第10話 怖いものは怖いんですよ!

「何って。人間?」

 親友の当然の言葉に、親友の『彼女』となっている少女が悲痛な声を上げた。

 おかしい。だって最初から言ってたのに。『人狩ひとかり行こう』って。

 外敵から領地と領民を守るのは基本的な貴族の役目だ。

 人間の排除……とついでに時々保護はわりと頻繁ひんぱんにある事。他の動物がやってくる事もあるのだが、人間がやってくる可能性が断トツで高いのだから仕方ない。

 しかも、なまじ話が通じることや知恵があるのが質悪たちわるく、放っておくと面倒な事になる確率も断トツである。

「サラ」

「なぁに。ルーちゃん」

「ミウよろしく。ちょっと俺、その辺見てくるわ」

「わかった」

 え。なんて声が『彼女ミウ』から上がるが、シェルディナードはスタスタと行ってしまう。

「…………」

 後に残されたサラとミウの間に沈黙が落ちる。

 サラはシェルディナードの行った方向からミウへと視線を移動させた。

 先程会った友人らしき人物はシェルディナードと共に居なくなっており、加えて昨日の事を気にしているのか、「大丈夫?」と言いたくなるくらいミウの視線は落ち着きなくうろうろさ迷っている。

「あ、の、サラ先輩……」

「なに」

「えっと……」

「…………」

 サラはいつもと同じ自分の声に、わずかに口角を下げた。

『ルーちゃん……怒ってる?』

『いんや。何で?』

『怒らせた、から』

 思ったことを、思ったまま口にするのはいつもの事。

 そう。親友シェルディナードとサラの間では、いつもの事なのだ。

『何で、あんなに……』

 正直、わからない。間違ったことは言ってないはずなのに。

 サラの言葉と、戸惑うような藍色の瞳にシェルディナードがクスリと笑う。

『まあ、そこがサラの良いところでもあるけどな』

 軽く頭を撫でてくるシェルディナードの手に、サラは何となくそれでも自分の方に非があったのだろうと思う。良くわからないのは変わらないが、これはなぐさめている時の彼の撫で方だ。

 謝ろうと、思った。けど、出来なくて。

 だって本当に、わからない。

 わからないのに謝るのは、おかしいから。

 でも、何とも思っていないわけじゃなくて。

 自身の声が、言葉が、傷つけるなら、気をつけようと……。

「サラ先輩……?」

 沈んでいた視線と意識が現在に引き戻される。

「どこか体調とか、悪かったり……」

「してない」

「で、ですよね」

 また間違えた。どうして上手くいかないんだろう。

 声を掛けてきた相手がすごすごと下がるのを見て、サラは少しだけ面白くないといった様子で見つめていた。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 ――――気まずい……。


 ミウはサラと二人で残され、絶賛どうしようの真っ只中にいた。

 エイミーとシェルディナードは行ってしまうし、サラは相変わらず何を考えてるかわからないし、で。


 ――――うぅ。しかもサラ先輩、何かちょっと機嫌悪そう……。


 話し掛けても声に抑揚よくようが無いし(いつもかも知れないが)。

 口許も面白くなさそうにムスッとして見える。

 やはり、昨日の事で気分を害したのだろう。


 ――――うぁぁ、でも、黙ってるのも気まずいよぉぉぉ!


 何か! 何か会話の糸口! と内心焦るミウの耳に、何かが崩れる音が聴こえ。

「ふぎゃああ!?」

 思わず、建物の影に頭を抱えてしゃがみ込む。

「……何、してるの」

「あ。う」

 そんなミウを、サラが不思議そうに見下ろしていて。

「す、すみません。何でもないデス……」

 びびりな自分が恥ずかしい。

 雷に怯える子供じゃあるまいし、と。ミウは顔を赤くする。

「…………さっきの音が、怖かったの?」

 ポツリとサラが呟くように問うのが聴こえた。

 やっちまったと思いつつ、やったものは仕方ない。

「はい……」

「どうして?」

「どうしてと言われましても……」

 自分が弱っちいのは重々承知。自覚もある。

 こんな第一階層なんて半戦場に放り出され、自分よりも強い何かに遭遇したら秒で死んでもおかしくない。

「あたしは、サラ先輩達と違って弱いので……。何かあったら、すぐ死んじゃいます。あたし、まだ死にたくないです」


 ――――呆れられても何でも、怖いものは怖いんですよ!


