魂は秒で抜ける

 兵士だけではなかった。スモクワ中から、市民までもが操られて押し寄せてくる。

 包丁や鉄パイプ、棒きれや石までを武器に。通りを占拠し、何百人も何千人もが四郎とクルスを包囲した。


「冥土の土産に教えてあげましょう」

「あ、死亡フラグだ♥」


 クルスのツッコみを鼻で笑って、良子は続ける。


「わたくしは元社長と自称しましたけど、ただの社長でもなかったんですよ。いわゆるブラック企業の社長だったんです」


「偉そうに述べることか、おそらく元ネタの川島芳子かわしまよしことは似ても似つかんな」


 四郎の嘆きもものともせずに、彼女は誇る。


「人をこき使うのが好きでしてね。この能力にだけは感謝しています。使い分けて西側諸国の人員を操作し、平民からここまで出世できたんですから。それだけに腹も立ちましたよ。わたしより早くに出世し、ユニークスキルにも頼らず天性の魅惑で人心を掌握したそのメスガキにね」


 少将の怒りを代弁するように、スモクワの住民たちが武器を構えた。


「中将、あなたもです。入れ替わる転生なんて卑怯な手段で、いきなりわたくしより上の役職になるとは。探りを入れてみれば二人が知人だったとはこれも奇妙な巡り合わせ。まとめて死んでいただきましょう!」


「そうか」

 興味なさげに、四郎は自身の脳裏を閲覧しながら別の指摘をする。

「ところで、異世界ネットではもうおまえが魔王認定されているぞ。クルスが降伏を宣言したために、正体を表した方に移ったようだな。特定の条件で機械的に判別するいい加減なシステムで成り立つらしい」


「どっかのSNSのBAN基準みたいだね♥」


「異世界ネットに魔王? なんですかそれは」


 首を捻る良子に、科学者はわざわざ説明してやる。


「転生の過程も違っただけに無知なのか。転界の連中が利用する、異世界の魔王関連情報が網羅されたインターネットのようなものだ。ここに魔王と登録されたからには、いずれ勇者として討伐する者が派遣される」


「くだらない、返り討ちにしてあげますよ」


「では、わたしが手間を省いてやろう」


 四郎が宣告した。

 それが合図であったかのように、一帯を埋め尽くしていたスモクワ住民たちがドミノのように倒れていく。たちまち、全員が寝そべる形になった。


「こ、これは。どういうことですか?」


 敷き詰められた人の絨毯を見回し、戸惑う良子。そこに、クルスはつまらなそうに述べた。


「どうもこうもないよね♥ 今さら人を操るだけなんてざぁこじゃん♥」


「あなたがやったというの?! わたくしのスキルの効果の方が上だったのに!」


 少将はホムンクローンに怒鳴る。実際、クルスの魔法で睡眠や気絶の状態にあった兵たちを含むスモクワ住民全員を操れたのだから当然の疑問だった。


「わかってるじゃん♥ ならクルスじゃないでしょ♥」


「では中将が!?」


「わたしには人を操るなどという魔法は使えない」

 元部下に着目されて、元上官は種明かしを始めた。

「だが、人の精神的な働きが脳に大きく依存しているのはあらゆる観測から確かだからな。物理的に、脳内伝達物質の流れを変えれば複雑な思考の操作は難しくとも、意識を失わせる程度の大雑把なものなら容易い。脳の働きを封じれば操ることもできんだろう」


「おのれ!」


「こんな真似もできる」


 腰元のホルスターから拳銃を抜いて構えた良子だが、無視して四郎が発言するや動きを止めた。そのまま、煙のように姿が消え去る。


「あら、殺っちゃったの?♥」


「少々異なる」娘の推測を彼は微妙に否定する。「半物質をぶつけることで、元世界で死んだときにそうなっているはずであろう魂というべきものに戻した」


「ふーん♥ そんなオカルトなこと言うんだ、元科学者が♥」


「魂と断定もしないが今さらだ。本来、宇宙には全体のエネルギーや質量は形を変えても総量は変わらないという保存則があるが、転生や転移という現象は他の宇宙に魂(仮)や肉体が移動するという時点でエネルギー総量が変化するため矛盾する。

 前世の記憶やら異世界人に精神が宿るという現象に至っては、脳がそれらを成り立たせているという観測にも反する。つまり元世界の魂(仮)は、異世界では根本的に異質な存在だ。故にこの世の保存則に沿った肉体を滅ぼせば、残るものが元世界から来た魂(仮)というわけだ。あとは、世界を超えられるアクビエレ・ドライブでその異質なエネルギーを検知し追跡する」


「良子の魂を追いかけるってわけね♥」


「ああ、おそらくまた死後の世界の転界に行くはずだからな。リインカやメアリアンが迎えに来ればハジマリノに戻れるだろう」


「……ちょっとだけ、名残惜しいかもね♥」


 軽い口調とは裏腹に、一瞬本当に寂しそうに彼女は眠っている元部下たちを見渡した。

 クルスは女々しい状況を好まないので、四郎は娘には目を向けずになるべくさり気無く触れる。


「かもしれんが、本来わたしたちが係わること事態ありえないはずだった。何なら、別れの時間を設ける余裕くらいはありそうだが」


「ううん。いいよ、さっさと行こう♥」


 やがて、ホムンクローンは態度からも名残惜しさを隠したので、四郎は一つ頷くだけに留めた。

 かくして、異世界ダイハチノから彼らは消滅したのだった。


 科学者は密かに目と耳をカメラとマイクのように変換し、良子による悪事の自白を念写のように録画したフィルムを残していたこともあり、彼女とクルスに責任を擦り付ける形で、その後訪れるはずだった冷戦と代理戦争は比較的早く雪解けへと移っていった。最後まで、クルスの部下たちは上官を慕っていたが。


 一先ずは元世界より平和な歴史を歩むことになったダイハチノだったが、後の経緯もまた知れはしなかった。

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