第11話 盲点
「ホント、あんた、センスねえなあ」
露骨でぞんざいな指摘に零央は気分を損ねた。反論を試みた。
「どうして、そう言い切れるんですか?」
「損してるからさ」
「一時的なものかもしれないじゃないですか」
「何言ってんだい。損してるってこと自体、センスのない証拠なんだよ。センスがあるのに損するなんてことはないの。自覚しな」
「でも、損失が出たのは思いがけない下落があったからで…」
「そういったもんも含めて、株なの。思いがけないことがあろうがなかろうが、対処してみせるのが投資家だよ。できなきゃ損するだけさ」
口の端を歪めて小夜が笑う。
「まあ、いいや。その辺はこれから、あたしが叩き直してやるよ」
小夜が返して寄越したノートを受け取ると零央は積み重なった資料に戻した。すると、小夜が思い出したように言った。
「あ、それと、それやめて」
「?」
「取引を書いとくのはいいけど、ノートはダメ。せめてルーズリーフにして」
「どうしてですか?」
「書く場所がなくなっちゃうから。あんたがあたしの説明を理解したら、そうなる。ま、詳しくは後で」
不得要領な返事を零央はした。
「ひとまず受け入れてもらったとこでそもそもの話からしとくと、短期間で株で儲けようとすること自体間違ってんだよね」
「そうでしょうか?」
静かに小夜が頷いた。
「そうした発想自体が既に強欲なのさ。そして、強欲な人間は市場に嫌われる」
「嫌われるとどうなります?」
「損する」
「ぼくは今回嫌われた、ってことですか?」
「そうだね」
小夜は面白がっているようだった。
「株ってのは、一般の人間が思ってるほど―マスコミも含めてだよ―簡単なもんじゃないんだよ。もっと地道で、それこそ亀の歩みのように一つ一つ積み重ねていくもんなんだ。売買のための準備とかも含めて言うとね」
「だけど、何かの拍子に急騰したりすることもありますよね?」
「そうだね。確かにそういう時もあるよ。だから、余計勘違いするんだ。だけど、そういう時もあるっていうだけで、いつだってそうなるわけじゃない。そのぐらいは分かるだろ?」
一つ零央は頷いた。
「だからさ、その特殊な、っていうか、一部の状況だけを見て全てそうだと思っちゃいけないんだ。思うと火傷する」
「それでも、資金を増やさないといけないんですよ」
また一つ小夜が小さく息を吐いた。
「株ってのは、そんなに都合良く動いたりしないんだよ。それを理解するところからだね、あんたの場合」
気落ちした返事をすると零央は指を組み合わせた手を脚の上に置き、顔を俯けた。小夜が苦笑した。
「期間が終わった時、残高が一番多い人間が勝ち、って決まりなんだろ?」
「はい」
「なら、あたしだったら、何もしないで他の二人が自滅するのを待つね」
「それは…」
「何? 必ず投資しないといけない決まりでもあんの?」
「いいえ。でも、投資の競争なのに何もしないというのは変じゃないですか? 能力も判別できませんし」
「んなことないよ。投資っていうと、みんな増やすことばかり考えるけどさ、まず損しないのが大事じゃん? それに何か言われたら、『適切な投資先がありませんでした』って言えばいいしさ。十分能力の証明になってるよ」
口を開けて零央は小夜の顔を見つめた。目から鱗が落ちる思いがしていた。
確かに小夜の言う通りかもしれなかった。投資の成果を競うのだから、何かしないといけないと頭から思い込んでいた。その時点で、投資をしないという選択を自ら放棄していたのだ。盲点だった。
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