STAR SKY GUARDIANS

花海

序章

第1話 一番仕事してるのに一番働かされるのはなぜ (改行済み)

人の焦げた匂い。

今まで嫌になるほど嗅いできたこの匂いを、一番大好きな場所で嗅ぐことになるとは思ってもいなかった。

戦場から逃げた罰だ、戦わなかった罰だ、誰かからそう責められているような気がする。

逃げたい、今すぐに逃げたい。

でも、逃げるわけにはいかない。

もう、これ以上、家族を、友だちを失うわけにはいかない。

右肩は動かない。

両足も笑っている。

それでも、後ろにいるこいつらの為なら、何度だって立ち上がれる。

なれない左手で刀を握る。

次はない。

この一撃で決めなければ自分も、仲間も、街にも明日はない。

だから、この一撃にすべてを込める。

目の前の化物(グレゴリアス)を倒すために。



「……ーい、起きろーねぼすけー。おーい」


ペシペシとほほを何度もたたかれる。やめてくれ、今日は朝4時帰りだったんだ。15のガキに睡眠時間4時間はきついんや。寝かせてくれや。

意識が半分ないまま頬を叩いてきた手を嫌々と払い布団をかぶる。あぁ、お布団最高……


「どう?春ちゃん?ひろ君起きそう?」


「うーん、起きそうにないねぇ。どうする?一発ぶちかます?」


「そ、それは…日頃働いてもらってるひろ君に失礼じゃない?」


「そうだけどさー……あ!」


「ん?どうしたの?」


「せっかくだから、疲れてるひろ君の代わりに、私たちが朝ご飯を用意してあげたら良いんじゃないかな?」


………おー、朝ご飯作ってくれるのかー。そりゃぁありがたいなぁ……。

あれ、でも春香が作る飯ってほぼ100%でダークマターになったような………。

半分しか起きていない頭でそこまで思考がいたった時、あの時食わされた恐ろしい物体を再び作ると春香が言っていることに気づき、身の危険を感じてか俺の半分眠っていた体はすぐに目覚めた。


