登校初日④

「自己紹介がまだだったね。私は3年の神奈月かんなづき未来みらい、ここの生徒会長だ」


「俺、まだ入学して初日ですよ? 生徒会長に目をつけられるようなことはしてないと思うんですけど」


「目をつけられるとは人聞きの悪い。私は勧誘に来たんだ。つまりは君の行動が私に認められたということだよ」


 はて。

 ますます分からん。

 そんな初日から飛ばすようなこと、俺は何もしていないんだがな。

 生徒会長を見たのも入学式の時が初めてだし、入学式でふざけたわけでもないしなぁ。


「ちょっと本当に分からなくて」


「これは朝、私が入学式の打ち合わせで職員室に行った時にたまたま聞いた話なんだけどな、体育教師のカド先がトイレで自主的に生徒指導してるぶっ飛んだ新入生がいたって話してたんだ」


 あ、すっごい身に覚えあるわそれ。


「見た目ド派手な男子をトイレの水道に頭突っ込ませて髪を洗ってたって聞いた時は、是非ウチの生徒会にその子を入れたいって思ったね」


 普通思うか? そんな奴入れたいって。

 この人の考え方もぶっ飛んでんな。


「でもその段階では誰かは分からなかったわけですよね? よく俺だって分かりましたね」


「あそこのトイレを使う1年生といえば7組しかないからね。ここのクラスだということまでは予測できた。後は見た目ド派手だと言う子を探して聞けばいいだけさ」


「丁度教室から出た時にこの人に声かけられてな、すぐに修斗のことだって分かったから名前を教えたんだ」


 お前が犯人か。


「でも俺、今はカラコンも外してるし髪も抑え気味になってると思うんですけど」


「いやいや、高校デビューしました感がよく出てて分かりやすかったよ」


「そんな見た目に出てるのか俺!?」


 溢れる陰キャ具合は隠せないというわけか……。

 にしても、この生徒会長がおかしいだけの気がしないでもない。

 最初の新之助の格好ならともかく、今の新之助を見て派手だとは思わんだろ。


「入学初日から学校の風紀を考えて生徒指導できるなんて、正に生徒会向きだと思わないかい? 4月に選挙があってね、候補的に庶務の席が空いているから是非君を推薦したい」


「生徒会だって。どうするの修斗」


 んなこと言われても……。

 部活だってまだ見てないのに、すぐに返事は出せんよ。

 それこそ何度も言うようにまだ初日だぜ?

 何も分からないのにハイハイ決めてたら、いつの間にか連帯保証人になってるタイプの人間だ。


「どうだい?」


「いや……話はありがたいんですけど……」


「会長〜!」


 廊下の奥から一人の男子生徒が走ってきた。

 生徒会長のことを呼んでいるし、関係者か何かだろう。


「はぁ、はぁ、はぁ、やっと追いついた……」


「遅いぞ大鳥おおとり君。それでも副会長かい?」


「役職に行動の早さは関係ありませんよ……。彼が目当ての?」


 大鳥と呼ばれた生徒は一見しておとなしめに見える。

 ストレートの黒色短髪に身長は165cmくらいと低め。ネクタイの色が俺とも生徒会長とも違うから2年生とかだろうか。


「そう! 彼が高坂修斗君! 次期庶務だ!」


「入るとは言ってないです」


「そうですか彼が……」


 そう言って大鳥先輩は様子を伺うように俺を見てきた。


 訝しげに…………というわけではない。

 どちらかと言えばこの表情は…………同情?


「僕は大鳥周平。ここで生徒会副会長を務めている1年……じゃなくて2年生だ」


「あ〜大鳥君、今自分が進級したこと忘れてたでしょ。言い間違い格好悪いんだ〜」


「なっ、言い間違いぐらい誰にでもあるじゃないですか!」


「後輩の前で格好付けようとしたからだね。相変わらず決まらないなぁ」


「ぐっ……!」


 どうやらこの副会長は、生徒会長のおもちゃになっているらしい。

 普段から似たようなやり取りをしているのが容易に想像できる。


「それで、是非どうだい? 生徒会! やりがいあるよ!」


「ありがたい申し出ですけど、部活も見てみたいんですよ。返事は保留という形でもいいですか?」


「もちろん! 選挙まではまだ少し時間があるし、どうせ生徒会に候補する物好きなんて他にいないから遅くても大丈夫!」


「会長……そんなこと言ったら彼が物好きみたいになるでしょ」


「おっと、そうだね。これは失礼」


 明日には部活紹介の時間もあるわけだし、何をやりたいかはゆっくり決めていくべきだな。

 早い決断が必ずしも良い結果が生まれるわけではない。

 とはいえ、選択肢が広がることはいいことだ。

 もしも気になる部活が見つからないのであれば、生徒会という選択肢もアリかもしれないな。


「それじゃあ失礼ついでにそろそろおいとまするよ。行くぞ大鳥君」


「はいはい……あ、高坂」


 大鳥先輩が僕の両肩をグッと掴んで、真剣な表情で僕に向かって呟いた。


「マジで…………真剣に考えた方がいいぞ……!!」


「それは一体どういう……?」


「僕はこの生徒会に───」


「大鳥くーん!! 何をしているんだ早くしたまえ!!」


「今行きます!! いいか、後悔の無いようにだぞ!」


 大鳥先輩は意味深なセリフを残し、走って行ってしまった。

 あの感じだと大鳥先輩は、生徒会に対して否定的な考えを持っているようにしか聞こえないんだが……。


「生徒会、入るの?」


 梨音が聞いてきた。


「さっきも言ったろ。部活も見てみないと分からん」


「ふ〜ん……。にしてもあの生徒会長さん、美人だったよね」


「美人かどうかは問題じゃないけどな」


「でもあの生徒会長の元で一緒に仕事できるんなら俺はアリだな」


「お前そればっかりだな。じゃあ立候補してみたらどうだ? 物好きなんだから」


「一言余計じゃい」


 1年生のうちから生徒会に入ったら、その後ずっと生徒会に入れさせられそうな気がしないでもない。

 そういう縛りが無いのならやってみてもいいが。

 というか、そもそも部活と掛け持ちとかできたりするのか?

 もしできるのなら掛け持ちやってもいいかもしれないな。

 暇な時間が出来ないほど忙しくなりそうだ。


「じゃあ梨音、帰るか」


「そうだね」


「お前は…………裏切り者だあああああ!!」


「さっき見たよそれ」


 新之助はそのまま走り去り、今度は帰ってくることはなかった。

 こうして登校初日は速やかに終わったのだった。 

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