228.『贈り物』の後で
純白に染まっていた視界が、色を取り戻す。
麻痺していた聴覚も、熱感も、落ち着いてくる。
――森の広場は、倍くらいの面積になっていた。
俺とノディーテの魔力砲撃により、周囲の樹々が吹き飛んでいる。天の使いが立っていた場所は、深いすり鉢状に
どうやら無意識のうちに、砲撃の威力を一点に集中させていたらしい。
いや、それとも。
あの天の使いが、わざとその身に砲撃を集めたのかもしれない。
いずれにせよ、あのまま魔力砲が直進していたら、地形は大きく変わっていただろう。
ぱちん、ぱちんと木の枝が
俺は大きく息を吐いて、吸った。けれど落ち着くどころか、むしろ心臓の鼓動が激しくなった。
自分の頬に手をやる。
最後、天の使いが俺の頬に触れていった。あのときの顔は、今でも鮮明に思い出せる。
「……先生」
もし。もし、だ。
天の使いの正体が本当に『恩師』だったとしたら。
俺は……今の自分があるのはその人のおかげと言っても過言じゃない恩人を、この手にかけた。
なぜだ。どうしてなんだ。
どうして、天の使いは先生と同じ顔をしている。先生と同じ微笑みを浮かべたんだ?
脳裏に蘇ってくる口調は、幼い頃に聞き馴染んだ、俺が最も尊敬するあの人そのもの……。
ぐしゃりと前髪をつかむ。
生暖かい風がひどく心をざわつかせる。
「俺は……」
『お兄!』
そのとき、俺の胸に温かい感触があった。
真っ赤なツインテール。巨大なガントレット。魔王の姿と力を取り戻したノディーテだ。
俺と目を合わせた彼女は、ニッカ、と笑った。
『そんな沈んだカオしなくて大丈夫だって!』
「ノディーテ……」
『ウチにも聞こえたよ。あの白い奴が最後に言ってた台詞』
俺の胸から離れる。ノディーテの声には張りがあった。
ああ、そうだ。そうだったな。魔王ノディーテは、底抜けに明るくポジティブな魔王だった。
『あいつ、また会おうって言ってたじゃん。だから大丈夫。また会えるよ』
「お前にも聞こえたんだな。じゃあ、間違いない、よな」
『そうそ。ウチにとってはちょーっと納得いかないけど。まあ、お兄の知り合いだったら大目に見てやるかー』
ガントレットをぶんぶん振り回しながら言うノディーテ。
励ましてもらった――そう気づいて、ようやく俺は肩の力を抜くことができた。
ふと。
魔王がガントレットを掲げる。俺の腕に近づけた。まったく同じ形をしたガントレット同士が、こつんと音を立てる。
『それにしても、同じ技でどっかーんって。すごく
「お前は無邪気だな」
『もしかしてお兄って、魔王の素質アリ? 実はウチと同じ?』
一瞬、言葉に詰まった。
ギフテッド・スキル【境界転現】――一時的に魔王の力を呼び起こすスキル。
本来は、一度人間になったノディーテがかつての力を取り戻すためのものであるはず。
――天の使いは、『証明してみせよ』と俺に言った。俺が何者であるかを。
俺は。
魔王じゃない。
勇者でもない。
子どもたちを助け、導く。そのために力を振るう男だ。
天の使いは、俺が魔王の力に呑まれなかったのを見届けたのだろうか。だから、反撃を一切せず消え去ったのだろうか。
瞑目する。
そのときだった。
《天の使いにより、イスト・リロスに新たな加護が与えられます》
唐突に聞こえてきた天のメッセージ。
メッセージは続く。
《経験値の流入を遮断。以後、イスト・リロスのレベルを65に固定します》
レベル固定。
天の使いの言葉を借りるなら、それはこれ以上俺の中に邪気が流れ込まないようになったということ。
昨日までの俺なら、レベル固定なんて言われたら『何かの呪いだ』と考えただろう。
今は――あの『先生』の面影を残す天の使いからの、大きな贈り物だったと思える。
俺が何者であるかを証明できた。認められた。そういうことなのだろうか。
「む……」
腕にわずかな脱力感。【境界転現】により現れていたガントレットが、音もなく消え去った。
ノディーテは魔王化したままだ。頬を膨らませて俺を見ている。
『お兄。そんなにウチと同じはイヤだったのかね?』
「違うよ。本物には勝てないってことだ」
『じゃあ、お兄のぶんはウチが頑張るさ』
心なしか、魔王ノディーテの魔力が強まる。
『この姿なら、どんな奴が来たって負けないよ。今度ヤバいのが出てきたら、どんどん命令してね。お兄!』
「期待してる。頼むぞ」
答えながら、考える。
――結局、天の使いは魔王化したノディーテを無傷で見逃した。
レベル限界を超え、境界を踏み越えた人間を許さない天。だが、それならなぜ彼らは、初めから魔王やモンスターに直接、手を下そうとしなかったのだろうか。野放し状態にしていたのだろうか。
答えてくれる者はいなかった。
ノディーテが表情を引き締める。
『じゃあ、お兄』
「ああ。わかってる。行こう」
天の使いのこと。『先生』のこと。まだわからないことは多い。
だが今は、リオたちの方が大事だ。
俺はノディーテに手を差し伸べる。彼女を抱きかかえ、再び【重力反抗】で浮き上がった。巨大なガントレットをぶら下げていても、重さはほとんど変わらない。
リオたちが逃げたであろう方向を見る。
加速しようと集中したとき、にわかに森がざわついた。
あちこちから、何かが飛び上がってきたのだ。
大きさも、特徴も、そして強さもまちまちな飛行型モンスターたちの群れだ。
咄嗟に臨戦態勢を取る俺とノディーテ。だが、モンスターたちはこちらには見向きもせず、森の一角へと飛んでいく。
嫌な、非常に嫌な予感がした。
『お兄……!』
「急ぐぞ。しっかりつかまれ、ノディーテ」
――待ってろ、リオ。皆。
すぐ行く。
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