「………やめろ。朝飯は俺が作る」


体を無理矢理起こしてダークマター製造機、もといキッチンへ行こうとしていた春香の腕を強くつかむ。

しかし、体は正直だ。だるい。非常にだるい。

それでも脳が告げる。このままいかせてはならないと。


「いーよいーよ。”私たちだけ”で朝ご飯作るから♡」


「やめてください!お願いします!!」


必死に懇願する理由は1つだ。

同居人の2人が作る飯が奇々怪々なものしか作らないからだ。

みそ汁はなぜか緑色に変色し、生姜焼きは炭同然のものを作り、挙句の果てに簡単に作れる卵焼きはもはや想像できない形と肌触りだった。

同居人の女子2人がこんなもんでお嫁に行けるのかと、こいつらが飯を作るたびに思わされる。

だから、普段は俺が監視していなければ飯は作らせない。

………監視していても変わりはしないのだが。

そのため、普段から飯はいつも俺が作っている。そっちの方が、少なくとも身の安全だけは守れるから。

だが…


「ってか、もう作ったから起こしに来たんだけど」


「………え」


今日はもうすでに手遅れだった。

あぁ、昼までお布団で寝ておけばよかった。そう後悔せずにはいられなかった。



「………辛そうでござるな、洋一(ひろかず)殿」


「………仕事明けに、葵と春香のダークマター食わされましたからね……雷光さんも食べに来ますか?」


「絶対にお断りでござる。とりあえず、口直しにおしるこでも飲むでござる」


そう断固拒否しながらも、俺に飲み物を差し出してくれるのは、同僚の雷光さん。その心遣いに感謝したくなるが……


「……今、夏ですよ?なんであったかいおしるこなんですか?」


季節は夏。それも今から学生にとっては楽しみでもある夏休みがまだ始まったばかりの7月下旬。

そんなこれから夏真っ盛りであるというのに、この人は俺に笑顔でおしるこを渡してきた。しかも、雷光さんの手にもおしるこあるし…


「最低限のエネルギーも取れるし、簡単に飲めるからいいでござろう?」


違うそうじゃない。

そう突っ込みたいところだが、長い付き合い上この人がどういう性格なのか知っているので、俺はあえて突っ込まないようにした。


「それで、今日の仕事は……俺ら2人で新人2人の研修でしたっけ?」


話を変えて、仕事の話を振るとおしるこを飲みながら、雷光さんはうなずいた。


「そうでござるな。詳しい話は聞いてないでござるけど、いつも通り裏山登って下ればいいだけだと思うでござる」


「そうですね。というか、なんで上は俺たちに新人研修任せるんですかね?もっと適任がいるだろうに…」


「仕方ないでござる。拙者らより強いもんが、ここにはもう居ないでござるからな」


「………そうですね」


雷光さんの言葉を聞いて、少し気が沈んだ。

2年前までいた上官たち。昔からお世話になりっぱなしで頭が上がらなかった。

だが、そんな楽しい日々も2年前に終わってしまった。

封印から解かれた魔物1匹の襲来。

たかが1匹に、出した死者は10万を超え、街は血の海に染まった。

その時に、俺の母と妹、仲間、そして上官の2人、紫雷(しらい)さんと足柄さんは亡くなった。

妹や紫雷さん、足柄さんに至っては死体すら見つからなかった。


「そう言えば、今日はあの日から2年ですね。ついでに、山頂まで行ってお参りでもしていきましょうか」


「いいでござるな。じゃぁ、今日も張り切っていくでござる!」


飲み干したおしるこの缶をゴミ箱に投げ捨てながら、雷光さんは元気な声でそう言った。

俺ももらったおしるこを飲み干してごみ箱に捨てると、2人して気合を入れなおし研修の集合場所へと向かった。

集合場所に指定した正面玄関に雷光さんと2人で行くと、そこには俺と同い年くらいの少年と少女がいた。

というか、男の方については見たことがあった。


「……なんでここに鉄がいるんだよ……」


そいつは、俺がこの街に来てから長く付き合っている、友人の鉄だった。


「よぉひろ!いやーようやく軍の入団試験に合格したからさぁ……ていうか、お前まだ戦うときその恰好なの?」


鉄は俺の服を指さしながらそう言った。

まぁそう言われるのも仕方がない。きっとどこのだれが見てもそう思うだろう。

俺の戦闘に使っている服は巫女装束、つまり女性用の服だ。

まぁそこには、色々な事情があるわけで簡単に説明することは出来ない。


「仕方ないだろ、これしかないんだから」


適当に鉄の事をあしらって、俺はもう一人の少女の方を向いた。

まだ顔立ちは幼さを残していたので、おそらく俺よりは年下だろう。


「初めまして、回復・支援の指導担当の高田洋一です。そんでこっちにいるのが攻撃指導の担当の雷光さん」


「雷光でござる!よろしくでござる!」


俺らがそう挨拶すると、おずおずと小さな声でその少女も頭を下げて、


「西谷結衣です…。よ、よろしくお願いします」


と礼儀よく挨拶を返してくれた。

もう一人の方もこれくらい礼儀正しかったら良いんだけどな……。

鉄も礼儀正しいと言えば礼儀正しいんだけど……。

俺だから態度変えるってのは、上官としては面目が立たないんだがなぁ。

横目で鉄をジトーとみるが本人はそんなこと露知らず、雷光さんと楽しそうに話していた。

くっそ、こいつの新人研修だけひどいものにしてやろうか、と思いもしたが、命の危険もある仕事だから感情だけで動くということもできない。

……するつもりもないが。

その後、もう一度4人で自己紹介をし直し、これから行く場所と目標を軽く伝えた。


「今から行うのは、裏山で簡単な実践と魔物の討伐。学校の実践演習が外で行われるみたいなもんだから、気楽にね。怪我したら俺が回復するから」


「基本的には、鉄殿と結衣殿でタッグを組んでもらうでござる。鉄殿が前衛、結衣殿は魔法でのサポートを行ってもらうでござる。これからどこに所属することになるか決まる大切な演習でござるから、頑張るでござる!」


