1話 町へ

 はじめてその夢を見たのはいつ頃からだろう。


 見た事の無い部屋にいる。


 どこかの風景をそのまま切り取ったかのような小さな絵がある。


 それを筆のような物で、大きな白い物に書き写している。


 小さな絵を白黒にして、そのまま大きくしたような絵が出来る。




 書いている絵は違うが、何度も似た夢を見た。


 何度目かの夢で、手に持っているのは鉛筆で、白いのは画用紙という物だとわかった。


 風景を切り取った絵は写真という物らしい。


 出来上がった絵は切り絵という物に使われる絵らしい。




 見たことの無い物の名前がわかるなんて事があるのだろうか?







 俺の名前はクリア。


 山で爺と暮らしている。


 商人だった両親と幼かった俺は、町から町へ移動しているとき魔物に襲われた。


 そこに爺が出くわし、俺だけが助かった。


 幼過ぎて覚えていないが、そういう事らしい。


 山で一人暮らししている爺に助けられるなんて奇跡みたいなものだ、と何度聞かされた事か。




 爺とは役割を分担して生活している。


 爺は食料調達、俺はそれ以外。


 一見俺の役割は大変そうだ。


 でも実は爺の役割の方が重要だ。


 俺の様な小僧では、食料調達は困難を極める。


 理由は後で説明する。




 相変わらず妙な夢は見るが、何とか二人でやれていた。


 俺があと二か月で十五歳になる冬までは。





 問題が起きた。


 爺が猟に出たまま帰って来ない。


 爺からは二週間たって帰って来なかったら町に出る様に言われている。


 どうするべきか?


 踏ん切りがつかない。


 俺は地面に棒で絵を描くのが好きな、大人しいタイプの人間だ。


 アクティブに外を動き回るのが好きなタイプじゃ無い。


 それに、外に出ると死ぬ可能性が高い。



 町の様な、人が大勢住む場所は大きな壁にぐるりと囲まれている。


 それは町の外の魔物がとても強いからだ。


 ちょっと鍛えただけの人間ではすぐに餌食になる。


 そのため、町は大きな壁で回りを囲み、精鋭の兵士が交代で見張っているし、夜は結界師が大きな結界を張ってしのいでいる。


 食料調達が困難な理由も外の魔物が異様に強いことにある。



 なぜこんな過酷な場所に町を作ったかといえば、それはダンジョンがあるからだ。


 ダンジョンは低階層なら弱い魔物が現れ、奥に進むほどに強い魔物が現れる。


 低階層から鍛えて五十階層くらいの魔物と戦えるようになると、何とか外の魔物に通用するようになる。


 どのダンジョンでも、最深部に到達して帰ってきた人間はいないらしい。


 ダンジョン内で生まれた魔物はダンジョンから出てこない。


 ダンジョンは町の外に出るための訓練場として無くてはならないものになっている。




 三週間が過ぎた。


 やはり爺が帰って来ない。


 いよいよ食料が尽き始めた。


 このままでは町までの食料が持たなくなる為、町に出ることにする。





 俺が今から向かう町はダンジョンのある町だ。


 町の名前はサバス。


 周辺にある六つの町は同盟を組んでおり、同盟六町の中でサバスは中央に位置する。


 六町の中で特に重要な街だ。


 この町のダンジョンは他の町のダンジョンに比べて低階層に罠が少なく、訓練に適しているらしい。


 情報の中継地点と訓練場の、二つの大きな役割のある重要な町だ。




 今いる山はサバスから南東に位置しており、距離は大人の脚で二週間かかる。


 俺は気配を読む事と、気配を消す事が得意だ。


 それが出来ないと山で暮らすのは無理だ。


 だが、二週間も魔物から隠れて移動するなんて、本当に出来るだろうか?



 更に気がかりがある。


 最近急に気力がなくなる事がある。


 突然、電池が切れたように何もしたくない気分になるのだ。



 あのよく見る夢と合わせて、俺の肉体に何かが起こっている。




 不安はあるが、サバスへの移動を開始した。



 サバスに向かう方角には道なんてない。

 

 原生林を掻き分けながら進むしかない。


 俺は片刃の小刀を使って生い茂る枝を切り落としながら進む。


 小刀は魔物との戦闘には使えない。


 この小刀は魔物に通用するような強度を持っていない。



 荷物はカサ張らない日持ちの効く食料がほとんどだ。


 魔物が強すぎる為、動き回って食料を現地調達するのは不可能だ。


 なるべく目立たず魔物を避けての移動に専念しないといけない。


 着るもので用意したのは雨具だけだ。


 着替えている余裕がない。


 たぶん水浴びもできないだろう。


 水は持てる量に限りが有るので現地調達しないといけない。


 水は貴重だ。




 一週間が過ぎた。


 方角は合っているだろうが魔物の気配を感じては回り道をしている。


 そのため三分の一程度しか進めていない。


 二週間で移動できるという見通しは甘かった。


 幸い、多めに持ってきた食料をかなり節約しているので、あと二週間なら持ちそうだ。





 更に不味い事態になった。


 判断を誤った。


 魔物に囲まれて身動きが取れない。


 今はまだどの魔物にも気づかれていないが、どうしたものか?




