悪役令嬢は秒で没落する

「――はい、カット」

 突如、しおらしく倒れていたイキテレラがはつらつと言って手を叩く。たちまちその服の汚れは消え、溢れた水もバケツに戻る。

 彼女以外のみなは、金縛りのように身動きできなくなった。

「いやあ、素晴らしい演技だったよ新入りくんたち。ここに来たということは、大臣ヤスは失敗したか」


「す、するとお嬢さんが、ヤスを差し向けて四郎氏に冤罪を着せた張本人なのですかな?」

 顔だけは動かせるようで、まず太田が問うた。


「いかにも、ぼくは転界上位女神イキテレラ」

 ごく丁寧なカーテシーで彼女は認めた。


「ふむ。ぼくっ娘でござるか」


「転界から指令は受けているよ」オタクをスルーして、ぼくっ娘は続ける。「君らがシステムを壊そうとするから悪いんだ」


「中性子爆弾で虐殺を行うような、あんな大臣の思い通りにさせるのが正義だとでも?」

「正義?」

 四郎の指摘に、イキテレラは肩を竦める。

「君がそんな安い言葉を使うとはね、転界が用いたこともないだろう。なるべくあらゆる世界をよくしようとしているだけだ。最大多数の最大幸福だよ」


「ベンサムの功利主義か」


「そういうこと。無限の異世界を認知し移動できるようになった者、中でも最も強い力を持った我々転界の最適解だ。多くの異世界を不幸にしてしまうなら、さらに多くの異世界を幸福にするしかない。他にやりようがあるかい? 間違いを犯さないよう、ぼくらのトップたる最上位神以下の転神の自由意思を取り上げるとか? そこにいるリインカみたいな個性はなくなって、ただの操り人形のようになるけど」


「あ、あたしやメアリアンは魔王になんて――!」

 否定する中位女神だが、上位女神は揺るがない。

「間違いを犯さない? 保障はどこにあるんだい。ネーションだって、昔は普通に世界を救っていたんだよ。無限ともいえる寿命の中で心変わりしたのさ。それがリインカやメアリアンには絶対ないとどうして証明できるんだい?」


 気まずそうに身を竦める姉をちらと見て、リインカは言い淀む。

「……だ、だったらあたしたちは。心がなくなった方がいいの……かも」


「いや、それでは同じだ」

 四郎が否定すると、イキテレラは同意する。

「そう、最上位神に逆らえないようにしたとしよう。しかし、彼が間違えたら誰が止める? 君たちが脅かしたシステムはそういうことだよ。少なくとも、転界は不幸になった以上の世界を幸福にしているのさ。100億の異世界を不幸にしたり大臣が間違えたりしたなら、それ以上の世界を救済すればいい。君たちが転界の秩序を破壊してしまったら不幸になる世界を救える者はいなくなるんだ。弁えたまえ、ここは君たちにとって相応しい地獄だ」


「調査をしようとしただけの段階で大げさだな」科学者は反論する。「よほど後ろ暗いところでもあるのか。すでに、最上位神とやらまで間違えているとか?」


 上位女神は不敵な笑顔を浮かべただけで答えなかった。背を向け、廊下を離れながら告げる。

「話を変えよう。ヤスへの逆転劇、君たちも痛快だったんじゃないかな。ぼくはああいうのが好きでね、こういうのも大好きだ。だから悪役令嬢に転移した君らが最後には必ず痛い目に遭い、虐げられていた主人公たるぼくが報われる異世界ダイナナノを任されている。さあ、ここから君たちの破滅フラグは回収されていく。楽しんでくれたまえ」

 そしてイキテレラは幻のように消え去った。


 そこからは急転直下であった。


 娘であるネーションとリインカを優遇し、娘以外には厳しすぎる校則を強いていたこの〝オジョウサマ魔法女学院〟の理事長による気に入らない生徒いびりは、女にしか扱えない魔法も使える天賦の才で特別入学した天才男子〝学園の貴公子〟太田拓に暴かれた。

 イキテレラ・ニセヒローインは一般生徒として入学しながら最優等生ネーション・メガアミ以上の才を発揮し、その優しさで理不尽な校則にも反抗的だった故に目を付けられ、名門ニセヒローイン公爵家による国家反逆罪の疑いに巻き込まれ学園の小間使いに転落させられていた。だが、実は反逆罪自体が理事長の属する名門メガアミ侯爵家の企てで、ニセヒローイン家は罪を擦り付けられていたことも発覚したことでイキテレラの人生は逆転したのであった。


 理事長の娘ネーションと妹リインカ、腰巾着たる四郎の出身サイディズ女爵家も陰謀に関与していた。

 かくしてメガアミ侯爵家とサイディズ家は潰され、主犯は極刑。ネーションとリインカと四郎らいじめっ子は、権威を取り戻して正式なニセヒローイン公爵家の当主となった寛大なイキテレラの恩赦により国外追放だけでどうにか許されたのである。


 ちなみにモテモテでイキテレラともいい感じだったはずの太田拓だが、学院の悪事を調査しつつ密かに悪徳富豪から財宝を盗みイキテレラら貧民に施しをしていた義賊にして王子〝怪盗メンイケ〟に土壇場で恋人の立場を奪われた。いや、イキテレラが単にそちらを選んだだけだったが、乙女心こそが絶対なのである。


 太田との結婚式で神父が「この結婚に異議のある者は名乗り出よ」とお決まりの文句を言うや、教会のステンドグラスを割って「異議あり!」と裁判逆転のごとく乗り込んできたメンイケにお姫様抱っこでさらわれたイキテレラ。

 その逃走途中に、彼女は「太田拓より速~い」と感激したとかしなかったとか。のち二人はめでたく結ばれ、メンイケ王子と王女となったイキテレラの権力で王子の義賊行為は無罪放免となったのだった。


 数年後。


 オジョウサマ魔法女学院での何やかんや以来不幸の連続だったネーションとリインカと四郎と太田は、国外の荒野に建つ廃屋で、襤褸を纏って飢餓と病により瀕死の状態に陥っていた。

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