「えー、ひろ前衛に出ないのかよー」


「が、頑張ります……」


………一人不満を言うものがいたが、気にも留めずにそのまま研修場所へと向かった。

裏山は街の外側にあるので出るのには許可が必要になる。

特に午後6時以降は魔物の動きが活発になるので、出来ればこの研修もそこまでには終わらせて、この入り口にまで戻ってこなくてはならない。

裏山の入り口にたどり着いた俺たちは、許可を取って裏山へと足を踏み入れた。

裏山と言っても、街道のように道は整備されていて、魔物除けの為に明かりもところどころに設置してある。

ただ、中にはそんなこと気にしない魔物が街道上に現れることがある。今日はそういう魔物の討伐兼研修というわけだ。

そんなこんなで登っていくと少ししたところで人形のようなふわふわ浮いている何かが数匹街道に出て遊んでいた。


「あれは……ケルミン…ですか?」


結衣さんが人形のような何かを見ておずおずと俺たちに尋ねた。

ケルミンとはぬいぐるみのような愛らしい姿をしている魔物で、あまりの害のなさに街でも飼育が認められている珍しい魔物だ。

……ただし、そのほとんどが街の中で生み出されているものだ。

つまり、野生はそうとはいかない。


「基本的にかみつく攻撃しかしてこないけど、中には毒をもつものや羽の生えたものもいる。その姿も多様だから、どんな攻撃をしてくるのかわからない魔物だ。油断はしないように。それじゃぁ行ってこい!」


2人の背中をポンと押し、前に出るように促す。

鉄は意気揚々と、結衣さんはその後を追うように前に出ていった。


「雷光さん、一応の為の準備もお願いしますね」


「いつでも戦闘に参加できるようにはしておくでござる」


雷光さんは腰につけている刀に片手をあてながら俺にそう言うと、ニカッと笑った。

よろしくお願いしますと言い残して、俺は鉄たちの後ろの方に着いた。

鉄の武器は槍、特にあいつの突きは早く、中一の時勝負した時は慣れるのに時間がかかった。その分薙ぎ払いがへたくそだから、今回はそこがどう成長しているのかを個人的にはみるつもりだ。

結衣さんは研修に行く前に情報を確認したところ、歳は俺たちより一個下、つまり中二。

戦場に出すには少しためらわれるが、軍に志願し入団試験も突破してきたのだから、それなりに何か理由があるだろうと勝手に考えている。

結衣さんの手には片手でも持てる魔法石が取り付けられた簡素な杖。

魔法使いは戦況を見極め攻撃していかなければいけないので、広い目が必要となる。

いかに気を配れるかということが、今回の研修では見るつもりだ。

早速、結衣さんが炎魔法のファイアーボールでケルミン一体に攻撃を繰り出した。

周りを気にせず遊んでいたケルミンたちは大パニックを起こし、その場で騒ぎ出す。

その隙を突くように、鉄が一体一体丁寧に突きで倒していった。

まぁ、ケルミンだしこんなもんか。

そんなことを思いながら、ボーっと2人の奮闘を眺めていたら、変なところからの視線を感じた。

俺の獲物でもある刀の柄を左手で持ち、視線を感じたほうを睨みつけるように見た。

が、そこには何もいなかった。

……気のせいか?

周りの誰も、それに気づいたものはいない。

……寝不足で疲れてるんだな。きっとそうだ。


「ひろー!終わったぞー!」


「洋一さん、終わりました…!」


戦闘が終わった2人は、まだまだ余裕とでも言わんばかりに元気だった。

……今はこっちに集中しよう。

よそ見してたから、新人たちが怪我しましたとか一番シャレにならないからな。

戦闘が終わってこちらに戻ってくる2人を見ながら、そんなことを思った。

それからは、4人で登りながら鉄と結衣さんが戦闘をしたり、休憩をしたりしながらゆっくりと登っていった。

時にはくだらない話なんかもした。そんな中、話すのが苦手そうな結衣さんから質問が飛んできた。


「…あの、確か指導が可能なのってAランクの人からですよね?高田さんはAランクなんですか?」


歳が若いということもあり、自分から指導を受けたほとんどの人間がこの質問をしてきた。

ランクごとにざっくり言うなら、Cは子供や学生または非戦闘員、Bは軍に入団している学生や市民、Aは隊長クラス、Sは実力を持ったごく少数の者と分けられている。

ちなみに雷光さんや俺はSランクだ。

だが、大体の人には信じてもらえないので、さてどう言おうかと考えていたら、


「洋一殿はSランクでござるよ」


ドストレートに雷光さんが言ってしまった。

Sランクと聞いて目が丸くなる結衣さん。そりゃそうだ。普通はそう言う反応になる。


「……Sランク……なんですか?」


「そうでござるよ。なんといっても、洋一殿は2年前のグレゴリアス討伐戦において13歳という若さで最前線に飛び出し、魔物を倒した狐火(きつねび)本人でござるからな!!」


というか、俺が一番話してほしくない情報を、ぺらぺらと話さないでくれますかね!?雷光さん!!

