144.パルテの過去最高


 ――夕暮れの街中を、レーデリアの鉄馬車が早足に駆ける。


「ねえ」


 御者台で、落ち着かない様子のパルテが言った。


「本当によかったの? あたしで」

「どうした、改まってそんなこと」

「だって……」


 うつむいている。ちょっと、らしくない姿だ。


 メンバー分けはそれぞれの特性を考えてのことだ。徒花から身を守るために、【障壁】や【絶対領域】が使える俺とフィロエは別々にすべきだし、移動手段となるのはレーデリアの他にアヴリルがいるから、契約主であるアルモアもセットの方がいい。あとは人数的に半々になるように振り分けた。


 ――というような話をパルテにするものの、やはり彼女の表情は晴れないままだ。


「だって姉様だよ? あの綺麗で淑やかな姉様があんたの隣にいた方が絵になるに決まってるじゃん」


 パルテは力を込めて訴える。姉が大好きな彼女らしい言だ。

 うん、まあ……正直、歯止め役がいない状況でルマと一緒だと、後で説明に困る事態になりそうだとは、ちょっと思ってた。わかってるんだけどね、あの子だって時と場合はちゃんとわきまえてるってことは。ゴールデンキングの潜入時にその姿は見せてもらったし。


 それにしても、身内だけの状況でパルテが一切噛まずに喋るっていうのは、相当緊張している証拠なのかもしれない。


「大丈夫だ、パルテ」

「な、なにがよ」

「俺はお前が姉に劣っているなんて思っていないし、パルテが必要だから同行を頼んだんだ。この除草薬の効果、一緒に確認して欲しい。期待してる。頑張ろうぜ」


 隣にいた彼女の頭をポンポンと軽く叩く。

 パルテはしばらく黙り込んだ。俺は鉄馬車の操作に集中する。


「なによ。なによなによ、なによ」


 ぶつぶつと彼女の口から言葉が漏れる。


「あたしはねえ! 姉様にょ凄さをだりぇよりも知ってりゅから言ってりゅのよ! 姉様と比べらあたしなんてゴミ箱にゃんだからね!」

『その気持ちわかりますパルテ!』


 それまで大人しく御者台に座っていた人型レーデリアが、いきなり話に参加してきた。ゴミ箱に反応したのか。


『この世に凄いという言葉ほど我に似つかわしくないものはありません! その言葉は我よりも別の人が相応しいと思う気持ち、よぉおおくわかります!』

「でしょ⁉ でゃいたいね、姉様をしゃし置いちおくにゃんてそんにゃこつぉはきゃみがゆりゅしてもあたし自身がゆりゅちぇないんだきゃら!」

『わかります!』

「わきゃるでしょ⁉」


 わかるんだ。


 というかパルテよ。安心したのか興奮したのか、どっちですかい。もはや噛んでるってレベルではなく聞き取り不能なんだが。過去一の噛み具合だぞこれ。


 なぜかレーデリアはめっちゃ共感してるし……。

 あれかな。前々から少し思ってたけど、この二人って気が合うのかな。初めてエルピーダに迎え入れたときも、人見知りの激しいレーデリアが比較的簡単に懐いていたし。


『わかります!』

「わきゃるでしょ⁉」

「落ち着け」


 ――目的地のギルド・アリャガが見えてきた。


 まだギルドに残っていたミウトさんにひと声かけてから、地下水路の入口に向かう。


「パルテ。そこでじっとしててくれ」

「な、なに?」


 身を固くするパルテに【障壁】を使用する。これで徒花の影響を避けられる。全身を薄らと包んだ輝きを見て、少しだけパルテが残念そうな顔をした。なぜだ。

 気を取り直して、自分自身に【障壁】をかけようとしたとき、レーデリアが袖を引いてきた。いつの間にか鉄のゴーレムも待機している。


『マスターは我が』


 そう言うと、レーデリアとゴーレムの身体が共に光に包まれる。そして、以前ゴールデンキングの地下施設に入ったときのように、俺の身体を守る鎧へと変化した。聖魔王に生まれ変わったためか、今度の鎧は全身を覆う甲冑スタイルだ。


「凄……」


 パルテが小さく零す。確かに凄い性能だ。頬の部分まで兜で隠れているのに、視界はむしろ広くクリアになっている。重さもほとんど感じない。

 レーデリアの声が頭に響いた。


『これで徒花から守れるはずです』

「ありがとう。よし、行くぞ」


 パルテを引き連れ、地下水路への扉を開ける。湿った階段を降りる途中、壁に這う徒花の蔓を見た。前回来たときよりも、心なしか生長しているように感じた。

 こんな短期間で……すぐに動いて正解だったかもしれない。


 水路に出る。徒花の群生地はさらに強い輝きに包まれていた。よく見ると、蕾がいくつか花開いている。


「これが、元凶の植物……」

「パルテ。いったん下がっててくれ」


 除草薬の小瓶をひとつ手に取り、俺は慎重に歩を進めた。群生地に踏み込む。

 途端、花のひとつが大きく膨らんでいった。まるで俺を丸呑みにするように覆い被さってくる。


「イスト!」

「大丈夫だ」


 駆け寄ろうとするパルテを制する。

 花の動きはゆっくりだ。焦ることはない。俺は一歩下がり、空いた方の手を握りしめ、思いっきり徒花を殴りつける。

 レーデリアの力が通っているのか、拳の一撃を受けた途端に徒花は元の大きさに縮んでいった。


 こいつは、確実に除草しないといけない。


 瓶の蓋を開け、少しずつ中身を徒花に垂らしていく。除草薬の数は有限だ。散布する場所と効果を慎重に見極めないといけない。


 結論から言えば、杞憂だった。


 除草薬の効果は劇的で、まるで薄い紙にロウソクを当てたときのように、除草薬がかかったところから瞬く間に枯れていった。それどころか、枯れ葉すらもボロボロになって消滅していく。


「やった、イスト!」

「ああ。成功だ」


 ちょうど瓶一本分を使い切ったとき、すべての徒花が地下水路から消えた。

 ついでに、水路脇に繁茂していた藻の汚れも綺麗になっていた。

 瓶の蓋を閉め、安堵の息を吐く。


 ――が、その直後だった。


 徒花があった場所が突如として強く輝きだした。光は複雑な紋様を描いていく。

 光の中心には、地面に転がった小さな種があった。

 紋様の形に見覚えがある。


「これは――転移陣⁉」


 ギフテッド・スキルで抑え込もうと手のひらを向けたのとほぼ同時に、種は転移陣によってどこかへと消えてしまった。

 地下水路に沈黙が降りる。


『マスター』


 レーデリアが真剣な声で告げた。


『力のざんを感じます。おそらく、最初から転移陣は徒花に仕込まれていたのでしょう。人間を取り込んだ後、最後に枯れるときに自動で転送されるように』


 キエンズさんの懸念は、どうやら的中してしまったようだ。


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