第24話 心臓が、止まるかと思った

 ――――間に合ったよね!?


 ミウはシェルディナードの上に馬乗りのまま、一番気掛かりな頭を確認すべく目出し帽をひっぺがす。

 黒い目出し帽の下から現れる白、褐色、赤に一瞬身体が固まりかけるが、それが瞳の色だと認識すれば無意識に安堵の息を吐く。

 ペタペタと頭、意外と柔らかい白い髪に触れ、自身の手が血に染まらない事を確認して、ようやく深い息を吐いてへなへなと崩れるように伏せる。

「よ、良かった~……」

 心臓が、止まるかと思った。息は一瞬本当に止まってた。


 ――――シェルディナード先輩、生きてる。


 安心したらどっと力が抜けて、ミウは溶けたチーズのように身動きできずにいた。

 が。

「ミウ」

「……何ですかぁ、シェルディナード先輩」

「ミウ」

「だから」

 何ですか、と言い掛けてはたとミウは自分の伏している地面(?)を見る。

 あれ? 何でこの地面、フクキテルンダロウ……。

「…………」

 服を着た地面(温かい)を見て、錆びたブリキ人形の方がまだ滑らかに動くんじゃないかと思える動きで、顔を上げる。

 地面から、首が生えていた。

 その首……シェルディナードの顔が、ニヤリと何か企んでるとしか思えない笑みを浮かべているのを視界に入れた瞬間、ミウはサラに遭遇した時以上の悲鳴を上げる。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「すっげー積極的じゃん? ミウ」

 明らかに捕らえた獲物をどう料理しようかウキウキしている時の顔と雰囲気。ミウはそう思った。

「ひっ」

 さっきとは別の意味で心臓が止まりそうである。

 血よりも赤い瞳が、ミウを見て。

「しぇ、シェルディナード先輩?」

 とろりと甘くとろけるような色。すいっと上がったシェルディナードの片手の甲が、ミウの左頬を、輪郭りんかくを確かめるようにそっと撫でる。

 滑るその手、指先が頬にかかった髪を軽く指に絡め、おとがいまで落ち……という所でミウの思考が停止。

 冷凍もかくやの硬直を見せる。

 世に言う目を開けたまま気絶している状態だ。

「シェルディナード、何かあった…………おい」

「よ。ケル。どうしたー?」

「君、公衆の面前で何をしている!?」

 少しだけ身体を起こし、やってきたケル達に手を振ったシェルディナードに、ケルがそう叫んだ。

「何って……」

 クスッと笑い、片手の人指し指をヒミツとでも言うように唇の前に立てる。

「イイコト?」

「何にもしてませんよね!? いかがわしい言い方やめて下さい! セクハラ先輩!!」

「お。もう復活。早い早い」

 ケラケラと軽くシェルディナードが笑えば、先程までの妖しい雰囲気は跡形もなく霧散した。

 未だバクバクと音を立てる心臓を押さえつつ、ミウはよろよろと立ち上がるとエイミー達の方へと駆け出す。

「うわぁぁぁぁぁん! エイミーちゃん、アルデラちゃあん!!」

 しかし。

「状況、説明が、先」

「ひぎゃ!?」

 駆け出そうとした矢先、がっしりサラに片手で頭を掴まれる。

 その藍色の瞳が有無を言わせないもので、ミウはトラウマに震えつつ木からシェルディナードへ飛んだ経緯を説明した。

「光の、矢」

「はい。多分術式だと思うので……」

 恐らく矢自体の回収は不可能だろう。

 サラの瞳が静かに、暗く染まる。

「さ、サラ先輩?」


 ――――もお、やだこの先輩ぃぃぃぃぃぃー!!


 思わずミウが後退り、そんなミウを背後から抱き締めつつシェルディナードがサラに向かって片手をひらひらさせた。

「サラ。おーい」

「……ルーちゃん」

「ん?」

「どこも、怪我ケガ、ない?」

「ミウのおかげでな」

「ひぎゃ!? ちょ、離れて下さいー!!」

 頬ずりしそうなシェルディナードの顔を拒否一択で全力で押し返すミウを、サラはじっと見つめる。

「ひうっ」

 ヘビに睨まれたカエル再び。固まったミウに、サラが手を伸ばす。

「…………上、出来」

「……………………あ、あは。はは」

 ぽすぽすと頭を撫でるサラに、ミウは引きつった笑いを浮かべる。

「シェルディナード、エイミー以外に指定してきた者はいなかったのだろう?」

「そ。まぁ、平気平気。大体の検討はついてっから」

 笑うシェルディナードにサラがやや不満げな顔を向けるも、それ以上は言う気がないらしく、その代わりのようにミウの頭を撫で続ける。

「あ、あの。サラ先輩? ちょっと髪ぐちゃぐちゃになるんでやめて……」

 途端にピタリとサラの手が止まった。


 ――――ひぃ!? 何! 今度は何!?


 サラの瞳が信じられないものを見るものに。


 ――――あ。何かデジャヴ……。


「ねえ、何で、この短さで、……枝毛になってるの?」

「え。枝毛ですか?」

「…………」

「ひぇ」

 物凄くサラの眼が冷たい。

「髪、ちゃんと、乾かしてるよね?」

「そ、そりゃ」

「完全に乾かない、生乾きとか、間違っても、してない、よね?」

「…………えーと、その」

 乾かしているが、早く寝なきゃと焦っている時はまだちょっと乾いてない所もあるかなーという場合も、往々にしてあるわけで。

「……流さない、トリートメントは?」

「あー……それ、は」

 やってません。なんて口が裂けても言えそうに無いけどサラの顔を直視できない時点でバレているだろう。

「…………」

「あの、サラ先輩……?」

「…………ルーちゃん」

 ゆっくりとサラがシェルディナードを見る。

「ん?」

「コレ、本当にどうにかしなきゃダメ?」

「手の施しようが無いみたいに言わないで下さいぃぃぃぃぃぃー!!」

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