雷光さんの話を聞いて、結衣さんは何かに納得したように一人で合点して、


「だから、その巫女装束なんですね」


と言った。

狐火ってのは知らない間に呼ばれるようになった俺の異名だ。

本来の俺の魔法属性は水なのだが、あの時は火属性魔法を使っており、突然問題を解決する不思議な存在だということでそう呼ばれるようになった。

狐火って意味が違う気がすると思い、こちらに戻ってきて意味を調べてみたところ、意外にも導き手というような意味もあり、そう言う意味で誰かが名付けてくれたのだろうと勝手に考えている。

巫女装束はその当時から来ており、そのころから俺の戦闘服はなぜかこれしか着させてもらえなくなった。

象徴には象徴として働いてもらいたいということなんだろう。

上の考えることはさっぱりわからん。

その後、意外にも話し上手だった結衣さんに色々と聞きだされそうになったので、無理に話を切り上げて研修へ戻らせた。

鉄はそんな俺を見て、ケタケタと笑っていた。

もうすぐ頂上にたどり着くというあたりで、日が少しずつ傾いてきた。時刻は午後4時、山に入ってからもう4時間もたっていた。


「5時になったら、下るぞー」


ケルミンとの戦闘を何回も行い、疲労が見えだした2人にそう声をかけた時だった。


「誰か!!……誰か助けて!!!」


山頂方面から、少女の声が聞こえてきた。

他の3人もその声に気づいたようだ。

だが、研修生に行かせるわけにもいかないし、俺や雷光さんだけが行くわけにもいかない。

それに……この声を聞いた時、妹の小夜の事が脳裏に浮かんだ。

手を伸ばせば届く距離、あと1秒間に合わなかったせいで助けられなかった妹の

“助けて、兄ちゃん!”

の声に。


「雷光さん!!こいつらお願いします!!」


「ちょ!洋一殿!?」


体は勝手に動いていた。

それがなぜなのかは俺自身がよく知っている。

俺の手の届く範囲にいる奴はもう誰も死なせない。

あの日から掲げた、あいつらとの約束をここで破るわけにはいかない。

山頂の墓地に着くと、最奥で制服姿の少女が謎の大木に襲われていた。

いや、違う。あれは……昨日発見できなかった手配魔獣か!?

