説明責任④
1限のチャイムが鳴ったのを確認してから俺は教室に戻った。
流石に授業が始まれば周りの奴らも騒がしくはしないだろう。一人例外を除いては。
「
席に着いた俺の後ろから、新之助がニヤニヤしながら聞いてきた。
「何もねーよ。特にお前が面白がるようなことはな」
「またまたー。いいじゃねぇか、俺にだけ教えてくれても」
「お前に教えるぐらいなら今ここで拡声器使って話すわ」
「俺は校内放送扱いか?」
放課後、生徒会室に向かう途中で神奈月先輩に会った。
今日の生徒会は休止という連絡を伝えにきたのだという。
携帯で連絡を送ってくれた方が楽だと思ったが、どうやらそもそも俺に用があったらしい。
「後日、生徒会新聞というものを作成しようと思っているんだ。毎年作っているものなんだが、今年は新規委員長を含めた生徒総会と体育祭準備が重なって、動けるのがシュートとリオだけなんだ。二人にお願いしてもいいかな?」
「構いませんよ。過去の資料とかはありますか?」
「明日までには準備しておくよ。去年は絵なんかも描いてもらったりしていたし、絵が描ける人にお願いしてみるのもアリだね」
「分かりました。梨音にも伝えておきます」
「頼んだよ」
それだけ話すと神奈月先輩は職員室へと向かっていった。
あれだけ会長自ら動き回る姿を見せられると、俺も何か役に立たなければという気持ちにさせられる。
生徒会新聞か……。
梨音に伝えるとは言ったが、今の状況的に話を聞いてくれるかどうか。
とりあえず生徒会が無くなってヒマになったな。
今日は早めに帰るか。
「修斗〜!」
「げっ……! 弥守……!」
俺のことを探してでもいたのだろうか、弥守が走り寄ってきた。
「今から帰り? じゃあ私と帰ろう!」
「…………クラスの奴らと遊びに行くんじゃなかったのか? 誘われてたよな」
「断ったわよ?」
「そんな当たり前でしょみたいな顔されても……」
なんというか、これは良くない。
俺にとっても弥守にとっても、クラスメイトを蔑ろにするというのは良い結果をもたらさない気がする。
既に一部の女子が弥守に対して悪感情を持っていた。
このままこいつがこの態度を続けていれば、遅かれ早かれクラスから孤立してしまうだろう。
「いいか弥守、クラスの人達とは仲良くしろ。じゃないとお前の居場所が無くなる」
「別に私は修斗がいれば充分だよ」
「俺に──────」
〝俺にまとわりつくな〟
そう言おうとして思いとどまった。
この一言を言ってしまえば弥守はいよいよ孤立してしまう。
俺は仮にも瑞都高校生徒会の一員であり、あの神奈月生徒会長の下に就いている。
あの人ならば、瑞都高校の生徒を突き放すようなことはしないだろう。
あの人の意思を尊重して俺自身も行動しなければならない。
「…………クラスの奴らは俺の友達でもあるんだよ。ドイツで会った時にも言ったろ? 俺の友達に冷たくしないでやってくれって」
「…………修斗がそう言うなら」
ホッ。
分かってくれたか。
発言する選択肢を間違えなくて良かった。
弥守は意外に素直なんだよな。
「修斗、一緒に帰ってくれる……?」
少し泣きそうな顔で弥守が再度聞いてきた。
流石に俺はバツが悪くなり、弥守の問いにイエスと答えた。
「分かった。いいよ」
「
子供のように大喜びする弥守を見て、恐怖心が薄れた俺はチョロいなと自分で思った。
好き嫌いのハッキリとした態度、自分の欲望に対して積極的な行動力。
まるで子供のようだなと感じた。
学校から帰る道中、俺は弥守に対して気になっていたことを質問した。
「弥守は何でそんなに俺に執着するんだよ。ドイツでたまたま会っただけだろ?」
「私にとっては結構衝撃的だったんだよ。まさかドイツで日本人の同い年の男の子と会うとは思わなかったし、何より一番記憶に残っているのはサッカーをしているところ。それまでサッカーなんて全然興味無かったのに、修斗のプレーは凄かった」
「そうか? そんなに人生観変えるほどではなかったと思うが……」
「修斗が言ったんだよ? 『サッカーがこんなにも楽しいものなんだって、見てるだけでも思わせてやるから』って」
「そんなこと言ったっけ……?」
「私、修斗のせいでこんなにも変えられちゃったんだから……」
「いや言い方よ。やらしい感じになっちゃってんじゃねーか」
「もう普通のプレーじゃ満足できないんだから。その責任、取ってもらわないと」
「やめろやめろ。周りがザワつく」
社会的に俺を殺そうとしてくるのはやめろ。
ただでさえ物理的に殺そうとしてくる奴がいるんだから。
「だから私は修斗が好き」
「…………ん?」
やべぇ聞いてなかった。
なんかサラリと告白された気が……。
「修斗が好きなの。1年前のあの時から」
弥守が真剣にこちらを真っ直ぐみつめながら言ってきた。
気軽に一緒に帰る約束をしてみれば、その道中で告白されるとは思わなかった。
過去にも告白されたことは何度かあったが、その度に俺は断ってきた。
相手に申し訳ないなと思いながらも、サッカー以外に余計な重荷を背負いたくはなかった。
だけど今、俺にその理由はない。
恋愛というものも、サッカーができない俺の経験の穴埋めになるのかもしれない。
瑞都高校に来た理由の一つでもある。
でも俺は──────
「好意を向けてくれるのは嬉しい。でも俺は弥守のことをよく知らないし、恋愛感情は持っていない。だから……恋愛関係になったりとかそういうのはできない」
ハッキリと断った。
相手が真剣に向かってきているのであれば、こちらも真摯に対応しなければ失礼だ。
だから俺は思っているままを弥守に伝えた。
「…………そっか。まぁ分かってたけどね〜。でも気持ちは伝えたかっただけ! 修斗って今は彼女とかいないんでしょ?」
「まぁいないけど…………つーか俺はもうサッカーできないぜ? 当時の俺を好きになったっていうんなら今後は───」
「知ってるよ。怪我でサッカーできないことも知ってる。でも、一目惚れだったの。修斗が怪我でサッカーを辞めたって知った後もこの感情は変わらなかった。だから、これからも修斗に好きになってもらえるように頑張る!」
そう言って弥守は元気そうに笑った。
…………もしかして俺は女の子の笑顔に弱いのかもしれない。
梨音の時も、前橋の時も、そして今も。
弥守の笑顔にドキリと心が動かされた。
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