『ジ ワン』~神獣との契約者、不老の人外は挑み続ける~

シン

プロローグ

全てのはじまり

 

 中学受験を控えた冬休み。


 妹の美月が女友達を連れてきた。


 勉強の休憩がてら、一緒に遊ばないかという事だった。


 息抜きに丁度良いかと思った僕は遊ぶ事にした。


 美月が連れてきたのは、目元まで前髪を伸ばした、うつむきがちで声の小さい、そんな女の子だった。


 三人でボードゲームをする事になった。


 美月と女の子は会話があるが、僕と女の子は美月を介して話す。


 何故か緊張感があった。


 女の子は真剣にゲームをしていた。


 緊張感が僕にも伝わる。




 ゲームは女の子が一番だった。


 僕は女の子に、


「おめでとう、良かったね」


 と言うと、女の子は少し顔を上げ小さな声で、


「ありがとうございます」


 と返した。


 笑った顔が少し見えた。


 彼女との出会いはそんな感じだった。






 数か月後。


 中学受験は第一志望に合格し、私立黒羽学園に入学出来た。



 黒羽学園は中高一貫の全国でも有数の進学校だ。


 敷地は広く、校舎は中等部と高等部が別になっていて、寮やクラブ棟も入れるとかなりの広さになるマンモス校だ。


 勉強だけの学校ではなく、クラブ活動や学校行事にも力を入れている。


 クラブ活動の数は多く、何をやっているかわからない、怪しいクラブ活動もある。


 県外から進学してきた生徒は学園の寮に入ったりしている。



 幸い僕は徒歩と電車で通える距離に住んでいる。


 当分は部活に所属せず勉強に集中しようかと思っている。


 入学出来たけど、ギリギリ滑り込んだ形なので。


 学生生活で勉強についてけないとか、みじめだろう。




 僕の家庭環境は少々特殊だ。


 妹も含めて二人共養子。


 そして義父がかなりの権力者。


 義父の名は黒戸和馬。


 学園の母体になっている、クロスグループの総帥だ。


 クロスグループは日本屈指の巨大総合グループ企業だ。


 クロスグループの親会社は黒巣家の一族経営。


 黒巣家は代々この地域の不動産を一手に引き受けていた名家だ。


 義父が、黒巣不動産の事業を拡大し、クロスグループを立ち上げ、巨大な組織に作り変えた。


 黒巣家の分家は家名に黒の字を持っており、この地域で黒のついた苗字の家は大抵黒巣家の関係者だ。


 義父である黒戸和馬も黒巣の分家の一人だ。


 僕は将来的に父の仕事を手伝うことになる。


 父から既にそれとなくそんな話は聞かされている。


 悪い話だと思っていない。


 しかし、有名な義父の後を継ぐ事に重圧を感じてもいる。




 今日は登校初日、入学式だ。


 入学式の後、ホームルームがある。


 お約束の自己紹介もあるだろう。


 第一印象は大事だ。


 僕の学生生活はここから始まる。


 失敗はしたくない。


 僕は義父のお陰で目立ってしまう。


 悪目立ちしたく無いんだけど、無理なんだろうな。




 入学式は、校長のありがたい話、主席合格者のよくある話を聞き、その話を右から左に聞き流した。


 肝心なのはホームルームだ。


 ホームルームでは予想通り自己紹介をする。



 僕の順番が回ってきた。


「黒戸零維世です、よろしくお願いします」


 僕が自己紹介するといつも同じ反応が返って来る。


「え?!」

「あの?!」


 やっぱりね。


 いつもこうだ。


「あ、息子です」


 しかたなくそう答えると、場の空気が凍ったのを感じた。


 やはり義父は有名だ。


 今回も悪目立ちは避けられなかった。





 自己紹介後は帰宅になったが、教室でクラスメートに捕まった。


 義父は職場から離れないイメージがあるらしく、私生活をどうしてるかいつも聞かれる。


 あれこれ詳しく聞かれたが、あの人は仕事場近くに部屋を借りていて、家には着替えを取りに帰るだけだ。


 話せることがほとんどない。


 以前はお手伝いさんを雇っていたが、今は家事のほとんどを美月が担当していて、料理だけは僕がやっている。


 父とは中身のある会話をあんまりしていない。


 仕事の手伝いの話も数回それとなく言われただけだ。


 陰から見守るタイプの父親なのだ。




 校舎を出たら現生徒会書記に声を掛けられた。


 生徒会は三年生が抜けて、次の生徒大会で役員が決まるまで、残った元二年生と元一年生で運営する。


 次の生徒大会は四月末にあり、そこで立候補する生徒を探してるとの事。


 黒戸和馬の息子が学園にいると聞いて声を掛けてきたみたいだ。


 正直向いてないと思うが、すぐに断るのも気が引けるので、考えておきます、と返事をしておいた。




 学校からの帰りは最寄り駅近くにある商店街でCDを買って帰ろうと思う。


 商店街は家からも近い。


 ちょっとした寄り道程度のつもりだ。




 駅を出てすぐ、あの女の子を見かけた。


 一緒にボードゲームをやった、あの女の子。




 商店街の裏路地に向かってく。


 あの女の子、名前なんだっけ?


