第11話 奇遇ですね。僕もあなたが嫌いです。
「すみませんでした……」
ベンチに並んで腰を下ろしていた二人。あたりはすっかり暗闇に支配されている。
「練習の時間じゃ……」
「別にいいです」
関口はそうぶっきらぼうに答えた。
「すみません」
蒼は何度も謝ることしかできない。激情が覚めると気恥ずかしい気持ちしかない。自分をさらけ出してしまうなんて、思いもよらなかったからだ。
「そんな時は誰にだってあるものです」
「でも——」
言葉が続かない。黙り込んで俯いていると、ふと関口が声を上げた。
「蒼の気持ちはどうなんだろうか?」
「へ?」
「蒼はお母さんが本当に嫌いなのだろうか?」
——母さんを嫌いかどうかだって?
「そ、そんなの決まっている。おれは、おれはずっと悪いなって思っていて。それにきっと母はおれのことなんか……」
「違う。蒼が好きか嫌いかを聞いているんだ」
好きか嫌いか。そんなことは決まっている。嫌いだったら、こんなに悩むこともないのだから。
「好きに決まっているでしょ……」
消え入りそうな声でつぶやく。
「そう。よし。わかった」
関口は「うん」と頷くと、蒼を見た。
「会いに行こう」
「え?」
「だから、会いに行く。決まり」
「き、決まりってなんだよ?」
「だから会いに行くんだよ。耳悪いの? 聞こえないわけ?」
「聞こえています!」
「じゃあ、頭悪いの? 僕の話している意味わかりませんか?」
「言葉はわかります。でも、意味がわかりません」
蒼の答えに関口は真面目な顔をして考え込んだ。
「そっか。地方公務員って頭悪くてもなれるんですね」
「お、おおい! なんだよ! それ」
バツの悪い気持ちなんてどこかに飛んで行ってしまう。憎まれ口をたたかれると、つい反射的に反論してしまうのだ。
「え。本当のことを言ってみただけですよ。なにも気を悪くされる必要はありません」
「いやいや、ちょっと待ってよ。それは関口が言う事じゃないよね?」
「そうでしょうか? おれは気を遣わないでくださいという意味で言っただけです」
「だから……」
屁理屈を並べ立てる彼の話に付き合っている暇はない。蒼は大きくため息を吐いて、少しずつ星が輝きだしている宵闇を見上げた。
「あ~あ。なんか話て損した気がする」
「損得の問題ではないでしょう」
「うう、本当にうるさいね」
涙もどこかに吹き飛ぶとはこのことだ。なんだかおかしくなって笑うしかない。蒼はぷっと吹き出して笑いだした。笑われた関口は不本意そうな顔をした。
「もうやだ。あのねえ。ハッキリ言いますけど、おれ。嫌いです。関口のこと」
「ああ、そうですか? 奇遇ですね。僕もあなたが嫌いです。見ているとムカムカしてきます」
——もう、本当に可愛くない!
蒼はむっとした顔で彼を見据えるが、大して気にもしていないのだろう。
「そうだな。今週末は時間取れますけど」
「あのねえ——。勝手に話を進めないでよ」
「では、星野さんに託しましょう。今日の話は全部星野さんにお伝えして——」
「ああ~! それは、ダメ! それだけはダメ!!」
この話題をこれ以上、同僚や先輩たちに知られたくはない。蒼は両手を振って関口の言葉を遮った。
「では、どうしましょうか?」
「……本気なの?」
「本気です。無職なんでね。暇ですから。人の人生覗き見るのも一興かと思います」
「本当に悪趣味だね!」
にんまりと笑みを浮かべる関口を憎々し気に見つめ、それから二人は週末の約束を交わした。
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