第2話黒い何か
「うっ……」
身体中を
──奇跡だ。
どれぐらい気を失っていたかは分からないが、ゆっくりと瞼を持ち上げる。血糊がベッタリとくっついており、目は半分しか開かず、視界はとても狭い。
こんな状況下に於いて尚、リガルは陥れた三人を恨むより前に自分を責めた。──責め続けた。負担になっていた事、仲間と思われていなかった事。
「ハハッ……」
乾いた笑いが森のざわめきに消されてゆく。自然と目頭は熱くなり、固まった血を溶かすように暖かい涙が頬を伝った。
目を擦りたくても腕は動かず、身動きが取れない。どうやら、体はまだ木に縛りつけられているようだ。
──ならなぜ生きているのだろう。
魔族が哀れんで、命を助けてくれただとかありえない話だ。不気味な奇跡について考えていると、視界が黒に染まった。
目を閉じたとかではないし、何かを頭から被されたわけでもない。
「──貴方は……一体」
涙のおかげで開けた視界に写ったソレが、死んでいなかった理由だと知るのにさほど時間はかからなかった。怯えながらも、問いかければ──
「やっと目が覚めたか」
黒い何かは、数人の声が重なったような音で、慌てることも敵意をむき出すことも無く、落ち着いた様子で言った。
「ナニモノ、ですか?」
「私は……そうだな。村人、とでも言えばいいか」
──嘘だ。
白魔道士であるリガルは、生命反応には敏感である。かと言って、魔族でもないようだ。訝しさを帯びた視線を送れば、影はため息ひとつ漏らす。
「はあ。やはりお見通しか」
冷たい風が髪を撫で、何かが立ち上がった事が分かった。
次の瞬間、縄が切られリガルは地面に倒れ込む。
「うぐっ……」
拍子に柔らかく
「いやあ~流石に
「臓……物?」
瀕死の影響か、危機感知能力が著しく低下しているリガルは、それ相応の反応が出来ずにいた。
それでもどうにか、震えた腕を使い四つん這いになると顔に付着したソレは、ベチャリと音を立てて剥がれ落ちる。
「もしかして、アナタがこれを?」
真っ赤に染る臓器を見た後に、首を左右に向けると魔獣やアンデッドのバラバラ死体が散らばっていた。
「たまたま通り過ぎた──と言えば嘘になるが。私が彼等を粉微塵にしたのは紛れもない事実」と、恐ろしい内容にも関わらず、リガルには恐怖心が一切なかった。
その声には、凡そ悪意や敵意、好意と呼ばれるモノが含まれているようには感じなかったからかもしれない。平坦であり無機質であり無感情。それが、黒い何かに対し、リガルが抱いた印象だった。
「ふう……」
状態を起こして木に寄りかかると何かに訊ねた。
「なんで僕を助けたのですか?」
「……何故、だろうな。使命感?いや、なんだろうか。遠くに忘れた……置いてきた大切な物がソコにある気がした──のか」
「僕に、ですか?」
「ふむ……まあ気にする事でも無いだろ」
顔も何もわからない黒いナニカだが。それでも、もし表情と呼べる物がソレにあったなら、間違いなく呆れた表情を浮かべている事だろう。
「とは言え、君は恨んでないか?辛くないか?苦しくないか?」
「そりゃあ……」
リガルは溜め込んでいた弱音を吐き捨てた。苦しかった事、悲しかった事、喜劇はなくも悲劇だった過去を。黒い何かには、吐き出せる不思議な力があったのだ。
数十分にわたる弱音を聞いた影は一言──
「なら、殺すか?成し遂げるか?復讐を」
リガルは、殺伐とした声に眉を顰め、目を逸らす。
「殺すって……そんな」
白魔道士が人の命を奪うだなんてあっていいはずがない。リガルの口は静かに閉じ、目線は血だらけの足へと向けられた。
「正義は時に悪となり、悪もまた正義となりうるんだよ」
「僕にはそんな……」
「そうか。君はお人好しだね。つまんないな。あんな奴ら、助けるに値しないとおもうけど?」
冷徹で棘のある声に変わり、悪寒を誘う。
「だとしても……」
「まあ、いいや。もし私の力が必要になったら【ムエルト】って心の中で念じるんだね」
息を呑んで、黒い何かを見て口を開く。
「もし、念じる事がなかったら」
「いいや、君は念じる。君は触れるのさ真実に。それが幾重の犠牲の上に立つものだとしてもね」
「僕は白魔道士です。人を癒し導く聖職者──絶対に」
立ち上がろうにも、力が入らなかった。歯を食いしばっても、足に力が入っているのかも分からない。
「君は神経がズタボロだろうし。仕方がない、街まで飛ばしてあげる」
「──え?」
気が付いた時、リガルは既に見慣れた街・ファルルにいた。辺りを見渡せば、そこは冒険者ギルドの真ん前だ。
「一体何が」
展開の速さに頭の回転が追いつけず、座り込んでいるリガルは、ただ呆然どブロック調出できたギルドを見つめた。
「なにあの人……」
「血だらけだし、不気味だな」
行き交う人々が、リガルを素通りしている中で冒険者が数名近づいてきた。
「お、おい! 大丈夫か!」
「誰か! 怪我人だ! 早く病院へ!」
「力のあるやつは、手を貸してくれ!!」
冒険者の大きい声が響き、リガルの周りはいつの間にか人集りとなった。そこを掻き分けて入ってきた男性は、心配そうな声と共に駆け寄る。
「リガル!! 大丈夫か!?」
「なんだ、お前さんの仲間か?」
「はい! 魔物に襲われて……」
「ビスケ……」
逃げたくても力が入らない。
「コイツは俺が病院へ連れていきます」
ビスケは、リガルを軽々しく背負って立ち上がった。
「そりゃあよかった」と、肩を撫で下ろす冒険者にも聞こえるぐらいには、どうにか大きな声を出した。
「離して……ビスケ」
「手──離すわけねぇだろ。お前は、俺達の
顔を横に向け見せた笑顔の奥底に宿る欲望を感じ、リガルの腕はピクリと震えた。
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