迷っている暇はない。ここで手を打たなければ、間違いなくあの子は死んでしまう。

足に力を籠め納刀した状態で敵を見据え、そして……


「駆車!!」


瞬間的に距離を詰めれる奥義で距離を詰め、敵に斬りかかった。

視覚外からの攻撃に魔物は悲鳴を上げ、暴れだした。

おびえて縮こまっている少女を抱え上げると同じ技を使い俺はすぐに敵から距離を取った。


「大丈夫か!?」


抱え上げられた少女にそう声をかけたが、当の本人は何が起こったのかさっぱりわからないようで、目を何度もパチクリとさせていた。


「洋一殿!!」


すぐに後を追ってきた雷光さんは、目の前に現れた魔物を見てすぐに刀を引き抜くと、雷の斬撃を敵に放ち動きを鈍らせてくれた。

だが、植物系統の魔物に上位魔法の雷属性は効果が見込めない。

火属性の魔法で一気に畳み掛けるのがいいのだが、俺もそこまで火属性の魔法の威力が強いわけでもない。


「うわっ!何だあれ!?」


「…大きな魔物!?」


雷光さんの後をついてきた鉄と結衣さんはあの魔物を見て、2人とも似たような反応を示していた。

……そう言えば、この2人はどちらも火属性の魔法が使えたような……。


「――――――――――――――――――――――――――――!!!!」


魔物が吠える。もう、麻痺が解けたようだ。

これ以上進まれたら、この墓地が荒らされてしまう。

かといって連絡しても軍が間に合う保証はない。

ならここは……迷っている暇はない。


「鉄!結衣さん!……やるぞ!!」


俺の声を聞いて、2人は一度驚いたような顔をした。

だがすぐに


「おうよ!」


「分かりました!」


勢いよくうなずき返してくれた。


「鉄は俺のサポート頼む!結衣さんは火属性の魔法で、出来るだけずっと打ち続けて!雷光さん!その子頼みます!」


そう言いながら、俺と鉄は今にも墓地を破壊するかもしれない魔物に向かって突っ込んでいった。


「…えっ!あの人、刀抜いてないですよ!?」


俺が刀も抜かずに、魔物に突っ込んでいく様子を見て結衣さんは驚いたような声を出した。


「大丈夫でござるよ。なんせ洋一殿は、存在しないと言われた抜刀術を使うでござるからな。だから、心配はご無用でござる」


雷光はそう言って、なぜか誇らしげに胸を張った。

ちくしょう!後ろは楽しそうだな!!心の中でそんな愚痴をこぼしながら走る。

鉄とは学校でよくコンビを組んで戦闘をしているので、大体の動きは双方とも理解している。


「鉄!いつものいくぞ!」


「おう!」


すぐ後を走る鉄が返事をするのを確認すると、俺は急ブレーキをかけながら刀の柄を左手で持ち、右手で鞘を持ち精神を集中させた。

鉄は急ブレーキした俺を抜き去りそのまま魔物に突っ込んでいく。

魔物の標準が突っ込んでいく鉄に絞られる。大木のような魔物は、植物の根のような触手のようなもので鉄に向かって鋭い攻撃を繰り出そうとした。

その攻撃が当たる前に、棒高跳びの応用で槍を地面に突き立て鉄の体は一気に宙に浮いた。

魔物の視線が上へと向かう。


「…いけっ!ファイアーボール!!」


タイミングよく、結衣さんの火属性魔法の攻撃が魔物の顔面にヒットする。

予想外の位置からの攻撃に、魔物が騒ぎ暴れだす。

そこに宙に浮いた鉄からの自身の体重を全てかけた槍の一撃が魔物に突き刺さる。

その一突きは魔物の体を貫き、槍は地面に突き刺さった。


「ついでにこいつもくらえ!」


魔物のすぐそばに着地した鉄は、魔物と距離を取る直前に真横からファイアーボールをぶつけた。

槍も突き刺さり、火属性魔法もほぼ直に浴びた大木のような魔物は、最後の抵抗をするかのように叫び声をあげながら暴れだした。

だが、鉄の槍が体に食い込んでいるせいで、その場から動けずにいた。


「ひろ!今だ!やっちまえ!!」


鉄が下がりながら、俺にそう叫んだ。

もちろん、この魔物をここで見逃すなんてこと絶対にありえない。

この一撃で決める。


「頭義流(かしらぎりゅう)抜刀術!一の型!」


鞘に納めたままの刀を、一気に引き抜く。


「状相破斬(じょうそうはざん)!!」


引き抜かれた刀から、先程まで込めていた属性のない魔力が飛翔する斬撃となって魔物に向かっていった。

そして、その斬撃が魔物にぶつかった時、大木のような魔物の体は斬撃がぶつかったところからバキボキと木を折るような音を立てて魔物の体を両断すると、ようやく魔物はその動きを停止させた。


「よっしゃ!!倒した!!」


初めに声を上げたのは鉄だった。

まぁ、そう声をあげたくなるのも仕方ない。

実際、ケルミンとは比べ物にならないくらいの強敵を倒したのだ。

結衣さんも魔物を倒せてうれしいのか雷光さんにずっと興奮した様子で喜びを分かち合っていた。

俺もそれに混ざりたいが、俺の仕事はまだ終わっていない。

むしろ、ここからが俺の仕事だ。動かない魔物に1人近づき、死んでいることを確認すると俺は巫女装束の胸ポケットから、いつも持ち歩いているお札を取り出すと、動かなくなった魔物に張り付けた。


