第4話 夢なら覚めて
この螺旋世界に王はいない。
王はいないが、身分は存在する。
そして身分には上下が存在する以上、それは同じ身分内でも同じ事。
上位貴族の中でも『十貴族』と呼ばれる十の家は貴族達の最高位と同じくらいの意味を持つ。その長男長女ともなれば、皇太子と同じようなものだ。
その中でも、『
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
「で? どーしてこうなってんだ?」
「わかんない……。丁寧に、言ったんだけど……」
山盛りの料理を載せたトレイを持つシェルディナードと大人しくそれを待っていたサラは、真っ白になって触れれば砂みたいに崩れそうなミウを見て互いに顔を見合せた。
「ふーん。……ちなみになんて言ったん?」
「んとね……」
かくかくしかじか。説明するサラに、トレイをテーブルに置いたシェルディナードが一つ頷いた。
――――…………。
「ああ……。そりゃ、こうなるわ」
サラがしゅんとして
「ごめんね。ルーちゃん」
気にすんな、とシェルディナードがサラの頭を軽く撫でる。
いや、気にして欲しいんですが。
灰になりかけていたミウはどうにかタマシイを身体に戻し、二人のやり取りを半眼で見つめていた。
――――だめ。ムリ。この先輩達といたら死ぬ。
これから毎日、命の危機を感じての学園生活とかなんの拷問。そんなもの受けるような事をした覚えなんてさらさらない。……と思う。
しかし冗談じゃなく何とかしないとヤバい。
ミウは生存本能に固く誓った。絶対逃げてやる、と。
「お。元に戻ったみたいだな」
目ざとく様子を察知したシェルディナードが、ミウを見て笑みを浮かべる。
とりあえず今この場からの脱出は無理そうだ。
どうすればこの先輩達から逃げられるのか。
――――『彼女』だからつきまとわられているんだから、彼女じゃなくなれば良いんだよね。
しかし、だ。
――――うぅ……。あれ罰ゲームで好きじゃありません、て……。
チラとサラを見る。人形めいた顔を見ていると、先ほどの恐怖感がざわざわと再度頭をもたげてくるのだ。心なしか肌もチリチリする気がする!
――――こ、殺される! 粗末ってか馬鹿にしてると思われて、あたしが殺されるぅぅぅぅぅう!!
罰ゲームで告白したとか、相手を馬鹿にするにも程がある。
何となくシェルディナードはそれについては許しそうな気がするが、本人が許してもこの
――――……でも。そうだよね、まず謝るのが先かも…………。
殺される云々は別として、シェルディナードは『罰ゲームで』告白『された』のだ。ミウがフラれるの
殺されたくはない。けど、相手にそんな事をしておいて謝らないのは何か違うと、ミウは思うのだ。たとえミウの意思でしたことではなくても。
「あの、シェルディナード先輩」
「ん?」
「じ、実は……って何ですかこの量!?」
意を決して謝ろうとしたものの、真っ直ぐにシェルディナードを見られずさ迷わせた視界。そこに、灰になって先ほどまでは認識出来ていなかったテーブルの上が飛び込んできて、ミウは思わず声を上げた。
五、六人前のランチが並んでいる。
「昼飯だけど?」
「……シェルディナード先輩とサラ先輩って大食いなんですね」
「これ、俺の」
「は?」
「サラのは、これ」
そう言って示すのは、アイスクリームなんかを盛るガラスの小さな容器に入ったミニサラダっぽいもの。いや、足りないですよね?
一応女子の部類に入るミウもこれで一日保つのは無理な量。
「ルーちゃん。これ、多い」
「いや、これくらいは食えって」
多いと言っているサラと大量を平然と一人で食べると言っているシェルディナード。
――――いやいやいや、極端過ぎない!?
