第34話 Lamp Yan Temple(ランプヤン寺院)

ブサキ寺院から僕と山田、エディ、ヘルマワンは、アグン山より一山超えたスラヤ山へ向かった。こちらを訪れる目的は天空の寺院、ランプヤン寺院へ参拝するためであった。このランプヤン寺院へは、僕は初めて訪れる場所であった。


ここでランプヤン寺院の概要を簡単に説明したいと思う。


このランプヤン寺院が位置するのはバリ島北東部、アランガッセム地方にあるスラヤ山に位置する。バリ島六大寺院の一つに数えられている。故にバリヒンドゥー教では、非常に大切な寺院の一つである。バリ語でも「サド・カヤンガン」といわれており「一度はお参りに行くべき寺院」と言うことらしい。


ランプヤン寺院とはスラヤ山の麓から頂上までに8つの寺院があり、その相称をランプヤン寺院といっている。標高1000メートルの高さに位置するランプヤン寺院である。ランプヤン寺院のランプは「光」を表し、ヤンは「神」を表す。地元の人々からは「光の寺院」と呼ばれている。日本ではその標高の高さから「天空の寺院」と呼ばれている。


ランプヤン寺院には、太陽神が祀られているという。本来であれば、山の麓より歩いて寺院を目指すのがご利益がありそうだが、今回は登山の装備など全くしていないため、ランプヤン寺院群の中で一番有名なプラタナ・アグン寺院の手前まで車で移動する。


山道は舗装されており、車は快適に進んで行った。ハイシーズン前の平日ということもあり、観光客も僕たち四人以外には誰一人としていない。なんだかこのランプヤン寺院からのエナジーを思いっきりチャージできそうだ。


というのも観光客があまりに多いと、あのカンボジアのアンコール・ワット遺跡群のように、その土地がもともと持っている神聖な気が観光客の業によって乱されてしまからだ。

観光客がみなその土地の神様や土地からのエナジーに感謝の気持ちをもって参拝しているとちがうのだろうが。観光客の皆が皆その気持ちを持っているとは思えない。だからその土地の持つエナジーが乱されてしまう。


僕が車から降りた瞬間、先ほどブサキ寺院で僕に見えていたコバルトブルーの蝶が1匹舞っていた。この蝶も僕以外には見えていないようだった。なんだか僕は僕にだけ見えている蝶を見ていると、幸せな気持ちになってくる。僕がそんな気持ちになっていると、どこからか「ありがとう」という声が風に乗って僕の耳に届いた。僕はマルチンの声のように感じた。


今、僕の目の前にプラタナン・アグン寺院が見える。この景色に僕はなんだか感動を覚える。今回のバリ島渡航で僕は、一体、何度感動をしたことかと。ちなみにこの寺院は、ランプヤン寺院群で一番有名な寺院である。たびたび観光ガイドブックで紹介されている建物である。少々、ミーハーな感情が僕に沸いてきた。こちらの寺院はバリ島でよく見かける寺院と様式が異なる風貌である。壮大さが伺える。圧倒的な神々しさが伝わってくる。僕はその寺院に祭られている神々に敬意を表して参拝したいと改めて感じた。


この寺院が、パワースポット言われる所以がわかる。プラタナン・アグン寺院では三列の石階段の上にある。この階段を僕たちはまさに今登ることになる。真ん中の石段を僕と山田が登ろうとしたところ、エディが僕と山田の足を止めるように話しかけた。


エディ「真ん中の石段は神様が登る石段といわれていますので、僕たち人間界の者は登ることはできない石段ですよ。」


僕「そうでしたか。危うく僕と山田君は登るところでした。神様へご無礼をするところでしたよ。」


山田「そうですね。思わず登っちゃいそうでしたよ。エディ、そのことを教えてくれてありがとう。」


僕「日本でも寺院に割れ門と同じような鳥居というものがあるんですが、その中心は神様が通る場所といわれているんですよね。日本も、諸外国も同じなんですね。」


山田「日本の寺院の鳥居もそうだったんですね。俺、知りませんでしたよ。今、知ってよかったです。酒井さん、ありがとうございました。また俺の雑学が増えちゃいました。」


エディ「それと左側の石段も意味があるんですよ。左側はプマンク、つまりバリヒンドゥーの僧侶が通るための階段です。今日は、神様も僧侶もこの石段を通ることがないため、石段の上の門が閉ざされているんですよ。」


僕「なるほどね。まじですか。一つ一つに意味があって面白いですね。そういったカルチャーって、本当に面白いですね。そして大切にしたいものですよね。」


ということで、右側の石段を僕、山田、エディとヘルマワンの順で登ることにした。確かに右側の石段の上の門だけは開いている。なんだか僕は腑に落ちた感じだった。石段を登り切ったところで、僕と山田、エディ、ヘルマワンは、今来た石段を振り返った。


