193.勇者への来訪者


 六星館の敷地が見えてきた。

 正門の前で、見慣れた鉄馬車が落ち着きなく行ったり来たりしている。


「レーデリア。ただいま」

『うわああああん、マスタぁあああ! お帰りなさいぃぃいい!』


 こちらに突進してきそうな勢いの鉄馬車レーデリアをやんわりと制する。背中のリオは、変わらず眠り続けていた。

 ノディーテが暢気に手を挙げる。


「やっほレーちゃん。鉄馬車の姿でお出迎えなんて気合い入ってるね。どっか行くの?」

『いえあの。マスターたちがなかなか戻らないので、これはいつでも駆け付けられるようにしておくべきなのかと――ハッ!? 我はまた、出しゃばったことを!? ゴミ箱が館前をうろうろするなんて不審物を通り越してご近所様を恐怖の底に落としてしまうのでは……っ!?』

「そーだねー。鉄馬車レーちゃんの動き、キレッキレだったもんね。御者もいないからそりゃ怖いかも」

『うわあああああんっ!』


 こら、とノディーテを叱る。ツインテールの元魔王はぺろりと舌を出した。

 俺はレーデリアに詫びた。


「遅くなってすまない。心配をかけた。しばらくをもてなしていたんだ」

『客人? あ、空から落ちてきた人間ですね』


 俺の背中で眠るリオを、レーデリアは恐る恐る覗き込む。


『マスター。改めて見ると、この人間……不思議な気配がしますね』

「やはりお前も感じるか。この子、ギフテッド・スキル所持者だそうだ」

『な、なんと!?』


 なぜか数歩あと退ずさる鉄馬車。


『アルモアのときのように睨まれてはいけない……我は無害……我は背景……』

「こらこら。この子はレーデリアを取って食ったりしないよ。仲良くしてやってくれ。まあ……少し活動的すぎるかもしれないけど」


 ……最後の一言は余計だった。

 ブルブル震えだしたレーデリアをなだめてから、俺たちは館に向かう。扉をくぐった途端、今度はミテラと出くわした。


「イスト君! ノディーテ! もう、こんな時間までどこに行ってたのよ」

「悪い。実は、この子に付き合って街を散策していたんだ」


 背中のリオの寝顔を見せる。


「詳しくは後で話すけど、とにかく元気な子でさ。商店街とかあちこち歩き回って、さんざん振り回されてたら、こんな時間だ――って、ミテラ?」


 苦笑しながら話していた俺は、首を傾げた。

 ミテラが顎に指先を当て、何か考え込み始めたからだ。


「イスト君。街を散策しているとき、フィロエたちに会わなかった?」

「いいや。会ってないよ」


 どうやら俺がいなくなったと心配して、フィロエたちが捜しに出たらしい。それは悪いことをしたな……。

 ミテラは怪訝な表情を崩さない。


「実はね、少し前に一度、フィロエたちが帰ってきてたの。ルマさんがギフテッド・スキルを使っても見つからなかったと言っていたわ」


 ルマのギフテッド・スキルといえば、【全方位超覚】か。

 彼女も俺と同じ方法で捜したのか。だが、借り物スキルの俺に対して、本家本元のルマがスキルを行使しても見つからなかったなんて。


「これはもしかしたら街の外に出かけたんじゃないかって思ったわ。クルタスさんなんか、お腹を自分で斬ろうとしていたわよ。護衛失格だって。なだめるの大変だったんだから」

「それは本当に悪かった。けど、俺たち三人は街の外になんて出ていない。普通に大通りの中央商店街を歩いて回ってただけだ。確かに人通りは多かったけど、それはいつものことだと思うぞ」

「じゃあ、フィロエたちの見落とし? あの子たちがイスト君を見失うなんて、すごく珍しいことじゃない?」


 なるほど。ミテラが考え込んでた理由が分かった。


 ギフテッド・スキルを持ったエルピーダの面々による全力捜索。そこから逃れるなんてあり得ないんじゃないかということだろう。ましてや俺たちは、別に隠れるつもりもなく、目立つ場所を普通に散策していただけなのに。

 何なら他の人たちより騒がしかった自信もある。


「それってさあ。リオちーの力じゃない?」


 ふと、ノディーテが言った。眠そうにあくびをしている。


「きっとさ、楽しい時間を邪魔されたくなかったんだよ」

「リオちー、って?」


 ミテラが尋ねる。

 俺は簡単に事情を説明した。


 背中で眠るこの子の名がリベティーオ・グロリアであること。

 遠方の国、ディグリーヴァ聖王国のルオ・グロリアから俺に会うためにやってきたこと。

 良く言えば天真爛漫、悪く言えばわがままと無謀の塊で、今日この時間まで振り回され続けていたこと。

 とりわけ、飛行船から何の備えもなしに飛び降りた件については、さすがのミテラも頭を抱えていた。


「呆れた……そういうことだったのね。とにかく中に入って。もう少し詳しく事情を聞きたいわ。そのリベティーオさんも休ませてあげないとね」

「ああ」


 うなずいたときである。館の扉が開かれた。


「おう、ボス――じゃない、イストよ。戻っていたのか」

「グリフォーさん」


 グリフォー・モニ。

 この六星館の元々の主であり、実力、経験ともに優秀なベテラン冒険者だ。

 現在は引退し、俺たちエルピーダの一員となっている。

 ミテラが主に『孤児院』エルピーダの運営を支えているなら、グリフォーさんは『ギルド』エルピーダの支柱となっている。


 確か今日も、ギルド連合会支部へ定期報告に出かけていたはずだ。

 まったく、頭が上がらない。


「お疲れ様です」

「なに。引退した身にはちょうどいい雑務だ。こき使ってくれて構わんよ」


 グリフォーさんはいつもの豪快な笑みで言った。

 エルピーダに加わるにあたり、俺は彼に、以前と同じように接して欲しいと頼んだ。

 さすがに一回り以上年上の実力者から、『ボス』と呼ばれるのは収まりが悪い。

 前と変わらない口調と態度が心地良かった。


「そうだイスト。ちょうどよかった。お前さんに客だ」

「客?」

「連合会支部からの依頼だよ。ぜひ会って話をして欲しいんだとさ」


 グリフォーさんが場所を譲ると、代わりに一人の男性が入ってきた。

 質の良い燕尾服を着こなした、初老の執事である。

 彼は俺たちの前に立つと、丁寧な仕草で礼をした。


「私はギールトー・キア。リベティーオお嬢様の教育係を仰せつかっております。この度は急な申し出でご迷惑をおかけしました。勇者イスト・リロス様」


 俺に精霊魔法で手紙を送ってきた、あの執事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る