第52話 VTuber祭 二日目 奮激
アカネちゃんのステージを無事見届けた私たちは、そのまま3階にある通路で次の演目をモニター越しに観賞しつつ、アカネちゃんとの合流を待っていた。
はやて丸さんはまだ興奮冷めやらぬ様子で、楽しそうにステージの感想を語っている。私はそれに相槌を打ちながら、イベント前に買ってすっかりぬるくなった缶コーヒーを口に運んだ。
……本当に、素晴らしいイベントだった。内容はもちろん、登壇したVTuberさんたちの個性もちゃんと際立っていて、最初から最後まで心から楽しめた。
なかでも、アカネちゃんはすごかった。サキさんも印象的だったけど、あのアカネちゃんがあんなパフォーマンスを見せるなんて。普段の配信では見られない一面を垣間見て、正直ちょっと驚いた。……不思議な縁だよな、こんなふうに出会えたなんて。
そんなことを考えながら、はやて丸さんの話を聞いていたら、ふとサキさんと出会った頃のこと、そしてアカネちゃんと知り合った日のことを思い出し、サキさんが配信で変なコメントをしてた事も思い出し――ぷっと笑いそうになる。
「……んぁ、飲み物なくなっちゃった」
「わたし、買ってきまス??」
「いや、大丈夫。自分で行ってくるよ。はやて丸さんも何かいる?」
「えっ? それならわたしも行きまスよ!」
「んや、アカネちゃんそろそろ来るだろうし、ここで待ってなよ」
「そうでスか……? じゃあ、お茶お願いしまス!」
「あいー」
「いってらっしゃいでス!」
雹夜さんを見送ると、わたしはベンチに座り直し、ひとりスマホを取り出してSNSを眺め始めた。タイムラインにはVTuber祭の感想がたくさん流れていて、自然と笑みがこぼれる。今、わたしはこの“話題の中心”にいるんだ――そんな高揚感が胸を満たす。
ふと、トレンド欄に「VTuber祭」の文字が踊っているのが目に入る。そして次の瞬間、わたしは密かに思い描く。
(いつか、わたしの名前も……あの場所に並んでいたら、いいな)
そんな妄想にふけっていたところで、見覚えのある女の子が小走りでこちらへやってきた。
「はーちゃん、待たせてごめんね!」
「ぜんぜん! お疲れ様、あーちゃん!」
笑顔でハイタッチを交わすと、アカネちゃんはわたしの隣にちょこんと座った。すぐに感想会が始まる。
彼女は少し恥ずかしそうに、本番で緊張してしまったこと、最初はうまくいかなかったこと、そして……わたしの声が聞こえて、頑張れたことを話してくれた。
嬉しさと照れが入り混じったような感情で胸がいっぱいになる。……本当に、力になれてよかった。
「……ねえ、あーちゃん。わたし、ひとつ大きな目標ができたの」
「大きな目標……?」
「うん、聞いてくれる……?」
わたしは、さっきのステージで心に芽生えた想い――自分もいつか、あの場所に立ちたいという夢を、少しずつ言葉にして伝えた。
口に出してみて、改めてその重さを知る。すごく遠くて、難しいことに挑戦しようとしてるんだと。すでに不安でいっぱいだ。
「……どうかな?」
最後の言葉は、情けないくらい小さくなってしまった。
「……すごいね、はーちゃん」
「……え?」
「だって、目標を立てるのって、それだけでもすごく勇気がいることだよ。それをちゃんと言葉にして、ボクに話してくれたんだ」
「……言葉にするって、本当に難しいんだよ。ボクも、言葉にできないことがまだたくさんあって、迷惑をかけちゃったり、誤解されたり……時には、黙っていた方がいいのかなって思うこともある」
「でも、はーちゃんは違った。ちゃんと伝えてくれた。不安もあったよね? ……違ってたら、ごめんね?」
「ううん……すごく不安だよ。本当にできるのかなって……」
「うん、わかる。すごく、わかる。でもね、それでも言葉にしてくれた。それだけで、ボクははーちゃんのこと、本当にすごいと思う。尊敬するよ」
「……は、恥ずかしい……」
顔が熱くなるのがわかる。同時に、なぜか涙がこみ上げてきた。
「応援するね、はーちゃん。いつか、一緒にあのステージに立とう」
「……うん!」
まだ、泣く時じゃない。だからわたしは笑って、うなずいた。
「……ところで、雹夜さんも一緒に観てたって言ってたけど……?」
「あっ、忘れてた! さっき飲み物買いに行ったんだけど、ちょっと遅いね」
「迎えに行ってみる?」
「しょうがないッスねぇ~」
わたしたちはベンチを離れ、自販機のある場所へと向かった。そこには雹夜さんが立っていて――その隣に、見知らぬ女性がいた。
派手な服に、目を引くスタイル。……胸が、やたらと大きい。綺麗な人だ。雹夜さんって、なんでこんなに女性の知り合いが多いの?