「…その御霊がどうか、神の元へ導かれんことを……」


出来るだけ小さな声でその言葉をつぶやくと、俺はその魔物に火属性魔法で火をつけた。

その火はすぐに魔物の体を包み、お札にも燃え移ると魔物の体は少しずつ光の粒子となって散っていった。

その全てが消えるのを確認してから、俺は皆のいる場所へと戻った。


「わぁ!さっきの何ですか?」


俺の先程の作業を見ていたのか、結衣さんが食いつくように聞いてきた。


「うーん。なんて言ったらいいのかなぁ。浄化?っていうのか?昔から使ってたからよくわからん。悪しき魂を祓う我が家に伝わる秘術みたいなもんだよ」


「ヘー!そうなんですね!すごいです!」


「いやいや、そんなことはないよ」


実際、この力自体は大したものだ。

おそらく魔力さえ込めてしまえば、誰でもできるだろう。

それは過去に試して証明している。

すごいのは、この札の作り方を考え付いたご先祖様たちだ。

だから、俺自体は大したことはない。


「まぁ、今はそれよりもだ」


またしてもがっつりと話したそうにしている結衣さんの話を打ち切って、雷光さんのもとにいる少女の方を見る。

すでに雷光さんに叱られたのか、縮こまってしまっていた。

魔物に襲われたというのもあるかもしれないが、雷光さんの怒り方は尋常じゃない。

一度しか見たことがないが、本当にブチぎれた時の雷光さんの顔は、普段では考えられないような顔をしていた。

…それの簡易版みたいなものを目の当たりにすれば、そりゃそうなるな。

というか、どうりででさっきから鉄と雷光さんが喋らないわけだ。

鉄は俺と一緒に一度その光景を見たことがあるから、空気を読んで喜びを分かち合いたいところをおさえていたのだろう。

結衣さんが食いつくように俺に話しかけてきたのは、この空気から逃げ出したかったからだろう。

そりゃ逃げたくもなる。だが、雷光さんは間違ったことはしていない。

なんせ、裏山に入るときに許可を取っていたのはここにいる4人だけであり、この子に許可を下ろして通したなんて記録は一切なかったからだ。

だから、少しきつめに叱ってくれたのだろう。


「……君の名前は?」


出来るだけ、優しく怖がられないように話しかける。


「……足柄…捺……です」


その名前を聞いて、雷光さんの方を見ると雷光さんはコクンとうなずいて


「足柄殿のお孫さんでござる。夏休みになって自分だけ時間があるから、1人でお墓参りに来たけど、裏山に行こうとしたら止められたから、別の道から無断で忍び込んだみたいでござる」


