地球は秒で異世界になる

「サイディズ中将」

 暗闇で、誰かの声が聞こえた。

「サイディズ四郎中将!」


「え、中将?」

 覚えのない呼称にはっとすると、四郎は長方形の大きな机を囲んで席に着く人々の一人となっていた。


「どうかなされましたか、中将閣下。心ここにあらずといった様相でしたが」

 小声を掛けていたのは隣人で、セミロングの髪の大和撫子のような美女だった。彼女含む、室内の全員が将校服を着た軍人染みていた。

 旧日本軍っぽい格好の日本人らしき人々がほとんどだが、少数アメリカ軍人と思われる者もいて、やや発音がおかしいがうち一人だけが起立して日本語を大声で話していた。みな、そこに聞き入っている。


 シャンデリアの照明。一面の壁には大きな窓が並び、昭和初期の東京らしき街並みが外に広がっていた。


「……大丈夫だ」

 中将という呼び掛けと相手の服装や言葉遣い、襟章や肩章から判断してどうやら自分の方が階級が上だと予測。四郎は無難な回答を手短にする。

 相手は怪訝な顔をしたものの、話を続けるアメリカ人もどきに注目し直した。

 演説する当人以外みんなそうしているので、四郎も習う。


 同時に、考える。


 記憶ははっきりしていた。

 リインカによる元世界への転送魔法で、あのいいかげんな魔法陣が出現。割り込んできたクルスを巻き込んだのは憶えている。

 短時間他人の振りをして調査する手筈から、比較的自分の隠れ家たる研究所近くの、行動可能な人物へ一時的に成り代わるような手筈だった。

 ようは、他世界のゴブリンになることで世界を移動した異世界ダイヨンノのゴッドブリンみたいなもの。


 そして、意識が一旦途切れる前の最後に聞いた不吉な女神の台詞。

『やばい、微妙にずれたわ』


(ずれただと、あの駄女神め。どう見ても元世界の日本ではない、自衛隊の制服でもないし)

 四郎は困惑しつつも思考を巡らせる。

(雰囲気からして第二次大戦時の日本っぽいが。だとしたら、敵である連合国の米軍将校らしき人物が偉そうに話しているわけがない)


 とりあえず、転生の形態としてはゴッドブリンというよりダイナナノの悪役令嬢取り巻きにされた時に似ている。

 名前が四郎・ザイディズのままなのに中将という身に覚えのない役職で、周りからも違和感を持たれていない。肉体的にどうかは鏡がないので詳細不明だが。


 そこで、この世界の異世界ネットに接続できることに気づく。

 アルクビエレ・ドライブ同様、もう脳裏でもアクセスできるよう調整していたので試みてみた。


 『異世界ダイハチノ』と情報が出た。


(やはり異世界なのか、中世ヨーロッパ風ファンタジーではぜんぜんないが)


 さらに、他の基本的な情報も出ていた。


 『魔王:クルス・ホムンクローン』


「はあ!?」


 あまりの衝撃に、立ち上がってしまう四郎だった。


 室内の注目が自分に移る。

「いかがなされた、四郎・ザイディズ殿?」

 演説していた米国軍人らしき相手に問われ、


「はあ、はあっくしょん! いえ、少々風邪気味で」

 なる迫真のありふれまくった演技でどうにかごまかす。

 着席し直すと微妙な間が空いたが、やがて米国軍人将校もどきが「お大事に、閣下」と述べて演説を再開した。


 そこで感づいた。

 彼の後ろには世界地図が掲げられている。地球の北半球。日本からヨーロッパ辺りまでの地図だ。

 指し棒でそれのあちこちを示しながら語っている。

 (メルカトル図法、これで異世界か?)とも思ったが、会話にも耳を傾けてみた。


「――以上の経緯から、もはやビソエト連邦がイツド帝国に敗北するのは時間の問題でしょう。これに対抗するためにも、我々メリアカ合衆国としては、大本日だいほんにち帝国との同盟をより強固にしていきたいと考えております」


(ビソエト? イツド? メリアカ? 本日ほんにち? まさか、ソビエトとドイツとアメリカと日本か?)


 どうやら、そういうことらしかった。

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