死亡フラグは秒で満たされる

「死亡フラグだと? 死ぬのは貴様らだけだ!」

 今度は四郎に掴みかかって、イキテレラは吼える。

「ネーションのように、塵になるまで時間を進めてやる! 女神は転界に行くだろうがもはや罪人。そこで裁かれろ。四郎、貴様は上位神としての権限で転生もさせん!」


 言ってるそばから、瞬く間に科学者と駄女神は塵と化してしまった。

 教室も学園も街も、その向こうにあった海や山も大地も、全てが無限の時の流れに耐え切れずに塵となる。やがて星は滅び、宇宙だけとなった。


「決定論宇宙を書き換えた連中、そいつらも許しておけん! この世界の延長線上たる未来にいようが、異世界ダイナナノもろとも滅び去れ!!」


 宇宙の全てをラプラスの魔で観測しきれるダイナナノは、終わりのあるいわゆる閉じた宇宙であった。

 果てしない時間の流れの果てで、ビッグバンによって宇宙を膨張させていたエネルギーはやがて勢いを失い、自身の重力に負けた段階で収縮に転じるビッグクランチを起こしたのだ。かくして全宇宙は無次元の特異点にまで収束し、終焉を迎えた。


 虚無。


 もう用済みとなった無の世界から、上位女神イキテレラはいったん転界に帰ろうとした。


 ……しかし、できなかった。


『教えてやろうか? アルクビエレ・ドライブは、別のとある宇宙で製造しそこに隠してある。元が宇宙の始まりビッグバンと、終わりのビッグクランチを起こしつつ飛ぶアイディアだ。絶えず別の宇宙を創造し移動しているから発見は容易でないのさ。宇宙を超える性能でエネルギーも世界を超越して送信され、四郎が使えるように受信できているんだ』


 もはや音もない世界で、情報が、いや情報もないのだが、とにかくそうした言葉としてイキテレラはメッセージを受けた。

 振り向く、いや振り向くというのも方向ももはやないのだが、面倒なのでこれまでのように語るとして。イキテレラは、声の方を確認した。


 そこには四郎がいた。


 女爵家の令嬢として女装させられての彼ではない。いつもの白衣の科学者にして、錬金術師としての四郎だ。


『どういうことだ、なぜ貴様が?』


『おっと、勘違いするな』

 混乱するイキテレラに手の平を向けて制し、外見上の四郎は答える。

『わたしは〝ラプラスの魔〟だ。宇宙の外からダイナナノ宇宙全土を観測してると聞いたろう。宇宙自体がなくなったから会えたんだよ。おまえにわかりやすい姿をしているだけで、どんな風にでもなれる』


 無言で、上位女神は彼に詰め寄り腹部を貫く。

 文字通り拳が、手応えなく貫通。すり抜けただけだった。


『納得したか?』

 平然と、四郎もどきは肩を竦める。

『ダイナナノ宇宙の全情報を認識して処理できる塊なのでね、外見情報を偽装し仮初めの知性を作り出して会話することくらいできる。とてつもなく優秀な、弱いAIといったところかな』


 イキテレラは突き刺していた腕を抜いた。貫いた部分に着衣を含め一切傷がないことを確認してから、問う。

『どういうつもりだ』


『変だと思わなかったのか?』

 逆に質問して、四郎もどきは続ける。

『もとは悪役令嬢をネーションに繰り返させるための地獄とはいえ、おまえは破滅フラグを回収させるまで奴らにいびられ不幸を経験することも繰り返していたんだ』


『だからどうした!』上位女神は食って掛かる。『ぼくはそういうのも含めて逆転劇が好きだと教えたろう。ために異世界ダイナナノを任されたんだ』


『自信満々なマゾ告白だな』

 呆れ顔で、四郎姿のラプラスの魔はさらに訊く。

『ずいぶんピンポイントな趣味だ、ではダイナナノ以前はどんな仕事をしていたんだ?』


『……』

 イキテレラはやや悩む。あまりにも昔のことで、忘れてしまったような気がした。


 そこに、四郎もどきは追い討ちをかける。

『ラプラスの魔を通じて知ったことを教えてやる。おまえはさらに上位の神によって、ネーションを閉じ込めておくためだけに新たに作られた神に過ぎない、性格や記憶も含めてな。おまえも、ここに閉じ込められていたんだよ』


『な、なんだって?』


『イキテレラ・ニセヒローイン。そんな、このためだけに作られたかのような名前に疑問を持たなかったとは、おめでたいな』


 それ言い出したらここまでの多くの名前がそうだから、などと突っ込む者すらもはやいなかった。


 愕然とするイキテレラへと、ラプラスの魔は冷酷に続ける。

『この宇宙が決定論じゃなくなろうと、おまえには無関係だ。初めから永遠にイキテレラとしての人生を繰り返すように作られたからな。出れないのはもう、実のところ転生を操る権限なんてないおまえだけだ。四郎たちは、リインカの権限で普通に外で転生できてるよ。おまえにできるのはこの宇宙内の時間の操作だけ、早送りと巻き戻しと一時停止とかか?

 主観的な人生は、ニセヒローイン家の令嬢としての人間程度、百年かそこらだ。終わったら、いつもならまた逆転劇のヒロインに生まれ変わるところだが。もう生まれ変わる宇宙もないならそれまでだろう』


『う、嘘だ。ぼくはちゃんと……』

 あとの言葉は出せなかった。

 思い出していたからだ。イキテレラには、ここへ来る以前の記憶がないことを。


 虚無に取り残された自称上位女神に、四郎もどきは憐れみを手向けた。

『せめてもの土産だ、このラプラスの魔とでも遊んで余生の暇を潰すといいさ』

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