三章 鋼の王冠
第14話
「それで、サジェットを挑発しまくって激怒させた上に、まともな謝罪一つせずのこのこ帰ってきたと。おふたりとも、お馬鹿さんなんですか?」
開口一番、エンリーの口から辛辣な言葉が飛び出したが、俺達は返す言葉を一つとして持ち合わせていなかった。
サジェットが言い放った俺達への解雇通告は、ただの脅し文句ではなかった。
事実、エンリーの元に正式に依頼を破棄する書類が届いたことで、俺達はようやく事の重大さに気付き始めた。
今さらながら頭を抱えていると、ようやく晄は空元気でエンリーへと噛みついた。
「あのサジェットって男が気に食わないのが悪いのよ! アタシだって望んでクビになった訳じゃないんだから!」
「そりゃそうでしょうけど、結果として最悪の状況に陥ってますよね。教団から依頼を破棄されれば、ダンジョンに入れないって、いいましたよね?」
いつも以上に激しく問い詰めるエンリーも、今回の対応に思う所があるのだろう。
支援機構の職員として俺達を教団に推薦した手前、この結果に対して意を唱える権利はある。
加えて俺達はエンリーの好意と努力を無駄にしただけでなく、支援機構そのものの評価も落としたことになるのだ。
「それは、本当にすまないと思ってる。教団との依頼を破棄されたのは、俺達の失態だ。だがなにも成果を得られなかった訳じゃない」
「というと?」
「エルダー・ガーターの討伐だ。少なくとも俺達の実力を周囲に知らしめるという意味では、効果的だったはずだ」
「まぁ実力の証明という部分では申し分ない成果ですが……。」
「なら、ほかの組織の耳に俺達の活躍が届いているかもしれない。様子を見ていれば、新しい依頼が舞い込む事だって考えられる」
これは不幸中の幸いと言えるだろう。
調査を長年妨げてきたエルダー・ガーターの脅威は、この街で活動する組織なら十分に理解しているはずだ。
それを討伐した俺達の実力も、同じようにすぐに理解できるだろう。
その功績は支援機構や教団だけでなく、ダンジョンを探索する冒険者や別組織の耳にも入るこになる。
実力至上主義である冒険者の世界で、強力な魔物を仕留めたという事は何よりも実力の証明になる。
上手いこと噂が広まれば教団以外の組織が、俺達に依頼を持ち掛けてくる可能性も十分に考えられた。
自分達から行動できないのは歯がゆいが、それでもダンジョンに入る手立てが完全に途切れた訳ではない。
「でも、あのサジェットがアタシ達のあらぬ噂を流すかもしれないわね」
「さすがにそこまではしないだろ。教団も聖剣を手に入れる為に、俺達にかまってる暇はないはずだ」
「どうでしょうね。教団から送られてきた抗議文章を読めば、晄さんの予想もあながち間違いではないと思いますが……読みますか?」
「い、いや、遠慮しておく。それにどんな噂を流されても、俺達の実力は変わらないだろ」
「それはそうですけど、決して楽観視はできませんよ。相手はあの教団ですから」
教団がどんな噂を流したところで、俺達がエルダー・ガーターを討伐した事実は揺るがない。
多少の風評被害があった所で、俺達の活動に影響は出ないだろう。
もっとも、教団が他組織に対して強い影響力を持っているのなら、話は別になるが。
「実際、どうなの? あの不気味な教団がそこまで影響力を持ってるとは思えないんだけど」
「多くの人達が、晄さんと同じ印象を教団に抱いているでしょうね。ですが軽視はできません。少なくとも王族から正式に認められた組織でもありますから」
「レノヴィット教団はこのレウォールに根付いた組織だったろ? なんで王族が出てくるんだ?」
「ここからは私の個人的な言葉として聞いてほしいのですが、王族は大陸に散らばった特別なアーティファクト群を集めているという噂があるんです。その内の一つが、あの聖剣フリューゲルとされています」
「いや、待ってくれよ。サジェットが言ってたが聖剣は教団の象徴だ。それを欲しがる王族は、逆に教団とは反りが合わないと思うが」