門越しに見えるその景色は、下に見える割れ門とアグン山の景観のコントラストが素晴らしすぎた。僕は、また、目頭が熱くなった。この景色は、本当に「天空の寺院」という名前がふさわしい。まさに「天空の寺院」である。


ちなみに目の前に見えるアグン山の標高は、3031メートルで、日本の富士山よりはち少々低いくらいだ。


階段を登り切った門は、割れ門というよりは、異界に導かれる小さなドアといった印象に思えた。僕たち四人は境内でそれぞれの思いを持って参拝した。僕はマルチンへの思いを抱いて参拝した。


僕が、この寺院の石段を登り始めた時には、コバルトブルーの蝶は姿を消していた。登り切って眼下を見たとき、石段の登り口に蝶が舞っていたのを、僕はその蝶の姿を見ることができた。


僕たちが今いるプラタナン・アグン寺院の境内には、広場といった感じの中庭のようなところが、目の前にある。おそらくこの広場で祭事が行われるのであろう。広場には周囲に植栽がある。それらの樹々からは生命力のあるエナジーが満ち溢れているように感じた。本殿の前には、お供え用の台もある。その両サイドにはガムラン演奏用の舞台のようなものがある。


僕の隣に山田が佇んでいる。なんだかこの光景もほっとするような、愛おしいような感じが僕にわき起きているのを感じた。


山田「酒井さん、この景色、すごいですね。ランプヤン寺院まで、はるばる日本から訪れた甲斐がありますね。この景色を見ることができれば、誰でもそう思うともいますよ。」


僕「山田君の言う通りですね。この景色は見る人すべてに感動を与えますね。それと今この時代に、この景色に出会えたことに感謝ですよね。」


エディ「酒井さん、山田君、どうですか。この景観のすばらしさ。圧巻でしょ。まさにバリ島の誇りですよ。」


山田「本当ですね。酒井さん、エディの言う通り圧巻です。それと俺が生きているまさにこの時代に、この景色に出会えたことに感謝です。」


ヘルマワン「この景色は、スマトラ島ではないですね。バリ島のすばらしさですよ。本当に感動しました。」


今、僕が立っている石畳の広場では、穏やかな風が、僕たち四人を包んでいた。


僕が気が付くと、またコバルトブルーの蝶が僕の周りを飛んでいた。もちろん、そのことには他の三人は気が付いていない。この蝶はいったい僕に何を伝えるために、僕についてきているのかインスピレーションを蝶に送ってみた。そうしたところ、蝶の意識から僕へ次のようなメッセージが伝えられた。


蝶「私は、あなたの守護神の大海原の女神の献身である。今日、参拝した氏寺の主はとは昔、恋仲であった。その相手が、今だに成仏せず、この世にとどまっていることを不憫に思い、今回、あなたの体を借りて彼を成仏させたことへ感謝を伝えたい」というメッセージを僕は受け取った。


僕は一人なんだか切ない思いを感じていた。


山田「酒井さん、どうかされましたか。」


僕は、今伝わってきたとこは山田に伝えなかった。


僕「山田君、この景色に感動ですよ。というか古の時を超えて、どのような物語をこの寺院は見届けてきたのかを思うと、なんだか胸が熱くなってきちゃいましたよ。」


僕は山田へそのように答えた。勘の鋭い山田は、僕の本心を見抜いたようだった。


山田「そうなんですね。いろいろな思いの物語をこのランプヤン寺院は見守ってきたんでしょうね。俺も酒井さんと同じように感じていますからわかります。」


僕と山田、エディ、ヘルマワンは寺院の広場を一周して、天空の寺院の素晴らしい景色を堪能した。


僕たちは先ほど登ってきた石段へ戻り、急な石段を足元に気を付けながら下りて行った。僕が石段の下界の広場から小さな門を見上げると、その門に正装をした女性の姿があり、僕へ一礼をしてくれたように思えた。僕がその姿を見ていると、その女性は先ほどのコバルトブルーの蝶へ姿を変えランプヤン寺院の上空へと舞い上がった。僕は大海原の女神とブサキ寺院の氏寺で供養した青年の二人が、天国で結ばれていることを祈りその場を立ち去った。


駐車場まで戻った僕たちは、車に乗り込みランプヤン寺院の素晴らしさを胸にしまい、車が動き始めた。駐車場からジャラン・プラ・テラカ・ランプヤン通りへ入り、道の名前などないような裏道を通り、僕たちはジャラン・レギャン通りを目指した。ランプヤン寺院を出発した。時間は15時30分を回ったところだった。


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