第26話 実益兼ねた趣味

 第二夫人の子とはいえ領地もある名家のお貴族様が何でバイト。

「いや、別に重い話とかねーよ? 実益兼ねた趣味だし」

「……は?」

 実益兼ねた、趣味?

「丁度良いか。ミウ、好きな料理何だ?」

「へ? あたしの好きな料理、ですか?」

「そ。何が好き?」

「ええ。そんな急に……えっと、うーん」

 基本的に甘いものが好きだが、それはお菓子の部類。スイーツである。

「…………クリームシチューとか」

「ん。りょーかい」

 そんな短いやり取りをして、シェルディナードが席を立つ。

「シェルディナード先輩?」

「今日は夕食とって帰るって、家に連絡入れとけよ?」

 シェルディナードは一言そう残してスタスタと厨房の方へと行ってしまう。

「夕食って……」

 とりあえず言われた通り、ミウは生徒手帳と同じく黒曜石で出来た板状の端末、ミラーリを取り出す。メッセージの送信と通話、調べものなどその用途は多岐に渡る。

 まだ夕食の仕度が始まるには早い時間だったこともあり、すぐに了解と返事が返ってきた。

「さっきはゴメンな」

 ザッツと呼ばれた獣耳の青年がミウの前に水の入ったグラスを置く。

「あ、いえ。……大丈夫です」

 つい声を上げてしまったが、慣れていると言えば慣れている事だ。

 しかしお冷やを出した後、ザッツはじーっとミウを見つめている。

「ええ、と。何か……?」

「いや、シェルディナードとは部活か何かの? つーかアイツって部活とかやってんの?」

「いえ、そういうのじゃないんですけど……。あと部活は多分やってないかと」

 完全に珍しいものを見る目。視線が痛い。

「そうなんだ?」

「ザッツさん、でしたっけ。シェルディナード先輩は……」

「ああ。アイツなら厨房でまかない作ってる。へへ。今日シフト入っててラッキーだった」

「はあ……」

「そんな掛からないと思うから、ゆっくり待っててよ。この席なら混んでもそこまで騒がしくならないと思うから」

 ごゆっくりー。なんて軽い調子でザッツがバーカウンターの中へ帰っていく。

 窓の外の大通りとそこを歩く人達の姿が見える。夕方の営業が始まる合図のように、各テーブルに置かれた結晶灯ランプが灯った。

 厨房の方からは、料理の良い匂いが漂ってきて鼻をくすぐっていく。

「シェルディナード先輩って、料理できるんだ……」

 お昼に凄い量を食べるのは知っているけど、自分でも料理できるのは少し意外に感じた。だって普通、貴族のお坊っちゃんが自分で料理できるとは思わない。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「ミウ。お待たせ」

「シェルディナード先輩」

 そんな事を考えているうちに、シェルディナードが出来上がった料理を運んでくる。

 赤と白のチェック柄の布巾を敷いたバスケットには焼き立てのパン。葉もの野菜とこんがり焼いたクルトンとチーズにドレッシングがかかったサラダに、温かな湯気が食欲を誘うクリームシチュー。

 良い匂いと見るからに美味しそうな見た目に、思わず喉が鳴る。

 お手拭きや食器カトラリーの準備も万端で、あとは食べるだけとなれば他に何もいらないだろう。

「いただきます」

「どーぞ」

 スプーンですくったシチューを一口食べて、ミウは目を瞬いた。もぐもぐと少し口を動かし、ゴクンと飲み込むと、後は何も言わずに食べ続ける。

 何も言わないのだが、その顔は満面の笑み。明らかに夢中になって食べているのが見てわかる。


 ――――ニンジン甘い……けど、塩気もあってすごい絶妙なバランス……!


 玉ねぎやニンジンの甘さと、柔らかい鶏肉などの塩気。コーンやブロッコリーなども柔らかくホロホロで、ジャガイモと一緒に口のなかでとろける。野菜や肉の旨味が優しくミルクに包まれて調和しているのだ。

「美味いか?」

 そんなミウの様子を見ていたシェルディナードが面白そうな顔でそう聞くと、ミウはコクコクコクと何度も首を縦に振った。

「そっか。そんだけ喜んでくれんなら、作った甲斐かいあるな」

「お、美味しいです」

 えへへ、と実に幸せそうなミウに、シェルディナードもクスッと笑ってパンを千切って口に運ぶ。

 餌付けされている感が無きにしもあらずだが、美味しいのだから仕方ない。美味しいは正義だ。

 しかし。

「そういや、ミウいつも弁当だよな。自分で作ってんの?」

「それもありますけど、大体は母が作ってくれた前日の夕食の残りとか、作りおきを適当に詰めてます」

「ふーん。じゃ、今度。俺にも作ってくんね?」

「…………は?」

 なに言ってんのこの先輩。そんな感じでミウの動きが止まる。


 ――――これ食べた後に残り物詰めたお弁当なんて渡せるわけないじゃないですかっ!!


「シェルディナード先輩……あたしを潰す気ですか。明らかに料理の腕に差がありすぎるんですけど!?」

 ことごとく心を折る計画でも立ててます!? とミウが恨みがましい視線を向けた。

「いや別にそんな気ねーけど。いいじゃん。俺だって彼女ミウの手作り弁当食いたい」

「せめてこの料理食べさせる前に言って下さいぃぃぃぃぃぃー!!」

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