敵地に秒で潜入する

「かっこつけた割にすまなかったな」

 四郎は謝った。

 彼と太田とメアリアンは、安全に大草原を歩けていたのだ。


 ウィルオウィスプと遭遇して初手で錬金術師の専用スキル〝聖水錬成せいすいれんせい〟を放ったわけだが、これは本来使用者が〝水〟と認識しているものを魔物にダメージを与える聖水に変換できるという技だった。

 ところが四郎は大気中の酸素と水素の化合物が水としっかり認識しているため、周囲の水分を全部聖水とすることができ敵を寄せ付けなくなってしまったのだった。

 お蔭で無駄な戦闘は回避できたが、 オタクとメイドは肩透かしである。


 あとはメアリアンの持参したカンテラを頼りに、背丈の低い草地を進むだけだった。

 今やそれも消し、高めの背の草むらに伏せて隠れながら警備隊の基地たる砦の間近でその灯りを観察している。


「うー、お洋服が汚れてしまいますわ」

「ハジマリノはフィクション要素強めですから大丈夫でござるよ」

「そうでしたわね」

 メイドの不満をオタクは軽く受け流す。


「メタ発言はそこまでにしろ」四郎は制した。「ファンタジー要素強めだろうと、潜入は容易くいくまい」


 トナアリ帝国国境警備砦は、草が刈られ土が露出した一帯に建設されていた。かつて魔王軍の拠点だったものを改築利用した建造物である。

 付近の川を招き入れた水堀に囲まれた、小規模の石造り。カタカナの〝ト〟に見えるトナアリ帝国の国旗を掲げた天守ドンジョンを、一重の城壁に護られた城郭。損傷はなさそうだ。


 四郎と太田は言葉を交わす。

「全容は窺えないも、綺麗すぎるが」

「ともすれば、虐殺自体嘘なのではないですかな?」

「そこまでの虚偽は難しいだろうが、もう少し近づいてみねばな」

「どうしましょうかね」

「錬金術の本質は元素の組み換えだ。周囲の元素で、吸入麻酔薬を精製して空気に紛れ込ませ眠らせることもできるが」


 そこに、メアリアンが口を挟む。

「情報を得るためには、案内役がいた方がよろしいのではなくて?」


「だな」四郎は応じる。「一人くらいは拘束して自白剤でも調合するか」


「いえ、ここは任せてくださいませ。今度こそ、あたくしの実力も披露してみせますわ」

 宣言して、メイドは妖艶に微笑んだ。



 基地から最も離れてサイショノ女王国側を見張っていた歩哨は、そばの草むらが不自然にざわめくのを察知した。

「誰かいるのか」

 手にしていた槍を身構え、ゆっくりとそちらに歩み寄る。


 と、草の中からはメアリアンが両手を挙げた降参のポーズで立ち上がった。

「いやーん、ご主人様に見つかっちゃった(>_<)」

 などとぬかす。


「な、なんだと?」兵士は槍先を向けるが、いきなり現れた巨乳で可愛らしいメイドに多少怯んでいる。「ふ、ふざけるな。女王国の人間か? ここからは帝国の土地だ、立ち入り禁止だぞ!」


 メアリアンは両手でハートを作り、唱えだす。

「壁に耳あり障子にメアリ~、あなたのハートに~?☆」

 そこで耳に手を当てて傾ける仕草をすると、兵士の口が勝手に動く。

「脈あり~……うっ!」

 異変を察し喉を押さえる彼だが、へんてこなやり取りは終わらない。

「アーン、とっても上手にできました♪」

 片手を腰に当て、上体を傾けて人差し指を振りながら称えるメイド。

「はい(*^^*)」ぱんと手を叩き、「転界から来ました、メアリアンです。――〝メイド返り〟!」


「なんだあの共感性羞恥ハンパない激寒なやりとりは」

 やや離れた草むらで隠れて見守りつつ、四郎が正直な感想を吐露する。


「職業〝メイド〟の専用スキル、〝メイド返り〟ですな」隣に潜む太田が解説する。「メイドの魅力によって敵一体を魅了し、逆に自分が主人のようになって操ることができる技ですぞ」


「あの変な言動いるか?」

「メイドの呪文でござろう」

「どこがだ。地下アイドルと混同されてる感じだし」


「ああっ!」

 隣人の疑問をよそに、オタクはメアリアンを案じる。

「〝εὕρηκαエウレカ〟……やはり! メイド服が汚れていたのか、ステータスの魅力値が下がってます。これが低いと〝メイド返り〟が失敗する可能生が高くなってしまいますぞ!」


「服は汚れないんじゃなかったのかよ」


「くっ、こ、小賢しい!」

 苦悶しながらも耐える兵士に、メアリアンも気づいた。さっき伏せていたために、自分のメイド服の胸元に泥が付着していることに。

 そこで、

「あたくしとしたことがはしたない(^^;」

 胸のボタンを外して広げた服を折るように汚れを隠す。逆に巨乳な肌の露出は上がった。

 兵士は釘付けであった。

 まもなく、彼は跪いて観念する。

「……お嬢様、なんなりとご命令を」

 メアリアンは手を振って四郎たちに成功を伝えた。


「おしかったですな。もっと粘ればさらなる露出が期待できたかもしれませんのに」

 本音を洩らした太田は、四郎に小突かれていた。

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