代表選抜②

 コートまでは走って行ける距離にあるということで、荷物は通訳担当の現地の人や監督に車で運んでもらい、俺らはコーチと走って向かうことになった。

 列になって走っている最中、靴紐が解けてしまったことに気付いた俺は隣にいた涼介に一言話し、立ち止まってすぐに靴紐を結んだ。

 顔を上げた時には50mほど先に列が見えたが、広く開けた公園のようなところだったので見失うようなことはない。

 すぐに走り出そうとした俺は、近くで小さな女の子が木の上を見て泣いているのを見つけた。


「なんだ?」


 見ると赤い風船が枝のところに引っかかっていた。

 恐らく持っていた風船を手放してしまい、運良くか運悪くか木に引っかかってしまったみたいだ。

 木自体はそれほど高くはないが、小さい女の子には到底届かない所に風船はある。

 流石に見過ごすわけにはいかない。


「よっと」


 俺は助走をつけて木の幹に足を引っ掛け、壁ジャンプの要領で三段跳びを行い、引っ掛かっていた風船を掴んだ。


「はい」


 女の子は突然の出来事にポケッとしていたが、俺が風船を差し出すと理解したかのように笑って受け取った。


Dankダンケ(ありがとう)!」


 ドイツ語だったが、それがお礼の言葉であることは俺でも分かった。

 女の子はそのまま嬉しそうに走ってどこかへ行ってしまった。


「朝から良いことをすると気分が良いな。これは今日の試合もきっと良いプレーが──────やべぇ詰んだ」


 既に列は見えないところまで行ってしまっていた。

 見知らぬ外国の公園でポツンと一人。

 困っている子を助けたら俺が困ってしまったんだが。


「参ったな。どっかに地図とかないかな」


 俺が思ってる以上にヤバい状況なのは間違いないが、普段から国内遠征が多く、見知らぬ土地で単独行動が多かったせいか特段焦ったりはしなかった。


「とりあえず走ってった方向に走るか……?」


「ハイ!」


 突然声を掛けられた。

 見ると明らかにドイツ人っぽい女の子だった。

 年齢はたぶん俺と同じかそれ以上。

 少し大人びて見えるのは外国の人だからだろうか。


「え? あ、やべ。ドイツ語分かんねぇ」


 話しかけられたところでコミニュケーションを取れる能力が俺にはない。

 なんて言えばいいんだ。


「大丈夫。私、こう見えて日本人だから」


「えぇ? 脳がこんがらがる。ドイツでドイツの人に声かけられたと思ったら日本人と言われた件について」


「そんな深く考えなくていいから」


 脳が錯覚起こしてる感覚になるわ。


「もしかして道に迷ってたんじゃない?」


「よく分かったね、実はそうなんだよ。グラウンドまでチームでランニングで向かってたんだけど、ちょっとしたことで遅れたら見失っちゃってさぁ」


「ふ〜ん……」


 ジロジロと全身を撫でるように見られる。

 実は危ないお姉さんだったりする?


「グラウンドってどこ?」


「アリアンツ・アレーナっていうスタジアムの近くらしいんだけど」


「もしかしてサッカー?」


「よく分かったじゃん。実はUー15の日本代表で来てて、そこでドイツ代表と試合やる予定なんだけどさぁ、このままじゃ遅刻だな」


 コーチや監督、怒ってんだろうなぁ。

 ランニングしてるだけではぐれるなんて普通思わんもんな。


「どうしてもっていうなら、そこまで案内してあげてもいいわよ」


 彼女は突然救いの手を差しのべるかのような申し出を向けてきた。

 一見すぐに手を取ってしまうところだが、一人でいる時の危機回避選択肢としては知らない人についていかないというのが普通だ。

 よってこの場合の回答として正しいのは───。


「いやー大丈夫です」


「な、何で!?」


「知らない人にはついて行くなって言われてるし」


「じゃ、じゃあ自己紹介! お互いに名乗れば知らない人じゃないでしょう!?」


 なるほどそう来たか。

 確かにお互い名乗ればそれはもう知らない人ではないからな。


「一理ある」


「でしょ!? …………こほん、私は鷺宮さぎみや=アーデルハイト=弥守みもり。よろしくね」


「高坂修斗、14歳」


「あ、同い年だね」


 同い年だったのか。

 やっぱり大人びて見えるな。


「じゃあタメ口でいっか」


「最初っからタメ口だったじゃない!」


 思い返してみると確かに。

 鋭いツッコミだ。


「じゃあ案内してあげる。感謝してくれてもいいのよ?」


「うん、心の底からありがとう。いや、ダンケシェーン?」


「だから私も日本人だよ。でも…… Bitte schön (どういたしまして)」


「おお!! 凄いドイツ語っぽい!!」


「紛れもないドイツ語だよ」


 それから俺は彼女に案内してもらい、無事にグラウンドに着くことができた。

 最初は疑ってしまったが、わざわざ俺を案内してくれるあたり普通に良い人だったみたいだ。

 何かでお礼してあげたいところだけど…………そうだ。


「弥守、もし良かったらサッカー見てってくれよ。案内してくれたお礼」


「でもサッカーあんまり興味ないし……」


「大丈夫。サッカーがこんなにも楽しいものなんだって、見てるだけでも思わせてやるからさ」


 俺はサッカーしか出来ない。

 だからお礼をするならサッカーで、だ。

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