「いいえ、だからこそなんです。王族は特定のアーティファクトを奪うのではなく、所有する組織自体を傘下に納めています。恐らくですがレノヴィット教団もそれが狙いなのだと思いますよ」
そこでようやく疑問が氷解し、話が繋がる。
「なるほどな。教団の狙いはレノヴィット教会の復権。ここで聖剣を手に入れれば、教会の象徴と王族の後ろ盾の二つが同時に手に入るわけだ」
思い返すのは、祭壇を後にした時に見せたサジェットの激情だ。
自分の命の危険があるというのに、俺達に戦闘を強行しようとさえした。
あの時はなぜ聖剣に対して狂信的な執着を抱くのかわからなかった。
だがこれでようやくサジェットを含め教団の目的が理解できた。
ならその妨害をした俺達にどういった感情が向けられているかも、容易に想像ができる。
どんな手段を使ってでも聖剣を手に入れるというサジェットの執念も。
「そう言えばサジェットの奴、物量で押して聖剣を手に入れるとか言ってたな」
「資金に糸目を付けなければ可能でしょうけど、相当な被害が出るでしょうね。聞くところによれば、その騎士はエルダー・ガーターを仕留めたおふたりが苦戦した相手ですからね」
「でも、もうアタシ達には関係のない話でしょ」
「まぁ、そうだな」
聖剣を有する騎士とその騎士に付き従う亡霊達。
共に一筋縄ではいかない強敵であり、俺達も苦戦を強いられた。
勝ち筋が見えない程の相手ではなかったが、撤退を迫られたのは事実だ。
そして嫌でも思い返すのは、騎士の首元にあった奴隷の証。
アレが意味するのは、騎士が元々は誰かの奴隷であったこと。
加えて主人は常習的に奴隷へ暴力を振るう性格だったという事だろうか。
どういった事情で、奴隷が騎士となり聖剣を手に入れたのかは分からない。
だが今の状況が騎士にとって救われているというのであれば、それを守りたいと考えてしまう。
聖域に入る手段も失った俺には無縁の事だと分かっている。
それでもついつい、そんな事を考えてしまっていた。
ふと黙り込んだ俺をよそに、晄とエンリーは今後の事について考えていた様子だった。
「それより今後はどうするつもりですか? 依頼が来るのをじっと待っている訳ではないですよね?」
「時間が惜しいわ。少しでも可能性があるなら、攻略されたダンジョンに潜ってみるのも手ね」
「あのダンジョンに、ですか? 以前にも話した通り、アーティファクトを目的に入るのはお勧めできませんが」
「それでもじっと待つのは苦手なのよ」
晄はふてぶてしく言い放つ。
支援機構の職員であるエンリーが言うのであれば、やはりアーティファクトを目当てに攻略されたダンジョンへ潜るのは、殆ど意味のないことなのだろう。
ただ晄の言う通り、知らせを待つだけの身と言うのは案外心に来るものがある。
なら少しでも体を動かして、無駄な思考を排除したい。
エンリーも晄の行動を制御できるとは思っていない様子だ。
手早く書類を作ると、支援機構の蝋印を押して俺へ手渡した。
「窓口へこの書類を渡してください。簡単な手続きで中へ入れると思います」
「ありがとう、エンリー。それと教団の件は本当にすまない」
「もう大丈夫ですよ。これも仕事なので」
エンリーは半ば諦めた笑みで首を振っていた。
そんな彼女に改めて礼を告げて、部屋を後にする。
出口まで送るというエンリーに、晄がふと問いかける。
「そのダンジョンって、なんて名前なの? 聖域みたいに名前があるんでしょ」
「鋼の玉座と呼ばれています。大層な名前とは裏腹にさほど危険はないので、心配はしなくていいと思います」
そう言うエンリーに見送られて、俺達は支援機構を後にする。
しかしその後。俺達はそのダンジョンが、なぜ鋼の玉座などという物々しい名前で呼ばれているのか、理解することになる。
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