」


「ちょっと周りの人達から質問攻めに遭ったところでね」


「質問…………? あ、もしかしてキックターゲットの関係?」


「なんだよ、前橋も知ってるのか」


「SNSのオススメで流れてきたから…………クラスでも話してる人がいたし」


「もっちーさんのために出ただけなんだけど、思いのほか反響があったみたいで困ってるんだ」


 こんなことになるぐらいなら、途中で手を抜けばよかったか?

 …………いや、ないな。

 勝負事で俺が手を抜くわけがないし、車を出してくれたもっちーさんにプレゼントが渡せなくなる。

 騒ぎになるのは避けられなかったかもしれない。


「…………熊埜御堂とダブルでパーフェクトっていうのが余計にバズった原因だと思う。サッカーかじってる人なら大体知ってるぐらい今の熊埜御堂って有名だし」


「そんな有名になってんのか……」


「それに、サッカー関係無く騒いでるような人は、バズってる動画に高坂が出てるからってだけで盛り上がってるだけでしょ」


「一過性のものなら助かるんだけどな」


 俺はソファの背もたれに後頭部を乗せるようにして体を預けた。

 その隣に前橋が俺の方へ身を乗り出すようにして座った。


「…………で?」


「で? でって何だよ」


「高坂はサッカーいつから復帰するの?」


 前橋が真剣な目で見つめてくる。


 いいのかよ。

 汗で湿った前髪、間近で見えてるけど。


(なんて、茶化すのは流石に失礼か)


 弥守や涼介に復帰宣言をした時、誰よりも熱く擁護してくれたのは前橋だ。

 梨音や生徒会の人達には今年度の冬、もしくは来年度には復帰できるように目指していることを伝えている。

 同じように前橋にも伝えておくのが誠実な態度というものだろう。


「足の状態にもよるけど…………来年度までには復帰する予定だよ。それでもまだ足が痛む場合は…………治ることがない、って諦めるしかないかもな」


「そう…………なんだ。どこに入るの? セレクション受けるの?」


「まだ決めてないんだ。個人的には前橋もいたFC横浜レグノスが良さげだけど、熊埜御堂からも勧誘を受けてる。それに瑞都高校も今年はかなりレベルが高いんだろ?」


「うん。お兄ちゃんが今年は全国行けるって言ってた。地方予選の1回戦は余裕で勝ったみたいだし」


 前橋兄はサッカー部のキャプテンを務める前橋ひじりさん。

 桜川の話ではヴァリアブルに完膚なきまでの敗北を喫したあと、腐ることなくモチベーションを高め、より一層練習に熱が入ったとのことだ。

 もしもウチの高校が全国に行き、好成績を収めたのであれば一考の余地はある。

 ただ問題は、狩野隼人が今年いっぱいで卒業してしまうというところだ。

 賢治に完封されていたと言っても、絶対的エースなのは間違いない。

 その抜けた穴をカバーできるのかどうか。


「足が治った時に調子がいいところ、っていうのが今言えることかな」


「お兄ちゃんも高坂のことは気にしてた。もし部活に入ってきてくれたら全力でサポートするって」


「サポートも何も、前橋兄も今年で卒業だろ」


「そうだね」


 クスクスと前橋が笑った。

 部活に所属するメリットはチームの強さだけじゃない。

 前橋やマネージャーをやってる桜川達といった友人達と、一緒にいられる時間が増えるということだ。

 俺はサッカーをやると同時に学校生活も両立してみせると考えている。

 中学時代とは違う、新しい側面を手に入れることができるのだと。いざ始めてみればそんな欲張りなことは難しいのかもしれないけど、何事にも挑戦だ。


 そんな話をしているうちに、気付けば昼休みの終わりまで5分を切っていた。


「やっべ、話し込みすぎた」


「急いで戻らないと」


「またな前橋」


「ん」


 ゆっくりしに来たのに結局話し込んでしまった。

 だけど疲れた感じは全くしないな。

 むしろ有意義な時間を過ごせた気分だ。

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