第122話 小夜の趣味、良弦の趣味

 程なく小夜が姿を現したかと思うと、別の部屋へと消えた。次に襖を開けて出て来た時には両手で座布団を持っていた。


「これ使って」


 身を避けた零央は置かれた座布団の上に座り直した。布地に光沢があり、和風の模様を大きく描いた上質な品だ。間違いなく来客用だった。


「こんなに気を遣っていただかなくてもいいんですが…」


「いやいや。一応、お客様だから」


 小夜は丸みの残った座卓の角を廻ると予め敷いてあった座布団の上に座った。淡いピンクのフリースの襟元が開いており、下に重ねて着ているチェックのシャツが見える。ボトムはデニムのままで変わりなく、ジャケットを脱いだだけのように思われた。


「へへえ」


 顎を両手で支えた小夜がにやけた笑い方をした。


「? どうかしましたか?」


「そこ、じっちゃんが座ってた場所なんだ。何か、ひさしぶり」


 小夜が嬉しそうなので、つられて零央も笑んだ。しばらく二人はそうしていた。


「あ!」


 唐突に小夜が声を上げた。 


「忘れてた! ぶっ叩かれたとこ治さなきゃ!」


 慌てて立ち上がろうとする小夜を零央は押し止めた。


「もう大丈夫ですから」


「でも―」


「いいんです。ほら。もうそんなにおかしくないでしょ?」


 首を捻り、指で左の頬を示しながら小夜に向けた。殴られた場所の様子は分からないままだ。しかし、違和感しか残っていないため、おそらく大したことにはなっていないと思っていた。


「…うん。まあ…」


 答えは推測を裏づけていた。


「なら、いいじゃないですか」


 明るく言う零央に従い、緩慢な動作で小夜が腰を下ろす。不服そうに見えたので、零央は話題を変える目的で家の印象に触れた。


「家の外観は古めかしいのに、中は驚くほど整っていますね」


「それ、じっちゃんの趣味」


 一転、小夜の表情が緩む。


「中がきれいなのはさ、買ってからじっちゃんが直したから。―あ、もちろん、人に頼んだんだけどね―で、外はきれいにしても仕方ないんだ、って言ってたよ。住む分には関係ないし、せいぜい金があると思われて変なのが寄って来るぐらいだ、って。そういう人だった」


 良弦のことを話す小夜はずっと苦笑の表情だった。困った人だったと思っているようでもあり、懐かしんでいるようにも零央には見えた。


「がらんとしてるのはあたしの趣味だけどね」


「確かにあまり物がないですね」


 零央は部屋の内部を見回した。装飾品の類は一切無く、箪笥の上に載っている棚にも物がほとんど無い。シンプルさが共通点だとしても、こちらも零央の家とは対照的な印象があった。


「だろ? あたしはごちゃごちゃしてるのが苦手でね。女の子っぽい小物とかにもあんま興味ないしさ」


「りょうげんさんは違ったんですか?」


「んー。五十歩百歩かな。あたしほどじゃなかったね」


 やはり小夜は祖父である良弦の血を引いているのだと零央は思った。似通った部分を感じる。どういう方だったのだろう。興味は募るばかりだった。

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