第2話

 その時、コツコツと靴音が響いたかと思うとドアが開いた。

 いつもの様に、スープ皿を取りに来たのだろう。

 高そうな靴を履いた大きな足が、こっちに近づいて来るのが見えた。

 薄れていく意識の中で、ふと気づく。


 これまで、高そうな靴を履いた大きな足を見た事はなかった。

 私に近づいて来た事も。

 それがどういう意味なのかを考える前に、意識はプツリと切れたのだった。


 パチパチと薪のはぜる音が聞こえてくる。

(あったかいな……)

 自分は死んで天国に来たのだろうか。

 目を開けるのが億劫で、そのまま微睡んでいると冷気が当たる。

 寒さで震えていると、柔らかい毛布を掛けられたのだった。


(えっ……)

 そっと目を開けると、じっと私を見下ろす人影が見えた。

 瞬きをして目を開けると、それが体格のいい男だとわかったのだった。


「ようやく目を覚ましたか」

 低く冷たい声音に鳥肌が立つ。

「あ、あ……」


 体が震えて、声が出てこない。

 忘れる訳がない。ここに来た時、最初に会った男であり、私をあの冷たい部屋に入れた男が目の前にいる。

 中世のヨーロッパの様な派手な服を着て、白藍色の髪を背中まで伸ばした男は、冷たい灰色の両目を細めてじっと見下ろしていた。


「まさか、あの外気とほぼ同じ部屋に二日も居るとは思わなかった。もう少しで凍死するところだったぞ」


 逃げ出そうにも身体に力が入らず、起き上がる事さえ出来なかった。

 半身だけ起こすと、自分が寝かされていたのは、暖炉の目の前に置かれたソファーだと知る。

 手首と足首に繋がれていた枷は外されて、擦れて赤くなった痕が残っていた。


「で、死にかけて、口を割る気になったか? お前はどこの国の刺客だ?」

「刺客……?」

「おれを殺したら報酬を渡すと言われたんだろう。いくらだ?」

「何も言われてません……」

「なんだと?」

「刺客じゃありません。私はただ家の玄関扉を開けて中に入っただけなんです。

 そうしたら、この場所に出て、明かりが漏れている部屋に近づいたら貴方がいて……」


 掠れた声には説得力がなかった。

 その証に、「またその話か」と男は呆れたように、白藍色の頭を掻く。


「その話はあの時も聞いた。作り話にしては無理があるぞ」

「ほ、本当なんです……! 信じて下さい……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る