呪いをかけた悪役令嬢、追放された先で呪われた辺境伯に甘やかされる
あるもじろ
第一章
第1話 プロローグ
「グリーゼル、お前との婚約は破棄する!!」
ついにこの時が来てしまった!
婚約破棄からの断罪イベント。
私は目の前で人差し指を突き出す男を静かに見据える。
この後死罪を突きつけられる覚悟を抱いて――。
目の前にいるのは、私の婚約者エルガー殿下。
別の女性を片手で抱き寄せながら、私に向かって婚約破棄を宣言している。
抱き寄せられた女性――ナーシャ嬢は、エルガー殿下と同じ金髪で、儚げな可愛さがある。
黒髪の私より、彼女の方が王子とお似合いだと
更に最悪なことに、ここは王宮の一室でも侯爵令嬢である私の屋敷の一室でもない。
多くの貴族が集まる華やかなパーティーで、私は見せ物にされていた。
犯罪者を見るような視線を背中にヒシヒシと感じ、私は震えそうな手をギュッと握る。
ただ……こうなることはずっと前から知っていた。
*****
――婚約破棄まで、あと一年。
薄暗い部屋の中で不気味な装飾が所狭しと飾られている。
ぼんやりと光る緑の炎の前で怪しく笑っている私は、さぞかし不気味な女に見えるだろう。
「ふふふ……。これでエルガー殿下からあの泥棒猫を引き離すことができますわ。男爵令嬢の分際で侯爵令嬢である私の婚約者を取ろうとするなんて、絶対に許しませんわよ」
目の前の緑の炎を睨みつけ、これまでのことを思い出す。
金髪碧眼で眉目秀麗なこの国の王子様――エルガー殿下。
物語から出てきたような素敵な王子様が私の婚約者になったと聞いた時、胸が躍った。
将来この方が私に愛を囁くんだと、何度も夢見た。
あの時の私は完全に恋に恋する乙女だった……。
エルガー殿下が私に愛を囁くことはないなんて知らずに。
私の恋心は簡単に打ち砕かれることになる。
ナーシャ嬢と一緒にいるエルガー殿下を頻繁に見てしまったからだ。
それも手を繋いでいたり、肩や腰に手を回していたり、仲睦まじい様子。
私は恋心と同時に侯爵令嬢としてのプライドまで、ズタズタに引き裂かれた。
婚約者より親しくしている女性というだけで、
婚約者なのに王子に目も向けられない侯爵令嬢として笑い物になることは間違いない。
あそこまでナーシャ嬢だけに夢中なエルガー殿下は、きっと私のことなんて眼中にない。蔑ろにされる未来が見えている。
しかもそれだけでは収まらなかった。
友人と城内を歩いているところで、エルガー殿下とナーシャ嬢が親しげに見つめ合う所を見てしまったのだ。
ナーシャ嬢の腰に手を回したエルガー殿下。
その甘い雰囲気はまるで恋人同士。
そして事もあろうかナーシャ嬢は、エルガー殿下の唇に自身の唇を押し当てた。
そしてエルガー殿下の胸に顔を埋めた後、こちらを見てニヤリと笑ったのだ。
それにエルガー殿下は気づくこともなく、頬を染めた優しい笑顔をしていた。
私には一度も向けられたことがない優しい笑顔。
そう一度もだ。
エルガー殿下と婚約して数年、何回もお茶会や城内でデートをして交流を深めてきた。
王子らしい凛々しい笑顔を向けられることはあっても、あそこまで砕けていて愛おしい者を見るような顔は見たことがない。
あまりの絶望に、底なしの闇に落ちていくような気持ちになった。
元々私が希少な闇属性の魔力を持っていたことは幸いだったのか、災いだったのか分からない。
呪術にのめり込み、ナーシャ嬢に呪いをかけるまでそんなに時間はかからなかった。
しかも既に今、何度目かの呪いをかけようとしているところだ。しかし見慣れた筈の緑の炎から、見たことない灰色の煙がモクモクと上がってきた。
「……えほっ! こんなに煙が出たことは……」
涙目になりながら煙に目をやると、突然炎の近くでパンッと破裂音がした。
驚いて目を白黒させていると、また今度は斜め上でパンッと破裂音。
それが引き金になったかのように、あちこちが破裂音で埋め尽くされる。
「い……いけませんわ!」
今かけているのは精神干渉系の呪い!
暴走すれば、呪術者――つまり私の人格にも影響が出かねない!
しかし焦って手を目の前でバタバタさせ、逃げようとしてももう遅い。大きくなる破裂音に囲まれて、そのまま意識を手放した。
*****
……暫くして目を覚ますと、私には私ではない記憶が宿っていた。
この世界ではない日本という国で、システムエンジニアとして働いていた女性の記憶。
いわゆるリケジョというやつだったけど、そこまで高給でもなく、低賃金でいろんな会社に派遣されて、最後は激務で徹夜明けにフラフラになりながら帰る途中に交通事故で死んだ。
しかもそれだけではない。
今私がいるこの世界は、たまの休みに息抜きとしてやっていた、乙女ゲーム『王子たちと奏でる夢』の世界だ。
エルガー王子はパッケージに一番大きく描かれているメインの攻略対象者。
ナーシャ嬢はヒロイン。
他にも一致する点は多い。
なにより一番の決定打は、今は爆発で乱れているが、このゆるく巻いた黒髪、吊り上がった目、ヒロインを呪う自分自身。
グリーゼル・ツッカーベルクは、『王子たちと奏でる夢』では悪役令嬢としてヒロインを呪った罪で、最後に断罪されて死刑になる!
あと一年の命を悟って絶望し、そのまままた気を失った。
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