第10話 阻む風
銀髪の美しい青年が窓のすぐ側の上等な椅子に腰掛け、無言で仕事の書類に目を通していた。
昨日は泣き顔を拝見したけど、普段は物静かであまり感情を表に出さない方のようだ。
紙が擦れる音と、サラサラとペンを走らせる音だけがする。
「紅茶でございます。」
「ん、……ありがとう。」
なるべく仕事の邪魔をしないように、短い言葉で紅茶をテーブルに置くと、わざわざ顔を上げてお礼を言ってくれる。
若干嬉しそうに見えるのは気のせいじゃないだろう。
私がまだ呪いが残るレオポルド様の近くに居られるのは理由がある。
*****
「まず初めに呪いが発動する条件を調べたいと思います。」
たった今レオポルド様付きの侍女に任命された私は、同時に呪いの調査を進めていく。
「今までレオポルド様に食事などを提供したり、書類の受け渡しや会議などはどうしていたんですか?」
「部屋に入ってすぐのところに食事をカートごと置いてもらったり、端に寄せたソファに書類を置いてトールキンに持っていってもらったりしてたよ。会議はできないから風魔法でドアの前のトールキンに声を送って指示を出したりしていた。」
なるほど。今までは一切近づかないようにしていたということね。つまり呪いの細かいことは何も分からないってことかしら。
はぁ、とため息が出そうになるのを堪え、一から調査を始めることにする。
「これからは私が近くまでお食事をお持ちいたします。お言いつけくだされば私が書類を必要な人の元へ運ぶようにしますが、宜しいですか?」
「それではまた君が怪我をしてしまうかもしれない……」
レオポルド様は恐怖にブルブルと顔を横に振って拒否する。
が、それを私は笑顔で却下する。
「私は防御魔法を習得しております。防御をかければ、昨日のようなことにはなりません。」
目の前で自分の体を覆い尽くすような防御魔法をかけてみせる。
一瞬感心したように見えたレオポルド様だが、すぐに暗い顔に戻る。
「それでも僕の風魔法を防げるかどうか……」
レオポルド様の呪いの風はそれほど強い。
それでも私は負けない。呪いに負けないということをレオポルド様にお見せしなければ。
「大丈夫です。その時はまたレオポルド様の魔法で治してくださいませ。わたくし、レオポルド様が治癒魔法を使うところも拝見したいんですの。それに近づかないと調べることも、ましてや解呪することなんてできませんわ。」
そう言って、遠慮なくツカツカとレオポルド様に近づく。
レオポルド様はビクッと身構え、体の前に手のひらを出して、こっちに来るなのポーズを取るが、気にしない。
レオポルド様との距離が2メートルを切ったあたりで、ヒュルルッと風が逆巻く音がした。
昨日受けたばかりだが、思ったよりも強そうな風の勢いに、急いで土の防壁を目の前に出現させる。
慌てて出した中途半端な壁だったからか、風が当たるとすぐに破壊され、風は勢いも衰えずこちらに向かってくる。
手を顔の前でクロスさせ、咄嗟に体を守ろうとするも、鈍い音と共に防御魔法が霧散するのが見えた。
両腕には昨日よりは浅いものの、くっきりと線のような傷ができ、血が滲んでいた。長袖が破れ、ハラリと垂れ下がる。……紙で手を切った時のような地味だけどビリビリと痛みが走る。それでも私は顔にはおくびにも出さず、この程度何ともありませんわと笑ってみせる。
「ほらっ、もう無茶なことはやめるんだ。」
すぐに近づいてきて、私の腕の傷を木魔法で繋ぎ止めて止血し、水魔法で回復をしてくれる。複数の魔法が素早く傷を治していく様は、見ていて面白い。私は痛みなんか忘れて本気で笑っていた。
「こうやって傷を治すんですのね。素晴らしいですわ。レオポルド様は風魔法だけでなく、木魔法と水魔法も使えるんですのね!」
「……痛いだろう。どうして平気そうな顔をするんだい。」
それでも傷を見たレオポルド様は痛そうに顔を歪めていた。やはり辛いことを思い出させてしまったかもしれない。……私が傷を負うたびにこんな悲しそうな顔をなさるのかしら。
「私よりもレオポルド様の方が痛そうな顔をなさっておいでだからですわ。」
苦笑いでそっとレオポルド様の頬を触り、もうこんな顔なさらないようにしてさしあげたいのです……と続ける。もっと強くなるにはどうしたらいいだろう。私がレオポルド様の魔法を受け流せるくらい強ければ……。
レオポルド様は悲しそうな顔なのに青ざめてはおらず、むしろ赤い。
何か言いたそうに口を開きかけるが、何も言わず見つめたまま動かないでいた。
次の瞬間、何かを決意したと思ったら、突然踵を返す。
「……分かった。僕は図書室に行ってくる。次に会うのは1時間後だ!」
「えっ!?レオポルド様、朝食はいかがなさいますの?」
「いらない!」
と捨て台詞のように吐き捨てたあと、部屋を出て行ってしまった。
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