胸の奥に小さなモヤが広がる中、わたしは皮肉を込めて声をかけた。
「せんぱい、モテモテですね?」
「……」
「……せんぱい?」
「あら……? へぇー……」
女の人が私の顔を見て、ふっと口元を歪めた。
「あんたが、はやて丸ね。思ったより小さいのね」
「……あっ……」
その声。忘れたくても、忘れられなかった。
「久しぶりね。覚えてる? まぁ、忘れるわけないよね?」
「……姫、さん」
「あったり~♪ なんだ、ちゃんと覚えてるじゃない」
ぞわっと鳥肌が立つ。嘲るような声。あの時の悪夢が、また蘇る。
わたしの内心の動揺を察したのか、アカネちゃんがスッと前に出て、姫と向き合う。
「……どちら様かしら?」
「あなたがしたこと、ボクは絶対に許さない」
「……はぁ? 何言ってんの?」
アカネちゃんの静かな言葉に、姫の顔が一瞬で怒りに染まる。それまでの笑顔は嘲りへと変わり、憤りをぶつけるように口を開いた。
「許さないのはこっちのセリフよ! あんたのせいで私がどれだけ恥かいたか分かってる!? 予定してたコラボは中止、築いてきた関係は全部ぶっ壊れた! 配信には冷やかしが増えて、メン限しかできなくなって……新規も増えないし! 彼氏にも浮気されるし……! 全部あんたのせいよ!!」
「最後のは関係ないでしょ」
その冷静なツッコミは雹夜さんだった。けれどその声は、いつもの穏やかな響きではなく、少しだけ鋭く、怖く感じた。
「うるさいっ!! とにかく、私の人生を滅茶苦茶にしたのはあんたなんだから! 返してよ!!」
「勝手なことばかり言わないでください!」
「アカネちゃん……!」
わたしは、どうにか声を絞り出してアカネちゃんを制止した。彼女は驚いたように振り返り、わたしを見つめる。その瞳には、明らかな心配の色があった。
「……ありがとう。でも、大丈夫だから」
本当は全然、大丈夫なんかじゃなかった。アカネちゃんも、雹夜さんも、それはきっとわかっていた。 それでも、わたしは一歩前へ進んだ。足元は震えていたけれど、深呼吸して、気持ちを整える。そして、姫の前で深く頭を下げた。
「――ごめんなさい」
「……は?」
「わたしの不手際や準備不足で、姫さんに不快な思いをさせてしまったこと、深く反省しています。……本当に、申し訳ありませんでした」
「ふん。ようやく分かったのね。いい心がけじゃない」
「……でも、わたしが謝るのは、それだけです」
「……何ですって?」
「配信上での不備については心からお詫びします。でもそれ以外のこと、たとえば、あなたのプライベートの問題――浮気とか――そういったことは、私の責任ではありません!」
「こいつぅっ!!」
「わたしだって……辛かった! 逃げ出したいくらい苦しいこともあった。でも、それでも私は逃げなかった! ちゃんと向き合って、一歩ずつやり直して……今もこうして、VTuberとして立ってるんです!」
「たしかに一人じゃなかった。みんなの助けがあった。けれど、それでも私は、あなたみたいにすべてを投げ出してはいない!」
「はっ、ふざけないで。誰かに助けを求めておいて、逃げてないですって? 笑わせないでよ」
その言葉に、私は言い返せなかった。 私は逃げていないつもりだった。でも実際は……あのとき、支えてくれたみんなに、どこか甘えてしまっていたのかもしれない。
「何が“全部受け入れた”よ。人の手を借りなきゃ何もできないくせに。情けないにもほどがあるわ!」
「私はね、一人で全部受け止めたのよ。くだらない中傷も、嫉妬も、全部自分の中で処理してきた。……あんたと違って、誰にも泣きつかなかった!!」
「……友達を頼ることが、そんなに悪いことなのかしら?」
――その時だった。アカネちゃんでも雹夜さんでもない、鋭くも落ち着いた女性の声が響く。ヒールの音が静かに、けれど確かな存在感をもって近づいてくる。
姿を現したのは、サキさんだった。
「あなた……昨日の……」
姫が言葉を失いながら呟く。
「あなたの言い分、分からなくもない。私も、そういうふうに生きていたから。何でも一人で決めて、一人で背負って、一人で解決しようとしてた」
サキさんは静かに、しかし力強く続ける。
「でもね、それは違った。私は最近になって、ようやく友達ができた。そしてその友達に、教わったの」
「心から信頼できる相手に助けを求めることは、決して逃げじゃないって。――それは、強さなのよ。損得抜きで、相手の力になりたいって思える。そんな関係があるからこそ、私はもう一人で苦しんだりしない」
「あなたには、そういう相手がいるかしら? あなたの弱さを受け入れてくれる人が」
「……意味わかんない」
「ええ。今のあなたには、まだ分からないと思うわ」
サキさんはわたしのそばまで来て、こぼれていた涙をそっと拭ってくれた。
そして、再び姫と向き合う。
「彼女が語ってくれた言葉、勇気を振り絞って話してくれた真実。それを“逃げ”だなんて言わせない。私たちは、彼女を誇りに思ってるわ」
姫はサキさんを睨みつけながらも、何も言い返さなかった。
――その時。
「そこまでにしなさい」
新たな声が、その場の空気を切り裂くように響いた。
わたしはその声に驚き、ハッとして顔を上げた。
「ア……アヤさん……」
「……はっ?アヤって……嘘でしょ……」
アカネちゃんが小さく呟く。そして姫は、その名前を聞いて明らかに動揺していた。
そう、その人は、エンドレスのエースにして、サキさんの同期、そしてアカネちゃんの大先輩。エンドレスの“顔”とも言える存在、アヤさんだった。
初めて顔を見たけど、間違いない。あの声は、アヤさんだ。
「ずいぶんと賑やかね。ちょっと騒ぎすぎじゃない?」
ため息混じりに言いながら、アヤさんはこちらへ歩いてくる。
「スタッフさんと話してる時に、3階で騒いでる人達がいるって聞いたの。たまたま近くにいたから様子を見に来たら……アカネとサキがいるなんてね」
「アヤさん……ごめんなさい」
アカネちゃんが頭を下げようとするが、アヤさんは手でそれを制した。
「いいの、謝るのはあとで。それより……あなた」
アヤさんはわたしに視線を向けた。
「は、はやて丸って言います! 初めまして……!」
「はやて丸ちゃんね。覚えたわ。まずはスタッフさんに謝りに行きましょう。私が付き添うから」
「は、はい……すみません」
「謝罪はあとで。それで、あなた――」
今度は、姫へと鋭い視線を向ける。その眼差しには、はっきりとした敵意が込められていた。
「あなた、そのスタッフカード……どこで手に入れたのかしら?」
「えっ?」
「私はね、会場のスタッフ全員を把握するようにしてるの。なのに、昨日から同じ男性スタッフが“カードを忘れた”って言ってたのよ。二日続けて、ね」
「……」
「あなたが下げてるその青いカードはスタッフ用。でもVTuberのは、これ。赤よ」
アヤさんは自分のIDを見せた。確かに、わたしのと同じ赤色だった。
