第115話 マフィア殺しの真犯人
「なにぃ!!? トルメンタを殺しやがっただと!!」
エデン市内にある繁華街から外れたところにある、元々闇金業者が事務所を構えていたテナントビルの一室。
エデン侵攻における第一拠点にて新生ディアブロ・カルテルのドン、ディエゴが部下からの電話を受け激昂する声が響く。
「チクショウ! いよいよ正気を無くしてきやがった。まずいまずいまずいまずい! このままでは完全に計画が狂うぞ……」
ディエゴが命じたのはトルメンタと一緒にいたガキ、つまりアイラの誘拐。ガキの身柄と引き換えに忠誠を誓わせる算段だったのだ。
しかし蓋を開けてみれば結果はどうだ?
ガキには一切手を出さず、是が非でも欲しかった人材をオシャカにされただけ。何もかもが命令と違う。今までマフィア殺しはきちんと命令通り遂行していた。にも拘らず、ここに来ていったい何故?
混乱している最中、ディエゴの脳裏に一番最悪な可能性が頭を過った。
「まさかアイツ、エデン署で真実を知っちまったんじゃ……」
理由は知らないがヤツはミケーネを探す為、エデン中のマフィアに声を掛けていた。そんな時、偶然ヤツのマフィア殺しの犯行現場に立ち会ったのが出会いの始まり。
ヤツは敵対組織の弱体化の為に他のマフィア連中を殺して回る。代わりに役目を終えたらディエゴはミケーネの居場所の情報提供を約束していた。
早速独自の情報網で調べたところ偶然にもミケーネは先日このエデンで捕まり、その後収監されていた刑務所内で何者かに既に殺害されていた。ヤツの持つ力に利用価値を見出していたディエゴはこの事実を敢えて伏せていたのだった。
「エデン署で何か証拠でも掴みやがったか? いや、有りえねぇ。流石に刑務所内で殺人が起こったなんて都合の悪い事実なんざ揉み消すに決まっている。世間への漏えい対策に映像や証拠資料さえも残してないはずだ。そもそも、警察らでさえ未だ犯人の目星がついていないらしいしな。だがもし、ヤツが何らかの経緯でミケーネの死に辿り着いたならマズイ。非常にマズイぞ」
全てが上手くいっていた。
せっかく計画も最終段階に来ていたのに、この最重要な場面でディエゴの計画が大きく狂った。
(いや、ちげぇ。狂ってんのはヤツの方だ。ここらで後始末といきたかったがそれすら叶わねぇと来た。全く、マジで厄介なヤツを抱え込んじまったぜ……)
今一番ディエゴが手を焼いている事。それは刺客として利用していた余所者の存在。戦闘に関してはあまり得意ではないと言っていたにも拘らず、未だに始末出来ないという矛盾。こうなってしまっては早急に手を打たなければならない。ヤツの狂気がこちらへと向かう前に。いざとなったら虎皇会にぶつけようと考えていた矢先、事務所のドアにノックが響く。
アジト内にいたカルテルの兵隊たちは盾になるかのようにディエゴの前に立つと、手持ちの銃火器をドアの方へ向けて一斉に構えた。
「あれー? なんで鍵掛けてんのー? いつも開けてるじゃーん。誰かいないのー? いるよねー? 電気メーター回ってんじゃーん。エアコン効いてるんじゃないのー? いーなー。暑いからいれてよー。仲間じゃーん」
しつこくノックを繰り返しながらドアノブをガチャガチャ下げようとしている様子。それに対し、室内で警戒を強めるディアブロ・カルテルのメンバーは息を殺してじっと身構えている。既に制御不能になった獣と同じ檻に居たいと思うヤツはいない。情けないが、借金取りに怯える債務者の如く居留守を使うことしか出来なかった。
「ちぇーっ、ホントに誰もいないんだ。つまんなーい」
離れていく足音が消えるのを聞きながら、中にいた組員は皆緊張から解き放たれ胸を撫で下ろす。その直後、ドアの向こうから激しいエンジン音がけたたましく響いた。
「なっ、なんだ!? なにしてやがんだ!」
恐怖のあまり思わず言葉を漏らした組員の口を慌てて他の仲間らが塞ぐ。しかし、もう遅い。
