72.それぞれの意気込み


 ――試験当日がやってきた。


 俺たちは十分に準備を整えた上で、集合場所であるギルド連合会支部へ向かった。

 すでに大勢の受験者たちが集まっている。パッと見た印象では、まだ経験が浅く若い人間が多いような印象だった。

 あと、思ったより試験を受ける女性が少ない。探索者レンジャー試験の特徴なのだろうか。


「いよいよですね。でも、イストさんは緊張なんかしてなさそうだし、さすがですよね」


 フィロエが当然のように言う。違うから。

 俺は今、フィロエ、アルモアと打ち合わせをしていた。ルマたちは先に行かせている。


「それに引き換え、リギンはもうガッチガチに緊張してるし、ルマさんたちは逆に緊張感がちょっと足りないというか、リラックスしてる感じですよね」

「もしかしてあの双子、まだ探索者レンジャー試験がどういうものかよく理解してないんじゃない?」


 そう言って眉を下げたのはアルモアだ。

 ルマたちの決意が本物なのはわかっている。ただ、彼女らから聞いた話だと試験参加はほとんど思いつきのようだったので、十分に情報収集できていないことはあり得る。


 探索者レンジャー試験の目的は『探索者としての適性確認』――すなわち『必要な情報を得た上で帰還できるかどうか』だ。

 会場にはモンスターも放たれている。それらを狩って素材を持ち帰ることも試験の中身に含まれているのだ。


「試験の方は俺がフォローするよ。フィロエ、アルモア。お前たちの方は頼んだぞ」

「はい。わかってます。異変があったらすぐ駆け付けますので」

「いざとなったら私に任せて。精霊魔法とアヴリルの力で、現場まで飛んでいくから」

『とぶ、とぶ!』


 頼もしい連中だ。

 打ち合わせを済ませたら、試験に不参加のフィロエたちとはいったんお別れだ。


 受験者たちが待機するホールに向かう。そこで皆も待っているはずだ。

 待合ホールの入口でリギンに捕まった。


「先生! 先生! やばいよやばいよ、俺メッチャ緊張してきた!」

「気持ちはわかるが、落ち着けって」

「うわー、喉がカラカラに渇いてきた! あー!」

「それならあっちに水場があったから、水分補給してこい。冷たい水を飲めば、少しは違うだろ」

「そうする!」


 慌てて走っていくリギン。

 こりゃ試験が始まったらよく見てやらないとなあ。なにをしでかすかわからないぞ。


「ルマたちも大丈夫かね」


 俺は多くの受験者がたむろする待合ホールへ入った。

 しかし、双子姉妹の姿が見当たらない。


「どこに行ったんだ?」


 双子を探す。

 しばらくして、ホールに繋がる通路に彼女らの姿を見つけた。


 俺は眉をひそめる。

 ルマとパルテの前に、見知らぬ3人の少女たちが立ち塞がっていたのだ。


「あっはっは。そんなみすぼらしい格好で、よく試験を受けようと思ったわね」


 3人のうち真ん中の少女があおる。両脇に立つ長身の女の子と小柄な女の子も、顔にニヤニヤ笑いを貼り付けていた。

 ルマたちの表情は後ろ姿だからわからないが――。


「うっさいわね、あんたたち! あたしはともかく、姉様をバカにするのは許さないわよ!」


 やはりというべきか、パルテは怒っている。

 ルマにもパルテにも、最低限の装備は貸し与えたつもりだ。3人の少女パーティとも、装備品にそれほど違いはない。

 初心者から卒業したばかりの子が初心者を見下す――そんな光景に見えた。穏やかじゃない。


 真ん中の少女がパルテに指を突きつける。


「姉妹仲良くなんて試験をナメてるわね。これは競争よ、競争。血の繋がりだけで仲良しこよしなんてバカのすることよ。さっさと諦めたら? このシスコン」

「……いま、なんて言った? 血の繋がりが……なんだって?」


 やば。

 パルテの口調が一気にけんのんになった。

 ショートカットの白髪がざわりと逆立つ。


 俺は急いで彼女らの間に入った。


「そこまでだ。落ち着け」

「邪魔しないでよイスト! いまコイツ、あたしたちの絆をバカにしたんだから!」


 パルテがいきり立つ。なだめてもなかなか収まってくれない。

 それを見た少女パーティが笑った。


「あはは。シスコンだけじゃなく、お兄さんにおりまでしてもらってるの? ああ違うわね、その様子だとあんたたちの『ぼく』って感じ? うらやましいわあ、アゴで使える男がいるのって」


 ――ガァンッ!


 突然響いた大きな音に、少女パーティが黙り込む。

 彼女らの視線が、恐る恐る動く。

 うつむいたルマが、拳で思いっきり壁を叩いていた。

 パルテ以上の怒気をみなぎらせ、ルマがつぶやく。


「聞き捨て、なりません。誰が下僕ですって……?」


 ルマが少女たちに歩み寄る。


「イスト様をじょくするのは、この私が許しません」

「な、なにさ。マジになっちゃって気持ち悪い……」


 される少女たち。

 パルテも姉の横に並んだ。


「謝れ。いま、ここで」

「だ、誰があんたたちみたいなザコに。あ、謝って欲しければ試験で私たちより上に行ってみなさいよね!」

「わかりました」


 底冷えするルマの声。


「やってやろうじゃないの」


 感情を抑えきれない様子のパルテの声。


 双子姉妹はまったく同じ動きで、人差し指を突きつけた。


「あなたたちには」

「あんたらには」

『絶対に、負けない』


 それはアルモアの不安など吹き飛ばす、気迫と意気にあふれた宣言だった。


 試験が始まる――。


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