「あなたの顔、見覚え無いのよね」
「……き、急遽、臨時で呼ばれて……」
「ふうん。なら確認してもいいわね? すぐそこに、関係者がいるの。もちろん、間違ってたら謝るわ」
「……」
「最後のチャンスよ。そのカードを渡して、この場を去りなさい」
姫は数秒だけ迷った末、無言でカードを外し、アヤさんに渡した。
そして、最後にわたしを睨みつけると、何も言わずに立ち去った。
「……じゃあ、はやて丸ちゃん。一緒に来てくれる?」
「はい……!」
「サキとアカネも。控室で、少しお話ししましょう」
「わかりました」
「了解よ」
3人が呼ばれてその場を離れていく中、私はその場に一人取り残されていた。
――まあ、仕方ない。一人で待ってよう。
「……あの、雹夜さん」
「ん?」
その声は、久々に名前で呼ばれた気がした。はやて丸さんが、恥ずかしそうに続ける。
「あとで、ちょっとだけ……いいですか?」
「うん。ここで待ってるね」
「……はい!」
そんなやり取りを聞いていたアヤさんが、首を傾げる。
「雹夜……? あなたが、雹夜?」
「え、えっと……一応、そうです」
「……そう。あのサキの件で炎上したって……」
少し鋭い視線に、私は肩をすくめて小さく頭を下げる。
「その節は、本当にご迷惑を……申し訳ありませんでした」
「……」
「アヤさん」
サキさんの低く冷ややかな声が割り込む。アヤさんは目を細め、小さく息を吐いた。
「……わかった、わかったから、そんな怖い目で見ないで。あなたがそう言うなら、私も許すわ」
そう言ってアヤさんは私の肩をポンと叩き、もう敵意はなかった。
「最悪な出会い方だったけど、またちゃんとお話しましょうね?」
「はい。自分でよければ、ぜひ」
「ありがとう。それじゃあ、また」
「はい、またです」
アヤさんが三人を連れて去っていく。その背を見送りながら、私はようやく肩の力を抜いた。
大きく息を吐いて、ベンチに腰を下ろす。緊張と疲れで、全身が重たく感じた――でも、不思議と、心は少しだけ、軽かった。
それからボーっと、次々と始まっては終わるステージ上のイベントを眺めて過ごしながらはやて丸さんが戻ってくるのを待った。
「お待たせしましたッス」
「うん、おかえり」
戻ってきたはやて丸さんが、私の隣にちょこんと座る。
「どうだった?」
「しっかり謝ってきたッスよ。アヤさんが、イベントの感想で盛り上がってちょっと言い合いになったって感じで、誤魔化してくれたッス」
「ほぇー。スタッフさんの反応は?」
「忙しかったみたいで、【大丈夫ですよー、ただ次からは気をつけてくださいね】って注意されて終わりでス」
「なるほど。よかったね」
「はいッス!」
それからお互い少しだけ沈黙を保ち、私ははやて丸さんに言った。
「ごめんね」
「……せんぱい?」
「力になるって言ったのに、なんも言えんかった。ごめん」
「……そんな事ないです。居てくれただけでも、わたしには心強かったです」
「そっか」
「……でも、せんぱい」
「うん」
「……ただ、何も言わず、今は頭を撫でて欲しい、です」
「ん」
はやて丸さんは帽子を脱いで、その帽子で顔を隠す。
私は優しく、ゆっくりと頭を撫でた。
彼女の肩が震え、小さな声が漏れてるのが聞こえる。
――こうして、私達のVTuber祭二日目が終りを迎えた。
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