第20話 疑惑
ドントの吐き出したその言葉は、決して笑い飛ばせるものではなかった。
ついこの間あった時とは大違いのその姿。かなりの酒気をはらんでいる様子とはいえ、その変わりようは尋常ではない。
ただ、情報屋である彼が情報に関しては『使える』ことをヒバリは認めていたことをアーデガルド達は知っている。いや、むしろヒバリは積極的に彼を使っていたともいえるだろう。そんな彼も、情報屋としてのプライドからか、行き過ぎる行動をとるときがあるという。そんなとき、しばしば人が変わったようになるという事も。
その事をヒバリから聞いて知っているアーデガルド達。
彼が『何らかの情報を得るために無茶をした』と推測する。ただ、彼の暗い炎を湛えた瞳の先にはシオンがいる。今は違うにしても、もともとシオンは『黄金の夜明け』の一員。いわばドントとは同じ組織に所属していたと言えるから、内部で個人的な何かあったのかもしれなかった。
だとしても、ドントの言っている事が全く理解できない彼女たちだった。
「あんな? そんなことしてシオン君に何の得があるん? ――あっ! ウチか!? ウチなんやな? 確かに……、それはそうかもしれへん! ああ、ウチは……。ウチは罪作りな女なんや……」
ただ、アオイはあくまでもアオイだった。一人妄想するアオイを、アーデガルドは見かねて止めに入る。
「アオイ? それはないよ?」
「即答!? それ、なんでなん⁉」
すかさず上げる抗議の声。だが、ステリもメアリもアーデガルドを支持していた。
「同感」
「うん、無いね」
「それ確定なん⁉ なあ、アーデ? どういうことなん!?」
自らの不服をアーデガルドに向けるアオイ。だが、縋りつきそうなその抗議の視線を、アーデガルドは首を横に振って振り落としていた。
「だって、アオイの事……。ものすごい迷惑そうにしてたから……」
基本的に、ダンジョンの通路は結構広い。そこで『戦闘が行われること』が想定されているからなのかもしれないが、それがダンジョン共通のものだった。だから、どんなダンジョンでも基本的に
それはアーデガルド達も例に漏れない。ただ、アーデガルド達の場合は状況により少し陣形を変えるようにしていた。地下四階からの通路を進む場合、ゴルドンとアーデガルドが前列なのは不変として、未知の所や罠が多い所はステリが前列に入り、それ以外はアオイが前列を務めていた。
ただ、パウシュトダンジョンに特徴として、中には狭い通路もある。そういう通路は例外的に前列、中列、後列の二人ずつに分かれることになっている。そして、今回通った所がそうであり、そこでの出来事をアーデガルドはアオイに告げていた。
中列にいたシオンに、最後尾のアオイが何度か後ろから抱き着いていた事を。
「あっ、あれはやな、ほら、あのちっちゃい後姿見てたら、そそら――、守ったらなって思ってやな? ほら、母性ってあるやん? あれやん。妙に刺激されんねん……、わかるやろ?」
「いや、さっぱりだね。それに、あれはさすがに引くね。さすがのあたいも、ちょっと見ないでおこうって思ったからね」
シオンの隣で歩いていたメアリ。彼女はその時の事を遠目で語る。そして、探索中背中でその気配を感じていたのだろう。その意見に、ステリも首を縦に振っていた。さらに、珍しいことにゴルドンまでも。
「なんなん? みんなして!? ウチはただ、自分の気持ちに正直に――。ハッ! これが嫉妬というやつなん⁉」
「黙れ! だまれ、黙れ! だまれ!」
さっき頷いていた事を覗けば、始終無言で杯を重ねていくゴルドンの隣で、アオイは斜め上の抗議の声を上げていた。だが、そんなアオイの話を真に受けて、隣にいたドントが半狂乱の声を上げる。その拳を振り上げて。
その狂気じみた行動に、瞬間的に静まるアーデガルド達。ただ、場をしらけさせた張本人は、何か呪詛のような言葉を小さく繰り返すだけとなっていた。
そんなドントを、アオイが実力で追い出そうと無言で立ち上がろうとしたその時。アオイに対して制止の手を見せたメアリが、そのままドントに話しかけていた。
「やめな、アオイ。なあ、ドント。あんたが何を考えているのかは知らないよ。あんたが何を知っているのかも知らない。でもね、あたいらは『あたいらの考え』で行動してるんだ。それに、前にヒバリがいったよね? この場にあんたがしゃしゃり出てくる理由がないんだよ。自分で勝手に来たんだ、自分の意志で消えな。それに……。あたいらは目の前でヒバリは殺された……。その事実に変わりはないね。それに、そのあとだよ、坊やが来たのはね」
そこでいったん言葉を切ったメアリ。ほんの少し間を置き、彼女はその言葉を口にする。
「――ヒバリの死に、坊やは関係ないよ。それに、元々誰かが責任云々とか――。そんなこと、意味ないんだよ。ヒバリがそれを望むわけないしね……」
それはメアリが自分のみならず、そこにいる全員に向けた言葉だったに違いない。ヒバリとの付き合いが一番長いメアリだからこそ、はっきりと言えることなのかもしれなかった。
ただ、そのあと大きく息を吐きだしたメアリ。吐ききったそのあとの言葉は、さっきまでとは違う口調になる。
「バーンハイムの事は知ったことじゃないね。第一、バーンハイム達の行方が分からなくなったのは、ダンジョンの深部じゃないのかい? その時は坊やも同じ
シオンがアーデガルド達に
「そりゃ、聞いた時は驚いたよ。戦闘時に転移する行為は危険なのにさ……。『全滅するしかない状態だからやむを得ない』って言ってたよ……。その気持ち、今のあたいはよくわかるよ。しかも、その指示はバーンハイムが出したそうじゃないか。坊やはそれに従ったまでさ。下手すりゃ自分もダンジョンの壁の中に行っちまうかもしれないんだよ? もし、シオンがバーンハイムを害そうと考えたとして、わざわざそんな危険を冒さなくてもいいと思わないかい? 戦闘前にこっそり自分だけ
メアリの静かな物言いは、確かな説得力を持って皆を包む。だが、一人だけ浮かない顔のアーデガルドに向けて、ドントは短くその事を告げて立ち去っていた。
「なんなん? あれ? 『少しでも疑念があるなら聞きに来い』やて? アーデもアーデや。アンタ、シオン君の何疑ってんの? 疑うことある? いや、いや、ない、ない。あるわけないやん? アホちゃうん?」
大げさに、あきれてものが言えない態度を示すアオイ。だが、アーデガルドは何かを考えているようで、アオイのその声を聞いていなかった。
「アーデ?」
その様子に、メアリがその顔を覗き込む。
「あっ、いえ……。でも、やっぱり勘違いだと思います……。自分でも『何考えてるんだろ?』って思ってるから……」
「なんなん? アンタらしくないで?」
はっきりしないアーデガルドの態度。それを見かねたアオイが、その会話に言葉をはさむ。しかも、「言いたいことはちゃんと言う」とアオイのその目は訴えていた。
「アオイ……。ごめん……。自分でもわからないよ……。ただ、ちょっと気になることがあったのを思い出して……。あの時、シオンはなぜ
その衝撃の事実に、皆の口は開いたまましばらく塞がらなかった。
ただ一人、黙々と食べ続けているゴルドンを除いては――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます