第2話 アレクサンドル王子の独白

 

 ◇◇◇


 アレクサンドル王子の国『ラクタス』は、ほんの10年前まで周囲を大国に挟まれた弱小国に過ぎなかった。大国に搾取され、無理難題を押し付けられるのは弱小国の定め。豊かな国土を持ちながら度重なる侵略戦争に疲弊し、民の生活は決して楽ではなかった。


「今年も小麦が見事に実ったわ」


「ああ、今年は天候に恵まれたな。このまま戦が起きなきゃいいが……」


「戦争が始まるとまた畑が荒らされるわ」


「早く平和な国になるといいが」


 民たちはいつ戦争が起こってもおかしくない国の状況に常に怯えて暮らしていた。


 それがすっかり変わってしまったのは、第一王子であるアレクサンドル王子が12歳を迎えた年のこと。初陣を飾る王子が戦場に現れるなり、鬼神のような強さを発揮し、次々に敵を打ち倒していったのだ。


 その後も連勝に次ぐ連勝を重ねた王子は、瞬く間に大国を退け、逆に支配してしまった。たった一人の少年の手により、大陸の地図は大きく塗り替えられてしまうことになる。


「な、なんだあの魔法はっ!」


「空から無数の光が落ちてくるぞ!」


「に、逃げろっ!こんなの、こんなの勝てっこない!」


 アレクサンドル王子には12歳とは思えないほどの、類い希なる魔力と、剣の才能があった。彼がひとたび魔法を発動すれば、国一つが滅びるほどの凄まじい威力を発揮する。彼の怒りにふれ、一瞬で焼け野原になった国は少なくない。


 誰も、その力の前には、為すすべもなく立ち尽くすしかなかった。あらゆる論理を超えた圧倒的な力。それは、神の加護というよりも、鬼神に魅入られたかのような凄まじさ。


「アレクサンドル王子のお力は凄まじいな」


「ああ、同じ人間とは思えん」


「あんなに美しいお顔をしてらっしゃるのにね」


「だがしょせん、小国の成り上がりものよ」


「まぁ!そんな言葉を聞かれたら命はないわよ!」


 王子のあまりの強さと恐ろしさにどの国も震え上がった。彼の機嫌を損ねることは国の崩壊をも意味する。しかし、その一方で、陰では小国の成り上がりものよ、名も知らぬ国よと蔑むものも多かった。


 ◇◇◇


 二十歳を越えた頃、周囲のものたちに懇願され、妻を迎えることになった。すでに国の政治も軍事も実質王子が支配しており、人は良いが平凡な王は、結婚と同時に退位し、王の位を譲ることも決まっていた。


「王子、早く花嫁をお選び下さい。王族たるもの、花嫁のひとりや二人いてもいい年頃です」


「はっ。無茶をいうな。俺は戦で忙しいんだ。そんなことにかまけている暇なんてない」


「何を仰います!アレクサンドル王子は王のたった一人のご子息。王子に何かあれば、この国は瞬く間に滅びてしまいますよ!」


「分かった分かった。じゃあお前たちで適当に決めてくれ」


 最強の王子に相応しい、最高の美姫をと白羽の矢がたったのがダルメール王国のサリーナ姫だ。当時、弱冠12歳と幼いながら、すでにその美貌は大陸中に轟いていた。


「いい加減にしてくれ。適当に選べとはいったがまだ子供ではないか。俺には幼女を愛でる趣味はない」


「何を仰いますか!後数年もすれば素晴らしい美姫にお育ちになります。これは、未来を見据えたものなのです!」


 王子は最初この縁談に 乗り気ではなかった。正直女というものに興味がなかったから。また、どんなに美しいといっても、わずか12歳の少女。20歳の自分が入れあげるような存在ではない。


 結局、家臣たちに好きにすればいいと任せ、それからも戦争に明け暮れた。大陸のど真ん中に位置する弱小国は瞬く間に大陸中を支配していった。


 ◇◇◇


 正式に結婚を申し込んでから三年。ダルメール王国からは、のらりくらりとはぐらかすような返事しかこない。しかし、こちらに嫁がせる心積もりだと言って、多額の金銭援助や貢ぎ物を恥ずかしげもなく要求してくるのだ。


「また金の無心か?」


「今度は美しい宝石が欲しいと。夜会に付けたいそうです」


「のんきなことだな。デカいダイヤでも贈ってやれ」


 ただ、その間、ただの一度もサリーナ姫本人を見ることはなかった。それどころか、本人から手紙が来たこともない。貰うものだけ貰って知らんぷりと言うわけだ。


 それでも幼い少女のこと。まだ子どもなのだ。礼儀がなっていないのもしょうがないと、苛立ちを抑えてきた。


 だがあの日、ほんの気まぐれで参加した夜会で、他国の王子達が話しているのを聞いてしまった。


「キル王国の国王は、ダルメール王国のサリーナ姫に入れあげた挙げ句、最後の国宝まで売り払ってしまったらしいよ」


「はははっ!中年男がみっともないことだな。知っているか?ダルメール王国はサリーナ姫をダシにして、他国に金を貢がせてるのを」


「ああ、男たちを手玉にとってカネを貢がせるとは。まるで娼婦だな」


「小娘に馬鹿にされて、愚かな男だ」


「しかしあの美しさだ。男として何としても手に入れたいと思うのも分かるよ」


「案外金さえ積めばお相手願えるかもしれないぞ?君も貢いでみたらどうだい?」


 馬鹿にしたように笑うその声が、自分に向けられたもののように感じられた。その瞬間、何かがブチンと切れてしまった。


 気がついたら剣を持ち、飛竜に乗ってダルメール王国まできていた。挨拶がてら上空から王宮の庭に向けてランダムに雷撃をお見舞いする。


 木が裂け、大地がえぐれるのを無表情で見つめつつ、丁寧に破壊を繰り返した。美しかった庭は見る影もなく塵芥と化す。


 最初は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うものたちを眺めていたが、このまま王宮ごとあの女を破壊するのも腹立たしいと思い直した。


 たっぷりと金を貢いでやったのだ。返してもらおうじゃないか。娼婦のようにその体で。


 驚くほど残虐な感情が沸き上がってくる。自分をとことんこけにした小娘に、思い知らせてやるのだ。そして、絶望に打ち震えながら後悔の涙を流すがいい。


 王宮に乗り込むと、ガマガエルのように醜い男が命乞いをしてきた。国も、民も、娘も渡すから、自分の命だけは助けて欲しいと涙ながらに訴えてくるのだ。


 男の周りには男にそっくりな顔をした醜い女たちがまとわり付いており、媚びるようないやらしい目で見つめてくる。ギラギラと似合いもしないドレスや宝石で着飾ったその姿に吐き気がした。


 ふと片隅に目をやると、驚くほど美しい女がいた。この王宮で明らかにひとりだけ異質な存在。彼女は騒ぐでもなく、怯えるでもなく、静かにアレクサンドルを見つめている。


 醜い女たちが着飾っているのに、シンプルなドレス以外、何一つ身に付けていない。アレクサンドルが贈ったはずのドレスも宝石も何一つ。それはまるで、無駄なものだと言わんばかりに。


 気が付いたらひどい言葉で怒鳴りつけていた。年端もいかない少女を。だが、その言葉をすぐに訂正できるほど、アレクサンドルの苛立ちは収まっていなかったのだ。

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