 雨が降ってきた。


 木の葉で出来た合羽を着る。


 雨で体温が奪われないよう注意するのは山での基本だ。


 雨のせいで、匂いや空気の流れから魔物の気配を感じるのが難しくなった。


 飲み水の心配が無くなった事だけは幸運か?




 かなり長い時間膠着コウチャク状態が続いている。


 一向に魔物の気配が動かない。


 ここは思い切って比較的弱い魔物の方から逃げ出すべきだろうか?




 どう考えても魔物を躱す事は出来ない。


 魔物を振り切るイメージが持てない。


 耐えるしかない。




 じっと動かず身を潜めて五日が経とうとしている。


 やはり魔物は移動しない。


 雨で体力が奪われていくのを感じる。


 じりじりと追い込まれていく、自分。


 理不尽さに腹が立ってきた。


 睡眠を取ると気配を消すのがうまくいかないので十分な休息が取れていない。


 だんだん眠くなり、集中力が……。





 気付くと、一番強いと思っていた魔物と何かが戦闘を行っている。


 気配を読もうとするが魔物と戦っている何かの気配は感じない。


 魔物の動きから戦闘中であることがわかるだけだ。




 戦闘中の魔物が視界に入るにはまだかなり遠い。


 何者と戦闘を行っているか目視できない。


 周りにいる他の魔物が動いていない為、このまま身を潜めるしかない。


「おいお前!」

「そこで何をしている?」


 突然背後から声を掛けられた。


 思わず大声を上げなかった自分を褒めたい。


 それほど突然の問いかけだった。


 ゆっくり振り返ると、そこには動きやすそうな革装備に身を包んだ男が立っていた。


 年齢は三十代くらいか。


 無精ひげが生えている。


 中肉中背。


 緊張感はなさそうで、頭をぼりぼり掻いている。


 返答を待っているようだ。


「質問に質問で返して悪いが、あんたこそ何者なんだ?」


「俺か?」

「見てわからんか?」

「お前よそ者だな」

「俺は案内人だ」


「案内人?」

「何の?」


「やはりよそ者だな」

「ダンジョンのだよ」


「ダンジョン?」

「ここはダンジョンじゃないが」


「後で説明してやる」

「それよりお前の説明がまだなんだが」


「俺はクリア」

「山小屋で爺と暮らしていたが、爺が小屋に帰って来なくなったんで山を下りてきた」


「じゃあサバスに向かっているのか?」


「ああ、魔物に囲まれて、やり過ごすのに五日以上かかっていた」

「助かったよ」


「助かったのは俺の方かもな」


「?」


「その話は、今はいい」

「相棒が周辺の魔物を掃除するのを待っててくれ」




 周辺の気配を読んでみると、確かに魔物の数が減っている。


 少し会話している間に、三体は倒している。


 すさまじいな、案内人。



「俺は案内人のダズ」

「今戦っているのは案内人のトアスという」

「あとは同行者が三人」

「俺たちも丁度サバスに向かっているところだった」

「トアスが魔物を倒す所を同行者たちに見せる訓練だったんだ」



 程なくしてトアスが三人の同行者を連れて現れた。


 トアスはダズと同じ三十代くらい。


 無精ひげは生えていない。


 ダズとは対照的な真面目そうな好青年だ。


 トアスに魔物退治の礼を言うと、


「こっちの都合だし気にしないでいいよ」

「それよりもこれで顔を拭いたらどうだい?」

「ひどいことになっているよ」


 逆に気を使わせてしまった。


「ん?」

「お前よく顔を見ると相当若いな」

「幾つだ?」


 ダズだ。


「あと一か月で十五歳」


「……その年で、魔物の気配を避けながら森を移動か……」


 ダズは何やら考え込んでいる。




 三人の同行者はローブに身を包んだ魔導士風だ。


 一人がリーダー的役割を担っているようだ。


 優等生って感じだ。


 年は俺より少し上くらいだろう。


 優等生リーダーはフェスという名前らしい。


 フェスが言うには、同盟六町の結界師候補がサバスに集められて、若いうちからサバスのダンジョンで鍛え、元の町に戻って町を守る計画らしい。


 ダンジョン案内人は町から町の移動の手伝いもしているのだそうだ。




 サバスに着いてから一週間がたった。


 俺はもう十五歳になっている。


 爺には十五になったら狩りを教えてもらう約束だった。


 たぶん爺は死んでいない。


 小屋に俺がいないとわかったらこの町に顔を出すだろう。




 人生、先がどうなるかわからないもんだな。


 生き延びた幸運に感謝だ。

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