海水浴場③

「さあ! それじゃあさっそく海行こうぜ」


「お前準備運動しないと死ぬぞ」


「大丈夫だろ! あそこにライフセーバーの兄ちゃんとかもいるし!」


 新之助の指差した先には高椅子にシャツの上からでも分かる細マッチョなお兄さんが笛をぶら下げて座っていた。


「あの人はあくまで最終手段じゃないの?」


「サガー君は溺れる前提で話を進めるから困る」


「私……浮き輪膨らませてから行く」


「じゃあ私もきいの手伝うよ」


「ビーチボールとかも持って行きたいよね! 前橋っち、梨音っち一緒に膨らまそー!」


 各々でやりたいことがわちゃわちゃし始めてしまった。

 上手くまとめるにはどうしたら…………。


「では、私が浮き輪やビーチボールを膨らましますので、その間皆さんは準備体操をしてはいかがでしょうか」


 見かねたように牧村さんが意見をまとめてくれた。


「でも足で踏んで空気入れるにしても、牧村さん一人だと大変ですし……」


「あ、私も手伝うっすよ。私も最初はここで荷物番しつつ牧村さんと楽しくおしゃべりしとくんで、みなさん準備体操をしててください」


 引率者2人の見事な大人の対応。

 バラバラになっていた俺達は各自で準備体操を始めた。

 とはいえ本当に簡単な体操だ。

 終わらせたあとはみんなで順番に代わり、空気を入れるためにポンプを踏み合った。

 これもまた、海で遊ぶための醍醐味、なんだろうか。

 初めて海で遊びに来た俺には分からないが、少なくとも悪くない。


「よし! それじゃあ今度こそ入水だ!」


 新之助がサンダルを脱ぎ捨て我先にと海へと駆け出していく。

 それに続くようにみんなも走り出した。


(そんなに急いで行かなくてもよくね?)


 俺は走ることなくゆっくり歩いて行った。

 なんとも不思議な踏み心地だった。

 グニュリと不思議な感触が足を通して感じ取る。

 まさしく砂に足を取られるというやつだろう。


「つーか…………あっつ!!」


 ゆっくりと歩いてる場合じゃねぇよこれ。

 新之助達みたいに走っていくのが正解だ。


「あはは。ほら修斗、走らないと足ヤケドしちゃうよ」


「だからお前らも走ってたのかよ!」


 海に来たことあるやつにとっては、砂浜が熱いことなんて当たり前の知識か。


 海に入ると、砂浜の熱さなんていうものはすぐさまどこかにいってしまった。

 波が足に襲いかかったと思えば、まるで沖へと引きづりこもうとしているかのように引き込まれる。


「おお、すっげ! 波が引いてくとこだけじっと見てると、立ってるだけなのに自分が引っ張られてる気になるぞ!」


「高坂っち、小学生みたいな反応するね」


「普段とのギャップが凄い」


「おい修斗、海水は飲めるんだぞ。飲んでみろよ」


 新之助が馬鹿にしたように言った。


「俺がそんな嘘に引っかかると思ってんのか? 海の水が塩辛いことぐらい来たことなくても知ってるわ」


「なーんだ面白くねーな」


「だが経験のために飲むんだけどな」


 ガバっと水面に顔をつけて一口含んだ。


「うえええええ!!」


 速攻で吐いた。想像してた10倍塩辛い。

 口の周りがヒリヒリするというか、不快なしょっぱさを感じる。


「ほんとに飲むやつがあるか!」


「あはははは! 何やってんの高坂っち!」


「もー馬鹿じゃないの? お腹壊すよ修斗」


 確かに飲み込んだら腹壊すなこれ。

 まったく、人類の原点は海だというのに全然適応してないじゃないか。


「でも知らないことを経験しておくのって一理あるよね。百聞は一見にしかずって言うし」


「馬鹿の真似する必要ないぞニノ」


「お前が煽ったんだろ」


「ニノがやったら本当に体調崩しそうだからやめた方がいいわね」


「そんなことよりほら、パース」


 桜川がボールを上に高く打ち上げた。

 ボールは少し風に吹かれながら、浮き輪に揺られている前橋の近くへ落ちてきた。


「わ、わ、わ」


 ボールが落ちる前に拾おうと体を前のめりにしすぎたせいか、前橋は浮き輪からするんと前に抜けてしまった。

 慌てたように手足をバタつかせる前橋。

 ここ足つくはずなんだけどな。


「きい!?」


「おいおい大丈夫かよ」


 すぐに前橋の元に行き、両脇を抱えるようにして持ち上げた。


「ぷはぁ!」


「お前、この運動神経でよくサッカーとかできてたな」


「う……うるさい」


「あらやだ見て奥様、ほとんど裸なのにあんなに密着しちゃって。最近の修斗はお盛んね〜」


「!?」


「でもそれがコーサカ君の個性なのよ」


「お前らなぁ……」


「は、離して高坂! もう自分で立てるから!」


「ちょ、暴れんなよ。分かったから」


 俺は前橋から両手を離し、前橋はそのまま浮き輪を流されまいと確保していた八幡のところへと向かった。


「高坂っち、あんまり女の子に触りすぎたら通報されちゃうよ」


「すぐ鼻の下伸ばすんだから」


「いち早く助けた俺が何で責められる立場なんだよ! 褒めてくれるやつはいないのか!?」


 あまりにも理不尽すぎるだろ。

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