「あはっ、やっぱいるんじゃーん。仲間外れとか酷くなーい? これはお仕置きが必要だな……っと!」
突如ドアから突き出た回転刃。諦めて帰ったわけではなく、強行突入用にチェンソーを取りに行っていたのだ。鼻歌とけたたましいチェンソーの音。そして破壊されつつあるドア。他の入居者からの助けは来ない。何故なら、このビルの契約者はディアブロ・カルテル以外にはいないからだ。
「おっじゃまーしまーっス! あっ、やっぱいるじゃないっスかぁ。ディエゴさん」
ドアを破壊して強引に室内へ入って来た人物は用済みになったチェンソーのエンジンを切り、共用通路へ投げ捨てた。
身を包んでいるのは、あちらこちら斬られた痕跡があるボロ布。その布には自身から流れたものか、はたまた返り血か分からぬがとにかく大量の真っ赤な血で染め上げられていた。どうやらトルメンタを殺したその足でここまで戻って来たらしい。
視点の定まらない瞳でキャンディーを咥えているピンク色の髪の少女。無言を貫くのは悪手と判断したディエゴは取り敢えず少女の様子を確認するべくいつも通りを装って話しかける。
「よ、ようマルグリット。今日はえらくド派手な登場じゃねーか。しかもいつも以上にキマってんな。今日そいつ何本目だよ?」
その問いに対し、まだ溶け切っていないキャンディーをガリっと噛み砕き、ボリボリ音を立てて咀嚼すると棒だけを床に吐き捨てた。
「三本目っス。今日は特に痛くて痛くて……あのトルメンタって人、ヒドイんすよぉ? いきなりデカいハサミでうちの首を刎ね飛ばすんスから。長い手足で蹴るわ殴るわ剣で斬って来るわで現場の血痕、多分うちの方が多いくらいっスよ」
マルグリットの舐めていたキャンディーにはフェンタニルと呼ばれる強烈な鎮痛作用のある合成オピオイドが含まれている。末期がんの患者や戦場で大怪我を負った兵士たち用であり世界的な兵器製造企業であるウェストロッジ社とアメリカの大手製薬会社が作った物である為、一般流通している代物ではない。
このフェンタニルはモルヒネ、ヘロイン以上に強力な薬物として知られており、サンタ・ムエルテを完成させる前のディエゴも米軍が横流しした物をメキシコ経由で商っていた時期もあった。
「そんなモンよりサンタ・ムエルテの方がまだキマるんじゃねぇか? お前さえ良ければいくらでもくれてやるよ」
「えー? いらないっスよぉー。だってそのドラッグの主成分って魔力由来なんだもん。加護持ちのうちが接種しても体内で浄化されるだけ。それにうちにはコッチの方が合ってるんスよ。だって、コレをキメてると痛みが一切無くなるんスもん。いくら死ねないとは言え、攻撃されれば痛いものは痛いんスからぁ」
「そっ、そうかい。そいつは残念——」
「それよりディエゴさん。あなた、うちに大事なコト隠してましたよね?」
相手の言葉を遮り、薬物中毒者特有の焦点が定まらないマルグリットの視線が急にディエゴへと向いた。
「はぁ? なんのことだよ」
「ミケーネのクソ野郎、とっくに死んでるじゃないっスか。しかも、うち以外の誰かの手で殺されて。ヤツの居場所を教えてくれるっていうから手を貸してたんスよ? ずっと騙して利用してましたね?」
ゆらり、ゆらりとまるで幽鬼のように一歩ずつ歩み寄るマルグリット。ここが潮時と判断したディエゴは全員に発砲命令を下した。
「撃ち殺せぇぇぇえええ!」
組員一人一人が持つハンドガンの発砲音は重なり会い、まるでマシンガンを連射しているかのような。ドラムを連打しているかのような激しい旋律を奏でる。あっという間にマルグリットの上半身は穴だらけを通り越し、まるで挽肉のようになり胸から上は人の原型を留めていなかった。
壮大なドラムロールが止み、カチカチと弾倉が空になっても銃のトリガーを引き続ける組員たち。辺り一面には肉片と血溜まり。そして薬莢と柄の無い小さなナイフの刃が散乱していた。
