異世界メイド喫茶は秒で潰れる

 二人が『異世界★メイド喫茶♥(*^^*)』の入り口を開けようとしたら、扉が外れて内側に倒れた。


 埃の舞った内部は木造のテーブルや椅子がひっくり返っている。ネズミやゴキブリも徘徊していた。

 ガーランドや手描きのアニメ美少女調油絵、手縫いのぬいぐるみやらよくわからないその他の飾りで精一杯ポップな雰囲気を醸し出そうとした努力は垣間見えた。

 が、それらもほとんど壊されている。


 奥のカウンター裏に誰かが隠れていると気付いたときには、もうそいつは飛び出してきていた。


「お、お帰りなさいませ。お嬢様ぁ~!」


 メイド喫茶っぽい挨拶で叫び、彼女は四郎の隣にいた女神に抱きつく。そのままわんわんと泣いた。

 外見上、リインカと同い年くらいで継ぎ接ぎだらけの手作りらしきメイド服姿。ゆるリッチウェーブの青い長髪に碧の瞳、翼と光輪、ちょっと生意気そうで八重歯が特徴的な巨乳の美少女だった。


「メアリアン!」そう呼んだ相手を、リインカも抱擁して大泣きした。「よかったぁ~、無事だったのね、うわぁ~ん!」


 四郎は、一人置いていかれた感じでしばし見守っていた。


 一刻の後。

 ひとしきり泣いて経緯を聞いたメアリアンは、いくらか落ち着いたらしい。やがて、倒れていた一つのテーブルと囲む椅子を二つ起こして掛けるように促した。

 助けに来てくれたお礼にメイド料理を振る舞ってくれるとのことだった。

 リインカと四郎は、店内も汚いし嫌という本心は内心にしまいつつ遠慮したが、「いちおう叶えた夢の最後を見てほしいんですの」との彼女の頼みにとりあえず一品だけいただくことにする。

 もう異世界ダイヨンノには失望していて、終わり次第、転界に一緒に帰るらしい。


 待っている間に出された木造コップの水売りから買ったという水は微妙に濁っていて、やや泥の味がした。

 さほど離れていないカウンターでてきぱきと調理をしながら、メアリアンはしゃべる。

「本当に困っていましたわ、一時期なんて敵軍に占拠されかけて店も荒らされて、危ないところでしたのよ。援軍の到着が遅かったら、あたくし年齢制限が掛けられるようなことをされていましたもの」


「なんでこんな異世界選んだのよ」

 テーブルからリインカは呆れと心配の混じった問いを投げる。


「てっきり異世界ってみんな楽しいところばかりなのかと。これまで担当したところもそうでしたし」

 哀しみを思い出したのか、鼻を啜って友人は答えた。

「だからランダムに選んで、最初から平和になったあとのスローライフしか考えていなかったんですの。チートスキルでぱぱっと魔王を片付けるまでよく見学することもなく、定住を決めてからようやく気づいたのですわ。倒した魔王が脳漿と血飛沫と臓物を撒き散らしながらグロく死んだときに変だなとは思ったのですけれども」


「そこで気付けよ」


 四郎のツッコみをスルーして、リインカは言う。


「もう、だったら脱出したり助けを呼べばよかったのに」


「スローライフを純粋に楽しみたくて、女神の力はほとんど転界に預けてしまいましたの。魔王を倒した勇者というのも秘密にしてもらって、メイド喫茶を建てるために使ったのが最後でしたわね。

 それも、『メイドなら家の仕事やってろよ』とか、『わけわかんないサービス料が高いし酒も禁止じゃ酒場の方がマシ』とか、『んな高い金出して美少女が接客する程度なら娼館行った方がマシ』とか言われて不人気で、給料も払えないしフィクション的なメイドのお約束もわからない市民ばかりで教育も難しいから、店員もあたくしだけの失敗続きでしたけれど。……いちおう、こちらの魔法で救助を呼ぼうともしたのですけれどこれが複雑で。こんなものでしたのよ」


 換気設備が不充分なので煙たい釜戸の火を消して、近くの書棚から薄汚れたパピルス紙の巻物を持ってきてテーブルに置くメアリアン。

 いちおう客扱いの二人は開いてみた。どうやら魔法書らしい。

 例の翻訳魔法で読むのに苦労はしない、遠距離交信魔法リモートビューイングについてのもののようだった。ところが、


「な、なにこれ」

 最初の部分に目を通すやリインカは絶句する。


 〝必要な材料:新月の晩に採取した巨人の肝をひと月天日干しにし、聖地ルピナの永劫の湖で十日間浸したもの。これを生きたままの一角鯨いっかくくじらの角で突き、シュリンク笛座ぶえざが東の果ての双肩山そえけんざんに触れたときに、教皇城きょうこうじょうの大鐘楼を誰にも見つからないように101回鳴らすことで最初の準備が完了する。次に――〟


「ってできるかー!!」


 巻物を取り返してメアリアンは床板に叩きつけた。


「……まあ」顎に手を当てて四郎は言及する。「元世界に伝わるリアルな魔術みたいな面倒さだな。それでもここまでのものはまずないが、本当に転界という神の世界と交信できるなら相応の難易度かもしれない」

 いや、転界の神ポンコツだからんな価値ないか。という言葉は呑み込んだ。


「す、すみませんでした、取り乱してしまって」


 息を荒らげながらもメアリアンはとことこ歩きだす。やがてカウンター裏から出来上がったらしい料理を二皿持ってきて、呆気に取られる来客のテーブルに置いた。

 いや、皿でなく固いパンの上に乗った料理だった。


 オムレツだ。

 よくこんな環境でというくらい本体はふわふわでおいしそうだが、黄ばんだ白い粉で〝LOVE〟と書いてある。なぜか英語で。


「お皿が戦争で割れてしまって、ごめんなさい。……おいしくな~れ★ 萌え萌えきゅん♥」


 と、さらに呆気に取られる二人の前で身体を可愛らしく揺すり、両手でハートを作ってオムレツに翳した。


「さあ、〝♪トロピカル♪ハッピーオムレツインフィニティ〟が出来上がりましたわ。お嬢様ご主人様、どうぞお召し上がりになって」


「えと、このパンは?」

 遠慮がちに尋ねるリインカに、四郎は代わりに答えた。

「中世ヨーロッパでは皿代わりの時があったな」


「……この白めの粉は?」


 さらにリインカが問うと店員は申し訳なさそうに答える。


「本当ならケチャップにしたかったんですけれど発明されてないようでして。まもなく魔王死後に消えた魔物に占拠されていた土地を巡って戦争も始まってろくな材料も手に入らなくて、比較的簡単に入手できたこの……」


 彼女はエプロンのポケットから角ばった石ころを出した。


「岩塩か」


 科学者の解答は正解らしく頷かれた。


「……ちょ、ちょっとしょっぱそうだけどおいしいはずよ。メアリアン料理上手なんだから!」リインカが空気を和ませるような空元気で、添えられていた木製スプーンを手にする。「えーと、あたしフォークも欲しいかなって」


「あ、その道具は三つ隣の国のものでまだ伝わってないんですの」

「元世界でもビザンチン帝国から広まるまでは中世西ヨーロッパにもなかったな。手づかみも珍しくない。……ファンタジー要素が強めでなければスローライフも難しいということだろう」


 メイドと錬金術師が現実を教え、リインカは呟いた。

「ジャガイモ警察ってレベルじゃねーぞ!?」


 ちなみに、塩を除けばオムレツは本当に美味だった。

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