070 例の少年、いよいよ玉座の間へ。




* * * * * * * * *





「爪の形!」


「牙の形!」


「くっ、それならば鱗の形ァァ!」


 魔獣様を魔王の玉座まで案内する係を決め始めてから30分ほど経っただろうか。


「これは……勝負あった! デュラハンの勝ち!」


「くそっ、俺の鱗の形を破るとは……」


 大丈夫なのかと心配になるほど自分の頭を高く放り投げ、デュラハンは両腕を上げて勝利を表した。負けたのは、人の形だが全身が岩で覆われた巨人、ゴーレム。決して弱そうには見えないが、決め手は何だったのだろうか。


 ……などという疑問や探究心はもう20分前には失せていた。今はただ、早くしてくれと願っている。


「じゃんけんじゃダメなのかな。わざわざ強い形を出して、完成度で覆して、それを後出しでもう1回変える事が出来るなんて面倒なルール要る?」


「そもそもどっちの完成度が高いのかすら分からないわ。ミノタウロス族がグレムリンに同じ形で競って負けるってどういう事よ」


「わたくし、何となくですがそれぞれの形が分かってきました」


「えっ、じゃあ……翼の形は?」


 形が分かったというチャッキーは、猫にとっては精一杯に腕を広げ、翼らしき形をとる。手首が前に曲がり、どうみても両手招き猫なのだが、チャッキーはよく出来ているつもりらしい。


「やだチャッキー、可愛いわ! その得意げな顔とのミスマッチが最高よ」


「チャッキーはどんな姿でも可愛いよ。もしかしたら魔族にも勝てちゃうかも……」


 そう言ってエインズは魔族たちが競っている方へと顔を向ける。するとそこには固まったままこちらを凝視する魔族たちの姿があった。


「あっ、すみません! ど、どうぞ続けて下さい!」


 魔族たちは、魔獣様に自分たちがいかに勇ましいかを見てもらうチャンスだと思っていた。形の完成度を見せつけ、魔族として立派だと認めて貰いたいと思っていた。


 それなのによそ見をしていたとなれば、もちろんいい気はしないだろう。


「あ、えっと……の、残りは何名ですか? そろそろ魔王様の所に行きたいわ……なんて、ね? ね?」


「う、うん! そろそろ連れて行って下さる方は決まったのかな~なんて」


 ニーナとエインズは苦笑いをしながら、チャッキーのふらふらとした二本足立ちを横目で見る。けれど魔族たちはそんな2人の事など全く見ていない。


 その視線はまっすぐに、チャッキーだけに向けられていた。


「か、完璧だ、完璧な形だ……!」


「あんなに勇ましく、獰猛どうもうなドラゴンよりも恐ろしい形、見た事がない!」


「やはり魔獣様だ、そうに違いない!」


「く~っ! 俺の翼の形は誰にも負けないと思っていたのに、ジタ様も褒めて下さった俺の形が足元にも及ばないなんて……」


 ふらふらした両手招き猫のポーズが、どうしてそんなに強そうに見えるのか、少なくとも人族2人には何も分からない。どう角度を変えても微笑ましく、健気で可愛く見える。


「ひょっとしてこれ、可愛さ選手権だったのかな」


「いや、多分……魔族にしか分からない部分があるのよ」


 ニーナはもう、分かろうが分かるまいがどうでもいいと思っていた。きっと教えられても分からない。悩むだけ馬鹿らしくなるだけだ。


 ここはチャッキーに任せた方がいいと判断し、ニーナはチャッキーに、そろそろ魔王の所へ連れて行って欲しいと頼ませた。


「あの、出来ればエインズ様のためにも、早めに魔王様にお会いしたいのですが」


「はっ、失礼いたしました! 我々ときたら、つい魔獣様の前で勇姿を見て貰おうと……おい、勝ち残った奴は集まれ!」


 魔族たちはいさかいを起こすこともなく、瞬時に勝ち残った者とそれ以外に分かれ、開かれた城門の中へと進んでいく。


「どうぞ、ご案内いたします!」


「あ、有難うございます……」


 もうチャッキーが魔獣であるという事にしていれば全てが上手くいく。そう考えたエインズとニーナは、チャッキーに魔獣のフリをするように言い、後に続いた。


 デュラハンがこの場にいるのは何となく分かる。ドワーフ族の青年も、勇ましく見えない事もない。


 しかし、手の平ほどの大きさの、蝶のような羽を持つ少女シルフ、ちゃっかり勝ち残っていたハーフリングに、グレムリン。この3名はまったくもって勝因が分からない。


「なんだか、おどろおどろしいね。見てよあの溶けかかったろうのような装飾」


「全体的に暗くて、黒くて、何とかして驚かそう、怯えさせようとしてくる感じよね」


「エインズ様、ニーナ様。これは文化の違いなのです。驚いたりしては失礼ですよ」


「そうだね、彼らにとってはこれが当たり前なんだ、もしかしたらすっごく芸術的なのかも」


 人族が抱く魔族へのイメージを再現した、などととても言えない案内係の5名が口をつぐむ。城内の天井は高く、広い空間に無数に立つ柱に灯された蝋燭の明かりしかない。左右にも広いはずなのだが、その奥行きがどれ程あるのか、暗くて良く分からない。


 そんな空間の中、真っ赤ではなく血の跡のような朱殷しゅあん色のカーペットにそって歩くと、ほどなくして正面の大きく長い階段に差し掛かる。


「この上の玉座の間にてお前たちを待っているだろう」


「魔獣様、それに人族たち。俺たちはこれより先には立ち入れないんだ。あとは皆で行ってくれ」


 ハーフリングが激励しつつも失礼の無いようにと送り出す。エインズとニーナは案内をしてくれた者たちにお辞儀をすると、長い階段をゆっくりと上り始めた。


「……城門から入って、何にもない庭を突っ切って、城内のひろーい部屋をまっすぐ歩いただけ。このために30分近く待たされたと考えるとなんか釈然としないわね」


「でも、城内に魔族の気配がいっぱいあるよ。誤解されてた俺たちだけで来てたら、やられちゃってたかも」


「それはな……い、事もないわね。本気の魔族と戦うなんて怖いわよね」


「うん、きっと一撃でやられちゃう」


「……相手が、ね」


 本日何度目か分からない苦笑いを浮かべ、ニーナはボソリと呟く。朱殷色のカーペットが綺麗に敷かれた階段を上り終えると、背丈の3,4倍程もありそうな大きな扉の前に着いた。


「すっごい、大きな扉……魔王ってすっごく大きいのかな」


「それにしては階段の1段ずつは普通だったわ」


「飛べるとか」


「え、やだちょっと、私急に怖くなってきたんだけど」

 

 魔王がどんな姿なのか、すっかり想像することも忘れていた2人は、扉の前で急に怖気づく。エインズはとりあえずノックをしなければと、チャッキーに扉を叩くようにお願いした。

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