第六章 最終章

第53話 最終話

 パウシュトダンジョンの迷宮地下一階アンダータウン。そこにあるデーイキー・ンムダの酒場の最奥に座るその人物たち。その二人に近づくものは、すでに皆無と言っていいだろう。どんな屈強な男たちも、豪華な装備に身を包んだ者達も、その二人を前にしては、話をするどころではなかった。格の違いというものを、おのずとわきまえているのがダンジョン探索者ヴィジターというもの。ただ、そんな二人に場違いな雰囲気の二人が近づいていく。


「久しぶりやん、メアリ姉さんにゴルドン。二人とも、すっかり伝説になってしもて、ウチ、わらけて声かけづらかったわ」

「ごめんなさい。アオイにあわせた。久しぶり」


 そこに座るのが当たり前だという雰囲気に、周囲がその顛末を息をのんで見守っていた。だが、その姿を知っている者達だけは、かつてのその光景を思い出し、ほっと胸をなでおろしていた。


「お帰り、アオイ。お帰り、ステリ。相変わらずで何よりさね。まぁ、ここしか空いてないから、ここにいるだけさね。もっとも、座ろうとして座れるもんじゃないんだろうけど? 周りが勝手に騒がしいのは、どこでも同じだろうさね。それで? そっちはどうだったのさ?」


 自分たちの飲み物と食べ物を注文し終えたアオイ達をねぎらうように、メアリは二人にそう告げてその後ろをうかがっている。だが、その姿が見えないことに、怪訝な表情を浮かべていた。


「情報屋。アーデは勤勉」

「いや、あれは執念やで? しつこい女は嫌われるってのにやで?」

「なら、アオイが真っ先に嫌われる」

「いや、ウチの想いがいつか通じるってだけで――」

「重い。そう言えば、少し太った?」

「な!? 違うわ! 成長や、成長!」

「どこ? おなか? 鍛錬さぼってる?」

「違うわ!」


 それはかつてのやり取り。しばらくそれぞれ目的をもってこの場を離れていた二人だったが、再会して早々に、いつも通りの雰囲気を醸し出していた。


「もう、アオイの声、大きすぎ。お久しぶりです、メアリ姉さんにゴルドン。ステリも、アオイをからかって遊ばないの」


 そのやり取りの間にやってきたアーデガルド。髪を短く切ったその姿は、それまでの子供っぽさがまるでなくなり、大人の雰囲気を見せていた。彼女が座ると同時に、アオイが先に注文していた飲み物と食べ物が運ばれてきた。


「アーデの分も頼んどいたで。それで、どうやったん? 何かあったん? 情報?」


 再会を祝した乾杯をかわし、アオイはアーデガルドにそう尋ねる。


「その前に、メアリ姉さんとゴルドンに報告するね。おかげさまで、カールは無事でした。そして、その意思も確かめてきました。もう、私を必要としないって言われちゃいましたけど……」


 少し気落ちした感じのアーデガルドに、アオイがすかさず言葉をかける。


「でも、カールも男になったってことやん。久しぶりやったけど、あの顔はすっかり男の顔やったね。『自分の手で王国をつかみ取る』って、なかなか言えんで? それに、そうじゃないと意味無いって気づいたんちゃう?」

「そうね、彼もそう言ってたしね」


 その後、ともにアーデガルドの弟の元に向かったアオイが、その時の状況を補足説明していた。それが一段落したころに、ステリは自分の持つ魔法の道具の解析結果を、皆の前ではなし始める。


「何やそれ!? 要するに、このダンジョンの支配体制争いにまきこまれたってことやんな?」

「赤と青の争い。やはり、あれは鍵だった」


 勝ち誇るステリの顔。その顔に、アーデガルドは自らの疑問を口にする。


「シオンの体に憑依していた彼が、ダンジョンマスターの一部だったって事よね? 新たな支配者としてシェンムーが確定していたけど、彼のオリジナル魔法で地中に埋められてしまった。じゃあ、今のダンジョンマスターは?」

「そうそう、肝心のそこが問題や」


 食い入るように集まる視線を、ステリは涼やかに受け流す。


「言えない。『ひしゅぎむ』というらしい」


 だんまりを決め込んだような姿に、アオイは立ち上がって抗議する。


「何やそれ!? ウチに内緒で、『護符以外にも受け取ってた』ってだけで気が狂いそうやったのに、一人だけ知ってるって、どうなん?」

「優越感」

「はっきり言わんでええわ!」


 ふて腐り座るアオイをよそに、アーデガルドは笑いをこらえてその先を促す。それに頷いたステリは、もう一つの装飾品を皆に見せていた。


「まだあんの!? いや、それあんたの『お宝』やん?」

「それは秘密。あと、これは『お宝』とは違うもの」


 ステリのいう『お宝』によく似た装飾品。その帯の一部が青いその装飾品の中に、見慣れないものが入っている事に気が付いたのは、ステリが一人で旅立ったあとの事だったようだった。


「これは超古代の魔法文字。要約すると、日付的に、明日地下二階の小屋に行けばいいらしい」


 全員に見てもらうようにそれを渡すステリ。食べ続けているゴルドンを除いて、それを受け取った者達は、不思議そうにそれを眺めていく。

 

「何なん? だから予定、早めたん? でも、これにそんなこと書いてあるん? いったい誰が?」


 記号のようなそれをじっくりと眺め、アオイはステリにあきらめたようにそれを返す。


「不明。でも、帝国の魔術学院でも、この文字に詳しい人はいなかった。昔はいたみたいだけど、今はもういない。だから、結構かかった。で、かなり大きな事故があって、そこで亡くなったその人の弟子を名乗る人が偶然見つかった。幸運」

「それって、シオン君のご両親ちゃうん!? そんな都合のいい話あるん?」

「信用できるの? あの事故は、かなりの人が亡くなったって……」

「そうや、それやで? シオン君の両親の弟子ってことは、シオン君の関係者?」

「それも秘密」

「なっ!?」


 睨むアオイと勝ち誇るステリ。その二人のやり取りを微笑ましく見つめていたメアリは、二人をそれぞれ呼びながら、杯を掲げてもう一度乾杯を告げていた。


「明日、行けばわかるさ。今は再会を祝おう」

「ああ」

「なんや、ゴルドン。食べてばっかりで、言葉忘れたんかと思ったわ」

「ああ」

「いや、ちゃうやん、それ!」


 すかさず沸き起こる笑い声。互いに笑顔で頷きあう仲間たちは、それぞれに近況を話しつつ、酒と料理を心から楽しむ。


 それは生者にのみ許された行為であることを、彼女たちは十分よく知っていた。


「乾杯!」


 何度も繰り返されるその言葉。それは今日一日の終わりを意味し、明日への力へと変える言葉。


 生と死の狭間で生き抜く者達にとって、その言葉は価値ある言葉と言っていいだろう。そして、このダンジョンの中で生きる者達の中でも、それは脈々と受け継がれていく。


 そして、今。


 淡い光を放つ魔法陣が、ダンジョンの中で一人の魔術師を呼び起こしていた。

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