「やっ、やったか?」
誰が言い放ったか、これはいけない。
特に彼女の前でその台詞は死亡フラグ以外のなにものでもないのだから。
辺りに散らばっていた肉片はまるでファンタジーものの創作物に出て来るスライムのように近くにある肉片と互いにくっつき合い、巻き戻し映像のように少しずつ原型へと戻っていく。
あっという間に再生したマルグリット。
しかし服自体は肉体ではないので再生されていない。露わになった控えめな乳房を恥じらいで隠す事なく、落ちているナイフの刃を拾うと数本を自身の腕や腹など身体の至るところへ突き刺し、体内に埋めていく。
「せっかく隠してあるのに必要以上に出させないでくださいよ。回収が面倒なんスから」
ぶつくさ言いながらマルグリットは手元に残したナイフ数本をカルテル組員らへ向けて投げ放った。このナイフはアスガルド聖騎士団にのみ渡される必須の携帯武器である。
もちろん武器としても使えるが、主な用途は二つに絞られる。サバイバル道具として使用するか、或いは自害に用いるかである。基本的にはやはりサバイバル道具扱いがメインであり、マルグリットのように投擲武器として使用することは自害に用いるより稀。
聖騎士に入団したら誰でも支給されるもので、もちろんデュランも未だに持っており、未だに使っている。但し本来の用途としての使用ではなく調理包丁の一つとしてだ。現役の聖騎士たちとは比べ物にならないほど使用頻度が高く、数年に渡り使って研いでを繰り返しているため二回りほど刃が小さくなっているが、元々はマルグリットの持つナイフと同じ刃をしていたのだ。
加えて特筆すべきは通常のものとは異なり柄がないこと。つまり、替え刃をそのまま使用しているということである。これにもきちんと理由がある。先程の乱れ撃ちでも分かる通り、マルグリットはこれらのナイフを体内に大量に隠し持っている。必要な時に身体を傷つけてナイフを取り出すという暗器的な使い方をしているからだ。超再生をもたらす純潔の加護持ちだからこそ出来る奇策。もちろん体内に隠している武器は他にもあるが、マルグリットはナイフによる投擲を主としている。
当初エデン署に来た時、ダンボールで送られて来たのは搭乗ゲートの金属探知機で必ず捕まるから。最初から密輸品に紛れた方が確実に入国出来るからである。大の男二人がかりで持ち上げねばならない程に見た目に反して体重が重いと思われてしまうのも当然。体内に金属製の武器を大量に仕込んでいるのだから。
「ほいっ、ほいっ、ほいっと」
マルグリットがナイフを投げる度に雨が降る。
生暖かく、鉄の匂いが鼻をつく赤い雨。
投げナイフを急所に刺され、血を流し倒れる部下たち。
化け物へ変貌したトニーやトルメンタでも倒せない相手を有象無象に止められるはずもなく気づけば辺りは屍の山。腰を抜かしたディエゴは急いでマルグリットに命乞いを始めた。そこにマフィアのドンとしての威厳など微塵もない。ただただ惨めで哀れな小心者の姿だけがあった。
「すまない! 悪気はなかったんだ! 金でも何でも欲しいもの全てを差し出そう! だからどうか許してくれ!」
それを聞いたマルグリットはニッコリ微笑んだ。
「マジっスか? ちょうどここにあるもので欲しいのがあったんスよ。持って行っていいっスか?」
「もちろんだとも! なんでも好きな物を持って行ってくれ!」
ディエゴはそう言うと心の底から安堵した。絶望的な状況に陥ったが、なんとか命だけは助かったと。
しかし、それは仮初の安堵であった。
マルグリットは地べたに伏せて土下座のような姿勢をしていたディエゴの髪を掴むと、笑顔のままこう言い放った。
「あっ、カラダの方はいらないっス。重くて邪魔なんで」
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