 聞いてないかも。


 なんとなく気になって後を付けてみた。


 女の子の表情に切実さを感じた。


 困っているなら助けてあげたいと思う。



 入り組んだ道を迷うことなく、どんどん奥に進んで行く。



 女の子は奇妙なビルの前で立ち止まった。


 何と声を掛けて良いかわからないので、少し様子を見る。



 女の子が立ち止まったビルには立派な扉があり、周りには何も書かれてない。


 何のビルで、中がどうなってるか、外からはわからない。


 自宅から近所だけど、こんなビルがあるなんて今まで気づかなかった。



 女の子は扉のノブに手を掛けた。


 そして扉を開けずにそのまま商店街の方へ戻っていった。



 僕には気づかなかった様だ。


 一体何がしたかったのだろうか?


 開けようとして、やっぱりやめた?


 女の子を追う事より、ビルの中に興味が出て来た。


 ビルからはなんだか奇妙な雰囲気が漂っている。


 迷う気持ちもあったが、興味が勝ってしまった。



 僕も扉のノブに手を掛ける。


 手を掛けると、一瞬違和感がしたが、気にせずそのまま扉を開けて中に入った。


 高い天井に、小さい照明があり、薄暗いが何とか中は見通せた。


 細長い通路になっており、その先に下に降りる階段がある。


 階段を下りる。


 降りる階段はかなり深くまで折れ曲がりもせず続いていく。



 どのくらい降りたのだろうか?


 踊り場に出た。


 踊り場の先に扉があり、看板が立てかけてある。


 文字がかすれていて何と読むのかわからない。


 何かの店という事しかわからない。


 看板の横に掲示板のようなものがある。




 ギルド プロミネンス(仮)

 リーダーがまだ見つかっていない為プロミネンスが仮リーダーとして活動。

 現在所属はプロミネンスの一人だけ。

 進度の近い仲間募集。

 向こうには支援する仲間が多数所属。

 希望者は要相談。

 時代も交渉に応じます。




 クラン 光の旋律

 リーダー レイ

 所属八人

 初心者歓迎。

 少人数のクランです。

 新規二から三名募集。

 希望者はレイまで。

 時代は合わせて頂きます。要相談。




 クラン クレイモア

 リーダー クレタ

 所属十四人

 若干名募集中。

 近接武器専門クランです。

 連絡は、クレタ、アニーまで。




 クラン 悠久の旅人

 リーダー ギレイ

 所属三十二人

 新規募集中。

 中規模冒険者クランです。




 その他、多数の張り紙があった。


 書かれている言語は様々だ。


 日本語が多いか?


 何の張り紙かは見当が付かない。



 まあいい、中に入ろう。



 扉を開けると、バーのカウンターみたいなものがあった。


 というか、酒が並んでいるのでバーのカウンターそのものだろう。


 テレビや映画で見た知識だ。

 

 実際に見るのは初めて。


 その他のスペースには本棚とテーブル席が並んでいる。


 バーと本屋、カフェが一つになったような店だ。


 奥にはテラス席もあるようだ。


 地下にテラス席?


 よくわからない。


 それっぽく見せているだけだろう。



 カウンターにいる店員に声を掛けられた。


 店員は見るからに怪しい。


 銀髪でサングラスを掛け、エプロンをしている。


 年は若そうだ。


 二十代前半ぐらいか?


 サングラスからわずかに見える目は、若干眠そうだ。


「ここは初めてですか?」


「はい」


「誰かのご紹介ですか?」


「紹介ではないです」

「なんとなく入ってみたんですが、不味まずかったですか?」


「いえ、構いません」

「参考に聞いているだけですので」

「初めての方には、まず本を読んで頂くことになっています」

「お時間よろしいですか?」



 店員は壁に掛かった時計を指さした。


 午後二時四十分。


 いつの間にかそんな時間だ。


 店員が一瞬ニヤリとしたように見えた。


 見間違いか?


 店員は革の分厚い本を手渡してきた。



「これ一冊を読み切る時間はちょっと……」


 お腹が減ってきている。


 何か食べたい。


「切りの良い所まで読んで頂いて、感想を頂ければ結構ですよ」

「そちらの個人スペースでお願いします」


 店の端にある図書館の自習室のような場所に案内された。


「無事に戻られる事を心よりお待ちしております」


 どういう意味だ?


 自習室の扉を閉め、席に座る。


 僕は、タイトルの書かれていない革の本を、開いた。



 この瞬間、僕は消滅した。




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