第11話
岩石の巨像が手に持つのは、俺達の数倍はあろうかという武装だ。
特にハルバートはこの祭壇の殆どを攻撃範囲に収める程の長さがあるだろう。
となれば当然、その重量も凄まじい。
エルダー・ガーターは容易くハルバートを振り上げ、そのまま晄へと叩きつける。
武器としての性能ではなく、その重量で叩き潰す一撃。
風を切り裂く音と大地を打ち砕く音が重なり合い、祭壇に反響する。
だが、鈍重で単純な一撃だ。
緋色の剣聖と呼ばれる晄がそれを受けるはずがない。
気が付けば、晄はエルダー・ガーターの足元まで肉薄している。
そして、流れる様に斬撃の嵐をその足元に見舞う。
舞い散る火の粉と焔が薄暗い祭壇を照らし出し、まるで舞踊を見ているようだ。
ただエルダー・ガーターは、炎を操る緋桜と晄にとって分の悪い相手と言える。
岩石を炎で焼いてもさしたる効果は得られないのと同じだ。
「晄! なにか策はあるのか!?」
「当然! 効果がないなら効果が出るまで、斬り続ければいいのよ!」
打てば響く返事とは裏腹に、全く理に適っていない答えである。
ただ俺が止めるには遅く、緋桜の纏う炎は徐々に肥大化し、晄の剣戟も加速していく。
その熱波は周囲一帯を焼き払い、はるか後方にいるサジェットのうめき声さえ聞こえてくる。
足元にいる晄を排除しようと、エルダー・ガーターは盾を振りかぶる。
その大きさで圧し潰そうという算段なのだろうが、それよりはるか手前。
エルダー・ガーターの巨躯が、大きく揺れる。
見れば剛炎を纏った緋桜が、凄まじい速度でエルダー・ガーターの足を切り裂いていた。
相手が反撃を試みようと関係ない。
そんな事、知ったことではない。
そう言わんばかりに。
その斬撃は止まる事を知らず、それどころか一瞬ごとに苛烈さを増していく。
より速く。
より速く。
前の一刀よりも速く。
次の一刀はより速く。
「あっははははは!」
「あの馬鹿」
高笑いと共に加速する晄は、態勢を立て直そうとするエルダー・ガーターの挙動を見た瞬間。
唐突に跳躍し、頭部へ力任せの一撃を放った。
爆炎と共に岩の破片が飛び散り、再びエルダー・ガーターが姿勢を崩す。
あの巨体を脆くなった足では支えきれなかっただろう。
巨体は自重を支えられず、そのまま後ろへと倒れ込む。
その衝撃で天井からは小石や塵が降り、嫌な音共に亀裂も広がる。
着実に晄の攻撃は効いているが、ダンジョンへの被害も相当だ。
「周りの事を考えろ! 崩落するぞ!」
「このデカブツをぶっ倒すには、これぐらいしないとね!」
獰猛に笑う晄は、完全に戦闘を楽しんでいた。
晄の感情に呼応するように緋桜の業火も膨れ上がる。
こうなるともはや手を付けられない。
我を忘れたような晄の戦い方に不安を覚えたのか、サジェットが叫ぶ。
「レイゼルさん! 本当に彼女に任せたままで大丈夫なんですか!?」
「まぁ、なんとかしますよ。そのために俺が後方に控えてるんで」
サジェットの不安を払拭するために、六華を抜き放つ。
一見、無茶苦茶に暴れまわっている晄だが、その破壊力を持ってすればエルダー・ガーターを仕留める事は不可能ではない。
問題はあのエルダー・ガーターが動き回ることだ。
その巨体故に俺達に対する攻撃がそのまま、ダンジョンの崩落を早める原因になっている。
つまり目標の動きを止めて、晄に仕留めさせれば問題はない。
執拗にエルダー・ガーターの頭部を斬りつける晄を尻目に、俺はエルダー・ガーターの背後へと回り込む。
残った両手さえ奪ってしまえば、もはやエルダー・ガーターが動き回る手立てはない。
とは言え俺の六華に緋桜の様な派手な技はなく、エルダー・ガーターを破壊するだけの火力もない。
ただ、それを悲観した事は一度もない。
六華にはそれを補って余りある能力が備わっている。
「咲き乱れろ、六華!」
大地に刀身を突き刺し、六華の名を呼ぶ。
その瞬間、冷気が爆発的に広がった。
空気が軋みを上げ、全ての動きが静止する。
それはエルダー・ガーターとて例外ではない。
まるで何かに縫い付けられたように、岩石の巨像は動きを止めていた。
身を切り裂くような冷気を振り払い、エルダー・ガーターの上にいる晄へと声を上げる。
「長くは持たないぞ! 終わらせろ、晄!」
六華の氷結能力は強力ではあるが、岩石で出来た巨像を永遠に止めてはいられない。
生物であれば身体を凍結させればそれで決着がつく。しかし岩が相手ではどうもいかない。
ただ晄は俺が叫ぶよりも先に、その準備を整えていた。
緋桜を鞘へと戻し、腰だめに構える。
エルダー・ガーターの胴体で居合の構えを取り、そして――
「爆ぜろ、緋桜!」
横なぎに、一閃。
緋色の閃光が迸り、緋色の眩い刀身がエルダー・ガーターを捉える。
その刹那。
轟音と衝撃。
見れば、エルダー・ガーターの上半身が爆散していた。
俺の六華で凍結させた影響か。緋桜の温度が最高潮に達したのか。
はたまたその両方か。
ただ言えるのは、岩石の巨兵は役目を終えたという事だけだった。
◆
静まり返った祭壇をもう一度確認してから、入口付近で待機させていたサジェットを呼ぶ。
興奮した様子のサジェットは、動かなくなったエルダー・ガーターを見て歓声を上げた。
「素晴らしい! おふたりに頼んで正解でした!」
「それはどうも。お役に立てたようでなによりだ」
ここで俺達の有用性を示しておけば、今後の調査も俺達に依頼してくれることだろう。
ひとまずは安心していると、エルダー・ガーターの残骸から晄が飛び降りてくる。
額に浮かんだ汗をぬぐった晄は、何処かすっきりした笑顔で言い放つ。
「意外とあっさり終わったわね。もう少し手強くてもよかったのに」
「俺はもう、おなか一杯だけどな」
聖域の内部に、エルダー・ガーターと同格の魔物が潜んでいるとなれば苦戦は必至だ。
少なくともサジェットがいる場所で、俺達の能力を解き放つのは危険が伴う。
今回は限定的な能力の行使で勝利できたが、これからもそうとは限らない。
一度サジェットと話し合う必要があるだろう。
そんな事を考えていると、当のサジェットは一人で祭壇の調査を始めていた。
「私はもう少しこの場所の調査を行うので、お付き合いください」
「まぁ、それぐらいなら構わない」
さすがに祭壇に次の魔物が現れる可能性は低いだろう。
興奮を隠しきれない様子のサジェットの後に続き、俺達は祭壇の探索を始める。
ただこの時に気付くべきだったのだろう。
祭壇に潜む、もう一人の敵に。
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