067 お土産として例のものを。
「……お前、村の店で飲んだくれて暗がりに泊めて貰っていた……」
「お恥ずかしながらそうです。実はジタ様が連れ戻された後、あの少年たちはサイクロプスらと戦うことになりまして」
「……なんだと?」
村で飲み過ぎて帰れなくなったレイス。エインズたちが村を訪れた時にいた者だ。彼はツアーとは別の騒がしさに気づいて外に出た後、ずっとジタ達のことを見守っていた。
エインズたちのピンチを知らせようと、いち早く空を飛んで去っていったのはこのレイスだった。
「あの少年らが無事であれば良いのですが……」
「いや、まあ無事だとは思う。あいつの強さは並じゃない。俺もこの通りあいつらに洗脳されたと思われてこんな檻に閉じ込められた」
「魔王様はジタ様の事がとても心配なのですよ。しかし誤解であればきちんと説明をしなければ……」
「そうだな、暗くなってからでいい、恐らくこの城に向かっているはずだから、俺を助けに来るように伝えてくれないか」
「畏まりました」
レイスは簡単に報告を済ませ、陽が沈んでいない外ではなく、建物の壁へと消えていった。どこか暗い場所で時間を潰すのだろう。
そして半日後の夕方、エインズたちが魔王城のすぐ目の前まで訪れる事になる。
* * * * * * * * *
「ここが魔王城だ」
「へえ……立派というか、不気味ですね」
「どうしてこう、不気味さをこれでもかというくらい出そうとするのかしら。尖った塔の屋根、全体的に黒いようで紫のような壁、手入れが行き届いていない枯れた庭の草木……」
「俺たちが伝え聞いている魔族のイメージに合わせているかのようだね」
魔王城の壊れかけのような重い扉の前で、エインズたちは魔族に案内され佇んでいた。
「俺たちは一応おまえらと魔獣さんの討伐に向かった身、流石に案内して入る訳にはいかねえ」
「えっ、どうしよう! 俺達だけで中に入るの!?」
鉄の錆びた大きな扉の両脇には、石像(ガーゴイル)が飾られている。門番らしき者は見当たらないため、城へは勝手に入るしかない。
「じゃあ、あんたらしっかり魔王様と話し合って、魔獣さんがいれば大丈夫ですよ」
「あ、はい、有難うございます……」
「じゃあ俺たちはここで。お前らみたいな人族なら、魔獣さんがいない時でも歓迎するよ」
城の中で何が話されているのかなど全く知らない魔族は、やはり全く知らないエインズたちに別れを告げて町の中へと消えていく。
中には文字通り本当に消えてしまった者もいるが、皆家に帰ったのだろう。
「ねえ、俺思ったんだけどさ」
「何? ここに来て今さら何か変な作戦思いついていないでしょうね」
「いや、むしろ今が変だよ。だって、もう夜なんだよ?」
「それがどうかしたの?」
エインズは困ったように眉尻を下げ、魔王城の一番高い窓を見上げる。
「だって、夜に他所の家を訪ねるなんて……不躾じゃないかな」
「エインズから不躾って言葉が出るならよっぽどね。でも確かにちょっと……失礼かも」
「それにさ、何のお土産もなしに、ごめんくださいって入っていくのもどうかなって」
「魔王は私たちに軍を差し向けたのよ? それでこっちは土産を持参って低く構え過ぎじゃないかしら」
確かに人族の中では、夜に見知らぬ他人の家を訪問する事は歓迎されない。エインズにしてはとても気が利いた発言だ。それに手土産を持って行くというのも好感度アップにつながる。
が、そんな良案を自分で崩してしまうのがエインズ流だ。チャッキーも加わればそれはだいぶひん曲がってしまう。
「ニーナ様。たとえ敵対しているとしても、敵に塩を送るという言葉もございます。相手への厚意は時として良い結果を生みますよ」
チャッキーはエインズの意見に賛成し、この町で魔王に献上するものを探そうと提案した。が、飼い主はそこで脱線してしまうからいけない。
「ねえ、もし魔王が高血圧だったら、塩をあげた時追い打ちとか挑発って思われないかな」
「そう……ですね。では魔王様だけではなく、皆様でお召し上がりくださいと一筆添えられては如何ですか? そうすれば魔王様の顔も立ちますよ。ニーナ様は字がお上手ですし」
「でも、家ってだいたいみんな同じ食事をしてるんだよ。みんな高血圧だったら? 宣戦布告になっちゃうよ」
「なるほど、そこまで深く考えてはおりませんでした。流石エインズ様、とても慎重で心優しい。塩は贈り物としては相応しくないかもしれません」
「馬鹿な事言ってないでお土産考えるわよ。塩を送るって、敵に情けをかける、敵を救うみたいな感じの言葉なの。塩をあげなくてもいいの」
途中まではとてもいいアイデアだと思っていたのに、後半で案の定崩れてしまったプレゼント作戦。ニーナはとめどない会話を遮って、どこか店で買い物をしようと提案した。
「ねえ、魔王の好きなものって何かな」
「宝石とか、大好物とか……でも、私たちが買える程度の宝石や貴金属なんて、魔王からすればゴミみたいなものだと思うの。だから食べ物がいいんじゃないかしら」
「ジタ様はバターサンドがお好きでしたね。それにトカゲの黒焼きが食べたいとも仰っておりました」
「トカゲは……私苦手だなぁ」
「モリオオトカゲが絶品って言ってたよ、探しに行ってみる?」
「い、いい! 別のにしましょ!」
爬虫類があまり得意ではないのか、ニーナはバターサンドなどのお菓子を選ぶ方に1票を投じる。エインズも日持ちしないから生ものはやめておこうかと妙な納得を示し、お菓子屋を探すことにした。
魔王がジタのご機嫌取りのため、大好物をありったけ用意している事など、まさか2人と1匹は知る由もない。
「魔王が駄目でも、ジタさんが大好物だったら嫌な顔はされないと思うの」
「そうだね。じゃあバターサンドにしよう」
「エインズ様、ニーナ様。あのお店はお菓子を置いておりますよ」
チャッキーがエインズの頬を肉球で優しくたたき、右へと顔を向けさせる。そこにはお世辞にもファンシーとは言い難い、蔦が張って紫色の光が漏れる、禍々しいオブジェを飾ったお菓子屋があった。
「す、すみません、あの……」
「はい、いらっしゃ……じ、人族!?」
中から現れたのは老婆。ヘルという種族で、身体の半分は人族同様の肌の色、残る半分は青黒く腐敗している。
どうにもあまりお菓子屋にいてはいけない部類の魔族に見えるが、ショーケースの中は売り切れの文字が多く並ぶ。人気店らしい。
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