エピローグ

 キックターゲット対決から半月、これといった大きなイベントがあったわけでもなく、高校最初の夏休みが終わりを告げた。

 9月になったとはいえ、まだ気候的には少し暑い。

 早く過ごしやすい時期にならないものだろうか。


「修斗ー。準備できたー?」


「今行くよ」


 梨音に呼ばれ、制服に着替えた俺はカバンを持って階段を降りた。

 梨音の制服姿を見るのも久しぶりだ。


「休みが続いたあとの学校はダルく感じるな」


「そう? みんなと会えるから私は楽しみだな」


 わお。思考レベルが俺とは違いすぎる。

 確かに憂鬱に考えるより無理してでも考え方をポジティブに捉えた方が気持ちが楽だよな。

 八幡やニノはともかく新之助と会うことに楽しさを見出せるかと言われれば疑問だが。



 教室に着き、扉をガラガラと開けるとクラスのみんなの視線がこっちに向いた。


「あ、高坂来た!」


 クラスメイト達が一斉に寄ってくる。

 なんだ。今度は一体俺が何をやらかしたというんだ。


「これ、高坂君だよね!」


 女子バレー部の隠岐おきが携帯の画面を見せてきた。

 そこに映っていたのはキックターゲットで的を撃ち抜いている俺が映っていた。


 そういえば…………これYou◯ubeで流すみたいなこと言ってたな……。

 完全に忘れてたけど、なんでみんなはこの動画を知ってるんだ。そんな有名なチャンネルだったのか?

 あ、新之助がいるじゃねーか。どうせ動画見つけて言いふらしたのあいつだろ!


「新之助! お前か町内放送の如く広めたのは!」


「アホ! 俺だって今さっき教えてもらって知ったっつーの! こんな面白いことしてるならまず俺に言えよ!」


「言わねーよ!」


「言ってよ! そうしたら私も応援に行ったのに!」


 何故か当たり前のようにいる桜川。

 君、別のクラスだよね?


「なんで桜川もいるんだよ! クラスメイトに混ざるなよ!」


「高坂っちのいるところに私ありだよ!」


「発言がいちいち怖ぇーよ!」


「ねぇ高坂くん本当にサッカー上手いんだね!」


「おい高坂お前なんでサッカー部入らないんだよ」


「3万円でなんか奢れ」


 怒涛の質問攻め。

 俺がサッカーをやっていたのはクラスの大半は知っている。

 ただ、せいぜい中学時代の部活か、どこかのクラブチームでやっていた程度の話だと思われていた。

 サッカーの興味のない人からしたらどうでもいいことだし、俺も世間話程度に聞かれても答えたりはせずはぐらかしていた。

 だからこそ、キックターゲットで最後のステージ以外ミスなしでクリアしたことは、サッカーを知らない人でも上手い下手の物差しで測るには分かりやすい基準だったのだろう。

 にしても反響が凄いな。


「ただのキックターゲットだから。大したことじゃないぞ」


「いやテレビで見たことあるけどプロの人でもミスってたぞ」


「ほら、サッカーできなくてもアクロバティックリフティングとか得意な人もいるし……」


「それはそれで凄いだろ」


「そうだよどっちにしても凄いことじゃん」


「謙遜すんなって」


 まだ怪我が完治したわけじゃないから大袈裟なことは言えないし…………困ったな。




【若元梨音目線】


「あら、梨音おはよう」


「久しぶりー冬華」


「なんか凄いことになっちゃってるわね」


 教室に入るとすぐに修斗がみんなに囲まれてしまったため、こっそりその場を離れて冬華のところに来た。

 どうやらキックターゲットの時の映像が動画化されたみたいで、修斗の活躍を誰かが見つけたらしい。

 クラス内は大盛り上がりだ。


「まぁ修斗の凄さを考えたら、いつかはこうなるんじゃないかって思ったけどね」


「でも高坂の凄さが伝わるのって、やっぱりその世界にいる人達がメインよね。現に、私はそこまで気にしてなかったし」


「そうだね。でも修斗がサッカーをまた始めて、中学の頃みたいに日本代表とかに選ばれるようになったら、みんなはもっとその凄さに驚くと思うよ」


「まーた後方彼氏顔かれしづらしちゃって。でもいいの? 梨音」


「何が?」


「前にも言ったかもしれないけど、高坂は客観的に見ても男子の中では優良物件なわけじゃない? もしかしたら今回のことをキッカケに、高坂にアタックする人が増えるかも」


「まっさかー」


 そう言いながらも、私の心のどこかがざわついた。


「梨音と高坂が仲良いことはみんな知ってるけど、付き合ってるわけじゃないこともみんな知ってる。しっかり手綱は握っておかないとだめよ」


「手綱って…………」


 そんな関係じゃないって、いつものように否定しようとして言葉が出なかった。

 修斗がサッカーに復帰すれば、私達と遊んだりすることは少なくなると思う。

 それこそ小学生、中学時代の時のように空いた時間は全てサッカーに費やすだろう。

 それでも一緒にいることはできる。

 ううん、一緒にいたい。

 その時、修斗の隣にいるのが私じゃない誰かだったとしたら…………きっと私は耐えられないだろう。

 幼馴染だからだなんて今まで気付かないフリをしていたけど、みんなに囲まれている修斗を見て自分の心と向き合った。


 この感情に名前をつけるならきっと…………そう。



 〝恋心〟だ。

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