前半戦①

 相手ボールから試合は始まった。

 山田と呼ばれる経験者が少しボールを蹴り出し、後ろの人にパスを出した。


大人気おとなげないとか構うことはねぇ。一人で点取ってこい山田!」


 再びボールは山田へと返され、こちらへと向く。

 ボールを細かくタッチしながらドリブルしてくるところを見ると本当に上手いみたいだ。


「悪いな!」


 山田は俺の目の前で右側にボールを蹴り出した。


(───左か)


 急に左へボールを切り返してきたが、重心が既に左に寄っていたことからそれを読んでいた俺は足を出してボールを奪取した。


「はっ!?」


 山田はカッチリとボールを抑えられたことから勢い余って大きく転んだ。


「や、山田ぁ!?」


「構うことはないよ高坂君。一人で点を取ってきな」


「オーケー、ボス」


 少しスピードをつけて相手のゴールへとドリブルを始めた。

 両サイドにいた相手二人が、俺を挟むようにして向かってきたが、ボールに対して一直線に向かってくる動き、たぶんこの二人は初心者の人達だ。


 俺は二人の足に当たらないようにボールを少し浮かし、その間を通るようにして抜けた。


 残るDFは堂大寺会長のみ。


「てめぇも経験者だったのか!!」


 堂大寺会長はすぐには取りに来ず、俺の動きを見るディフェンス。

 経験者かは分からないが、サッカーのディフェンスを知っている人だ。


 俺はボールを跨ぐシザースを2回繰り返す。

 会長が左右に大きく釣り出された。


(反射神経はいいけどたぶん経験者ではないな)


 それを見て俺はボールをアウトサイドで右に動かした。


「取ったぁ!!」


 会長が足を伸ばしてカットしてこようとしたタイミングで、インサイドでボールをフリックして会長をかわすように左へとずらした。

 エラシコという技だ。


「な、んだそりゃあ!?」


 足を伸ばした方向とは逆側にいかれたことで堂大寺会長はバランスを崩して後ろに倒れ込んだ。

 こんなに綺麗にハマるとはさすがに思ってなかった。


「えええ!? お、俺だけ!?」


「やっちゃえ高坂っちー!」


 残るキーパーとの一対一、そのまま俺はパスを出す感覚でゴール左隅へとボールを流し込んだ。


「ば……馬鹿な……」


 会長が尻もちをついたまま唖然としていた。

 本当は山田がこれをするはずだったんだろうな。

 予定通りに行かなくて、悪いね。


「さすが高坂君! ブラボー!」


「凄〜い! サッカー上手〜い!」


 自陣へと戻った俺は神奈月先輩や新波先輩に暖かく迎え入れられ、ハイタッチを交わした。


「完全に相手が油断してくれていましたから、うまくいきましたね」


「またまた〜謙遜なんてしちゃって、実際君一人でなんとかなるじゃないか」


「次からそうはいきませんよ。山田って人が警戒し始めると思いますし」


 さっきの守備は俺のことを素人だと思っていたから、あんな分かりやすいフェイントしかしてこなかったはずだ。

 俺が経験者だと分かった以上、次はもっと慎重に来るはず。


「す……凄い……! 高坂修斗のプレーがこんな近くで見られるなんて……!」


 前橋がキラキラとした目で俺を見てきて少し恥ずかしくなる。

 そういえば前橋はプレーヤー以前にサッカーオタクだったな。


「次は前橋にも手伝ってもらうからな」


「…………任せて!」


 前橋ともハイタッチを交わした。


 やっぱりサッカーは楽しい。

 点を取ることの楽しさを久々に味わった気がした。


「高坂…………修斗!? マジで本物か!?」


 山田が驚いたように俺に話しかけてきた。

 ここにも俺のこと知ってる人がいたのか。


「そうだよ」


「な、何でこんなところにいるんだよ!!」


「どういうことだ山田ぁ! そいつ有名なのか!?」


「有名どころじゃないですよ! 俺らの代でサッカー齧ってたやつなら誰でも知ってる伝説ですよ!」


「伝説ってそんな大袈裟な……」


 中学時代に少し活躍したぐらいで、そんなに有名になるわけがないだろう。

 そりゃクラブチームに入ってた奴なら知ってるかもしれないが……。


「東京Vのジュニアユースのエースで、元日本代表ですよこいつ!!」


「はぁー!? なんだってそんな奴が生徒会になんか入るんだよ! おい神奈月ぃ!! 本当にそいつ生徒会に入るんだろうなぁ!!」


「当たり前じゃないか。まさか私が今日のためだけに助っ人をお願いしたとでも? 生徒会長たる私がそんな卑怯なことをするとでも?」


 神奈月先輩が毅然として否定した。

 こういう時の凛とした神奈月先輩は格好良いと素直に思う。


「いや…………お前に限ってそれはねーな。じゃあどうやって高坂を生徒会に引き込んだんだよ」


「私の魅力かな☆」


 目元でピースしてテヘペロっとした神奈月先輩の姿に、相手の会長の血管が切れる音が聞こえた気がした。


「どうする? 戦意喪失しちゃったかな?」


 戦意喪失……?

 ハッとして相手の人達の顔を見ると苦々しい顔をしていた。

 まるで楽しんで子供だけで遊んでいたところに大人が紛れ込んできた、みたいな空気。

 ユース時代には幾度なく見てきていたが、それは自分達を高めるための真剣勝負の結果であり、いちいち相手を気にしたことはなかった。


 でも今は違う。

 これは交流会だ。

 真剣勝負でもないのに、本気を出すのは大人気おとなげないと思われても仕方ないのかもしれない。

 もし相手が非難の目を向けてきた時、俺は次からのプレーをどうすればいいのか……。


「戦意喪失ぅ……? なめんじゃねーぞ神奈月。経験者で無双しようって考えてたのはこっちも同じだ。元日本代表だかなんだか知らねーが、そんなことで俺達が反則だのなんだの言うわけねーだろ! なぁてめーら!」


「ブチ抜かれてすいませんでした会長! 次こそは俺達で止めてみせます!」


「俺もキーパーとして体張って止めます!」


「山田ぁ! てめーもブルってんじゃねーぞ!」


「…………もちろんじゃないですか。あの高坂修斗と試合できるなんてこんなチャンス、フットサルをやってた俺があるなんて…………思ってもみなかった! フットサルでは俺の方が上だって証明してやる!」


 堂大寺会長の檄が響き、それに呼応するようにほかの人達も既に元気を取り戻していた。

 戦意喪失なんでとんでもない、むしろやる気に満ち溢れていた。


「つーわけだ高坂ぁ! 遠慮して少しでも手を抜いてみやがれ! ぶっ飛ばす!」


 堂大寺会長が高らかに俺に宣言してきた。

 俺はそれに頷いて応えてみせた。


「ウチの次期庶務を勝手にぶっ飛ばさないでくれるかなぁ」


「よし、ぶっ飛ばすのは無しだぁ!」


 前言撤回はや。

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