「ミウ、食わないと昼休み無くなるぜ?」
「あ……」
シェルディナードの声に慌ててミウは持ってきたお弁当を取り出す。謝罪の機会を逃し、がっくり項垂れながらも急いでお弁当を食べる。
――――帰りも強制的に一緒に帰るし、その時に……。
万一シェルディナードの怒りが激しくて殺されたらその時が自分の
となるとこれが最期の食事になる。
ミウはいつもよりもお弁当の美味しさを噛み締めていた。
「おや? シェルディナードに、サラフォレット
「よお。ケル」
滑るような足取りに、全体的にひらひらとした
だってどうみても貴族なのだ。シェルディナードに気安く声をかけ、何やら
――――類友類友類友……。なら、あたしは違うからドロップアウトしていいよね!? 夢ならもういい加減さめてぇぇぇぇっ!!
「ふむ。そちらが噂の
「噂ってなんですか!?」
つい過剰反応気味に声を上げたミウに、ケルと呼ばれた少年が不思議そうに首を傾ける。
「何とは……? 君がシェルディナードに告白した淑女なのだろう。昨日から学園中で飛び交っているぞ」
「うそぉぉぉぉ!? な、なんでっ」
確かに校門には人がいたが、何でそんなのが学園中に広まるのか。いくらなんでも早すぎだし範囲が大きすぎる。
ミウの驚きようにケルと呼ばれた少年は
「何故って……シェルディナードに告白したのだ。当然だろう」
「そ、そりゃ、シェルディナード先輩は貴族であたし庶民ですけどっ、なんでっ」
「待った。何か君と私で認識にズレがありそうに感じる。君はシェルディナードについてどこまで知っている?」
「へ? ……え、と。お貴族様の三男さんですよね?」
「他には」
「ほ、か?」
ミウのポカンとした表情に、ケルは片手で額を押さえ、チラリとシェルディナードを見た。
「シェルディナード。君……」
「はは。別に何も間違ってねぇだろ?」
「間違ってはいないが、大事な部分がことごとく抜けているではないか」
「いいじゃん。困ることなんてないって」
「君が困らなくても彼女が困るだろう」
――――なに!? ちょ、何が起こってるの!?
シェルディナードが説明する気がないこと、そしてサラには期待すらしていないのか、ケルは溜め息をつくと口を開く。
「落ち着いて聴いて欲しいのだが」
その言葉時点で聞きたくないというか、取り乱したい。出来ないけど。そんな思いが心を過る。
「…………」
「君の認識は間違いではないが、重要な部分が抜けている。シェルディナードと付き合うならば知っておいた方が良い」
いや、付き合いたくないから聴かなくても? と思うものの以下略だし、聴かないのも恐ろしい。
「まず、シアンレードはわかるか?」
「あ、はい。十貴族の一つですよね」
貴族と呼ばれる身分の家を十の家がそれぞれ束ねている。それが十貴族。
「そう。ちなみにシェルディナードは『そこの』三男だ」
「………………」
「次に、『
「ま、ま、待って下さい! 違いますよね!? シェルディナード先輩が黒陽とか言いませんよね!?」
「それはない」
「よ、よか」
「今代の黒陽はそこのサラフォレット殿だ」
「へぇ……………………っ!?」
ギギギ……と音がしそうな様子で、血の気の引いたミウの顔が、シェルディナードの肩にもたれて健やかに眠るサラの方を向く。
「シェルディナードは、『十貴族の令息』で、今代『黒陽』の友人だ。これで噂が飛び交う理由はわかったと思うのだが」
充分すぎるくらいわかりすぎて、ミウは今度こそ意識を失いそうになった。
サラは微睡みながらミウとケル達の話を聴いていた。
そして思う。
十貴族も黒陽もどうでも良いことなのに、と。
魔族の中でも
ただそれだけだし、親友であるシェルディナードについても貴族であろうとなかろうと、親友は親友だ。
そんな事に何でこの二人はこだわっているだろう?
そう思うも、やがてその疑問すら考えるのが面倒になって思考を
もたれかかった先の
親友が楽しいのなら、サラはそれで充分なのだ。
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