第32話 エデン・オブ・エデンズ①

 氷室が向かった場所。それは、ドーナッツ屋から十分ほど歩いた歓楽街の中心にある。


 店の名はテオドールと言い、エデンの中で最古の酒場であり最大のストリップ劇場でもある。


 ストリップの起源とも称されるテオドラ皇后に由来する店名だけあり、この店はエデンの中でも屈指の老舗。その歴史は虎皇会がエデンを牛耳るよりも前。それこそ、ディアブロ・カルテルが麻薬市場として支配するよりも更に前からこの場所で商売をしている。


 外観はミラノの劇場スカラ座によく似ているが、巨大なバニーガールのオブジェが乗った派手な電飾看板がその品位を著しく下げている。陽が落ちると、このバニーガールが煌びやかに光を放ち、エデンに滞在しているVIP客をウィンクと投げキッスで誘う。


 この店は、エデンの中でも最も特異な店である。一言で表すのならば〝市街地にある香龍飯店〟つまり、どの組織の干渉も受けないのだ。


 歓楽街の大半の店は、虎皇会がケツ持ちをしている。法外なショバ代を取る代わりに他国のマフィアや犯罪組織が店に損害を与えた場合、すぐに虎皇会の構成員が駆け付けてそれを排除するのだが、この店に関しては虎皇会やディアブロ・カルテルも不可侵条約を交わしている。


 また、ここでは裏社会に属する人間は一切モメ事を起こしてはいけないという掟もある。その掟があるからこそ、犯罪組織同士の平和的な話し合いや交渉、連絡会の場としてこの店は非常に重宝している。そして、その掟に背きし者は世界中の裏の組織から標的にされ、血の粛清を受けるのだ。


 加えて、この店に所属している女性従業員は皆レベルが超高水準であることでも有名である。元レースクィーンやプレイメイト、ミス・ユニバース出身者も多く在籍しているほど。かつて、ディアブロ・カルテルのボスだったアントニオの恋人が組織の金を持ち逃げし、この店に逃げ込んで雇われたことでアントニオは女に一切手出しが出来なくなったという話は、今でもこのエデンでは語り種となっている。


 世界一理不尽が罷り通る街で、唯一公平な場所。エデン・オブ・エデンズ、真の楽園とも称されるテオドールだからこそ様々な情報が集まる。余所者の情報を探るにはここが一番確実ではあるのだが、店主が非常に曲者。この辺りの大地主の一族で、金に汚いことで有名。しかも下品極まる醜悪な男で、あの女帝メイファンですら避けるほどである。だからこそ、この店はこの土地で独自の繁栄を貫いてこれたとも言える。


 氷室がここに来た理由こそ、ここの店主であるホランド・コルポー。この男であれば、余所者の出入りを全て把握していると睨んだからである。金の卵を産むニワトリの管理は決して怠らない。そういう男だからこそ、情報の品質自体には信頼が置けるというものだ。


 店の入り口に差し掛かった時、入り口に立つ黒服の大柄な男二名に氷室は呼び止められた。


「おい止まれ。警察が一体なんの用だ」


「開店は夜からだぜ? 溜まってんなら後ろのイモねーちゃんで済ませな」


 下品極まるジョークをかまし、嘲笑するバウンサーたち。氷室はアシュリーを侮辱した男の前に立ち、煙草の煙を吐きかけてこう告げた。


「よく喋る灰皿だな」


 次の瞬間、氷室は手にしていた火のついた煙草を男の眼球へと押し当てたのだ。肉の焼ける音とタンパク質が燃える嫌な匂い、そして男の悲鳴が辺りに響く。


「てめぇ! やりやがたったな!」


 もう一人の男は咄嗟に懐の銃へと手をかけようとしたが、それよりも早く男の腹に宛てがわれた刀の柄頭。その瞬間、自分が銃を構えて引き金を引くよりも早く斬られると察した男は、何も手にせず大人しく両手を頭上へと上げた。


「こっ、こんなことしてタダで済むと思うなよアイスエイジ。ここがどこか分かってやってんだろうな」


「三分だけ待ってやる。ホランドに俺が来たと伝えろ。胴と頭が泣き別れたくなければな」


 男は携帯を手にし、雇い主へと用件を伝える。するとすぐに許可は降り、氷室とアシュリーは店の中へと通されたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る