 じっと見てくるサラの藍色の瞳を見返して、ミウはそう答えた。

「…………オレが、居るのに?」

「あ。サラ先輩の方が確かに怖いですけど」

「…………」

「!」

 つい、本音がポロっと。


 ――――あたしのバカぁぁぁぁぁぁぁ!!


 さっきの音とサラを無意識に比べ、音より確かに怖いものがあるな、なんて思ったのがそのまま出た。

 終わった。死ぬ。

 サラが感情の見えない顔で静かに近づいてくる。

「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃっ!」

 ザシュッ! なんて何が切り裂かれる音と鉄臭い臭いに、ミウは自身の死を認識……

「あれ?」

「何、してるの?」

 どこも痛くない。でも確かにサラが何処からともなく取り出したナイフを手に、腕を振り上げたのを見た。あれが自分を引き裂いたのだと思ったのだが。

「……ひやぁあ!?」

 遅れて響いた何かが落ちる音二つ。一つはそれなりに重いものがドサリと倒れるようなもの。もう一つは、ミウの足元に転がった首からすっぱり切断された、『人間の頭部』だ。

「いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 瞬間的に飛び退いたミウは、反射的にサラの傍によろうとして、サラが真っ赤に濡れたナイフを手に首を傾げているのを見てしまい。

「――――っ!!!!!!」

「え? ちょっと……」

 待って。なんて声が聴こえたのだがもうそれどころじゃない。

 無理。

 ミウがまさに追い詰められたウサギとなって、脱兎の勢いで走り出す。


 ――――無理無理無理無理ーっ!! あの先輩怖すぎるぅぅぅぅぅぅう!!!!


 めちゃくちゃな勢いで駆け抜け、勢い余って顔からコケるお約束まで見事に決めた時には、もうサラの姿も見えなくなっていたのだが。

「いったぁ!! うぅっ…………あれ?」

 鼻の頭と膝を擦り剥き、派手にダイブを決めたせいで服も泥まみれ。しかし、だ。

 それよりも切実な問題が、目の前にあった。

「ここ、どこ?」

 泥にまみれた廃墟の町。見知らぬ町は迷路のようなものだ。しかもどうやってどちらから来たかもわからない。

 ミウの顔から潮のように血の気が引いていく。

 静か。まるで何かが息を潜めてこちらの様子をうかがっているかのように。

「っ!」

 ゾワリと肌が粟立あわだった。

 つい今しがた自分でも自覚して言ったことだ。第一階層に放り出されたら、秒で死んでもおかしくない。ミウは弱い。

 逃げないと。

 そう思うのに、足がすくんで動けない。そもそもどこに行けば良いのかもわからない。

 心細い。怖い。そんな感情がどこからか競り上がって、鼻の奥がツンとする。涙で瞳が潤む気配を自分でも感じて。

 そして物音がした。そちらに目を向けると、一人の男が眼を血走らせて崩れた壁から覗いている。

「ひっ」

 来ないで欲しい。こんな時にそんな願いは叶わないのに、そう願った。

 男の手には、ボロボロにびて刃こぼれした草刈り鎌がしっかりと握られていて。

「っ! ぁ、や」

 男が走り、ミウがぎゅっと目を閉じる。


「で。何やってんの。ミウ」


 よいしょ、なんて掛け声と共にミウの身体がふわりと浮いて、何かが蹴り飛ばされるような音がした。

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