なんと逞しい子だろうか。

聞いて少し驚いてしまった。

おそらくこの子が来たというのは、裏山の裏側からだろう。

最近変な遺跡が見つかって警備がそれなりにいるはずだが、森の中だということや、この子の身の小ささというものもあるのだろう。

誰にも見つからずにここまで来れてしまったみたいだった。


「……そっか。無事でよかったね」


俺はそう言って優しくその子の頭を撫でた。

そうすると、今まで我慢してたのか、目頭には大粒の涙がたまっていた。


「お墓参りは済んだ?」


ぶんぶんと顔を横に振る少女。


「なら、一緒にお墓参りしようか」


俺がそう言うと、泣きじゃくりながらその子は首を縦に振った。


「あーあ、ひろが泣かせたー!」


鉄がその光景を見て、チャンスと見たのか俺をからかってきた。


「いや、俺のせいじゃないよ!!」


「…せっかく我慢してたみたいだったのに……泣かせたって言われても仕方ないですね!!」


「結衣さんもひどくない!?」


しかも結衣さんからの満面の笑みでの余計な援護射撃付きで、その場の雰囲気が一気にシリアスモードから解放された。

その後は、その子と一緒に足柄さんのお墓にお参りし、各自が行くべき場所へと向かった。


「……久しぶり。母さん、小夜(さよ)」


墓標には、高田家の文字。

ここには母さんと妹の小夜が眠っている。

生きていれば、もう13歳くらいにはなってただろうか。

こちらに戻ってきてから初めてあった妹に、最初は面食らったが明るく素直な子で俺にもすぐなついてくれた。

それが可愛くて仕方なくて、軍で稼いだ金でおねだりしたものを買ってしまい、母さんにはその度に怒られた。

だが、それは過去の話。

もう二度と手に入れることのできないぬくもり。

墓の前でしばらくの間手を合わせる。


「……今度は盆に葵たちと来るよ」


それだけを言い残し、俺はその場から立ち去り墓地の入口へと向かった。

入り口に着くと、皆がすでに各々の用を済ませ立ち話をしていた。

足柄さんのお孫さんは叱られた雷光さんが怖いのか、結衣さんの後ろに隠れていた。


「お待たせ。それじゃぁ、帰ろうか」


待っていた皆に声をかけると……


「何言ってんだよひろ。あんな凄い魔物倒したんだぞ!!打ち上げするに決まってるよな!!」


鉄が俺の肩を掴んで、笑顔でそう言った。


「いや……俺疲れてるから、帰って寝たいんだけど」


「鉄さんに聞きました!洋一さんって料理が上手そうですね!!私少し興味があります!!」


結衣さんも目をらんらんと輝かせ、こちらに詰め寄ってきた。

少しじゃないよな。ものすごく興味津々だな!!

まずい。これじゃぁ俺がこいつらの分の晩飯まで作ることになってしまう。助けて雷光さん!!

助けを求めるように雷光さんを見る。

いつもなら助けてくれる雷光さんだったが、今日は……


「そう言えば、朝にダークマター食わされたって文句言ってたでござるよね?」


助けてくれなかった。


「―――――――っ!!わかったよ!!つくりゃいいんだろつくりゃ!!」


もうやけくそだ。そう叫んでから携帯機器を取り出すと、自宅に連絡を入れた。

この時間なら葵が先に帰ってきてるはずだから、葵が出てくれてるはず。

が、電話に出たのは思いもよらない人物だった。


『よっすよっす!ひろ!!元気ー?』


「………なんでお前が家にいるんだよ、龍馬」


自宅に電話をかけたはずなのに、その電話に出たのは俺の友達の1人、龍馬だった。


『あれ?言ってなかったっけ?明日いつものメンツで遺跡調査に行くぞって』


「これっぽっちも聞いたことがございません」


俺のいないところで、こいつら何勝手に話を進めてんだ。


『まぁそういうわけでお前ん家いるんだわ。そんでさぁ、もう少し話し合いに時間かかりそうなんだよな』


「電話切っていいですか?」


『いやいや、最後まで聞けって』


聞いたところで、嫌な予感しかしないから切ろうとしてんだよ!気づけよこのあんぽんたん!!

そしてこの予想は見事に当たることになる。


『俺らに晩飯ごちそうしてちょ♡』


「ぶっ殺すぞ」


そう言って、俺は一方的に電話を切ると携帯の電源を切った。

……あぁ、夕日がきれいだな……。


「ぼーっとしてないで、さっさと下るでござるよ。魔物が出てくるでござる」


「……あぁ、そうですね……」


はぁ、と俺は大きなため息をつきながら、今日の晩飯何人分作ればいいんだよ……。と変なことで頭を抱えながら山を下った。

結局、山を下り軍に軽く報告した後、足柄さんのお孫さんも混ぜて、計9人ほどの晩飯を俺1人で作らされる羽目になった。

そして意外にも、その場にいた人間同士が意気投合し、それぞれに互いの連絡先を交換していたりした。

その光景を眺めながら、ま、楽しめたのならいっか。

結局、その日は12時になるまで全員で遊び倒し、その後ほぼ全員が床で爆睡してしまった。


「全くやらかしてくれる……」


雷光さんは途中でお酒を買ってきて飲みだしてしまい、酒臭い。

酒癖が悪いのは、雷光さんの師匠でもある紫雷さんに似たのだろう。

他のメンツも場酔いしてしまい、謎のテンションから一気に睡魔に襲われ眠っていった。

その1人1人にタオルケットをかけ、1人ベランダに出るとそこには満天の星空が広がっていた。

夏の蒸し暑さも感じられないほどの涼しい風が頬を撫で、静寂と時折聞こえるセミの鳴き声がまた風情を感じさせた。

……一体どんな夏休みが始まるのだろうか。

あっという間に過ぎてしまった今日の事を考えながらそんなことを思う。

どうか、こんな日々がこれからも長く続きますように。

そう願わずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る