70.小芝居の思わぬ成果


 なんとかフィロエとアルモアをなだめ、あらためて台所に向かった俺に、今度はリギンが駆け寄ってきた。


「イスト先生!」

「どうした。もしかしてルマたちの件かい?」

「うん、そう! いいところ見せたいんだけど、サッパリうまくいかないんだ! ずっとアタックしてるんだけどさ。どうしたらいいかな!?」


 こういういちで素直なところはリギンの長所だと思う。


「ティララは『バカ』しか言ってくれなくて!」

「あー……」


 目に浮かぶ。たぶん今このときも言ってるだろうなあ。


 作業の手を止め、考える。


「よし。それじゃあ模擬戦をやるのはどうだ? お前がこれまで頑張ってきた成果を見せるんだ」

「おおっ! あ、でも俺あの子に投げ飛ばされちまってるわ」

「別にルマに勝つ必要はないさ。俺が相手役するから、お前はアルモアから学んだことを全力でぶつけてくればいい。後は俺がいい感じに白旗をげれば大丈夫だろ?」

「マジ!? おおおっ! さすがイスト先生。頼りになるぜ!」


 こいつ、すげえ調子のいいことを言ってる。

 俺は手のかかる子に苦笑しながら準備を始めた。


 それから。

 双子姉妹を観客として訓練場に招き、俺はリギンと相対した。


「準備はいいか?」

「おう! いつでもいいぜ!」


 訓練場の中央で木剣をかかげるリギン。

 始める前に俺はルマたちに言った。


「リギンも試験を受けるためにこれまで頑張ってきたんだ。彼の剣筋を見れば、わかってもらえると思う。それとよかったら、昼間のことは水に流して欲しいんだ」


 試験の受付でリギンがルマに投げ飛ばされた件だ。

 彼女は「気にしていません。こちらこそ申し訳ありませんでした」と答える。


「おふたりの模擬戦、とても楽しみです」

「ま、なんかの参考にはなるわね」


 ルマの横で妹がつぶやく。それなりに興味関心を持ってもらえたようだ。

 さて。あとはお前次第だぞ。リギン。

 頑張れ。


「はじめ」


 アルモアの合図で模擬戦が始まった。

 短い木槍を持った俺は、積極的に打ち込みにいく。特に、死角からの攻撃をわざと多用した。

 リギンのスキル【危険感知】の見せ場とするためだ。


 果たして、リギンは見事に攻撃をしのいでみせた。背中に回した木剣で槍の一撃を受け止める姿など、うちびいをさっいても格好いいと思うほどだ。


 ちらりと双子姉妹を見る。

 ふたりとも前のめりになって俺たちの戦いを見ている。特にルマは瞳をキラキラ輝かせているのがわかった。


 そろそろか。

 リギンが俺の一撃を受け止めたとき、俺はがくりと体勢を崩した。事前の打ち合わせどおりの動きだ。

 リギンはしっかりと反応し、木槍の先をはじく。俺は尻餅をついた。

 木剣の切っ先が俺の眉間に突きつけられる。


「まいった」


 俺は両手を挙げ、降参した。

 リギンは余裕がないのか、真剣な表情のまま荒い息を繰り返している。額には汗がびっしり浮かんでいた。

 俺は立ち上がる際、リギンにそっと耳打ちした。


「よくやった。正直、ここまで強くなるなんて思っていなかった。演技を抜きにしても、すごかったぞ。頑張ったな、リギン」

「あんがと先生」


 リギンがにかっと笑った。彼らしい、いい笑顔だ。


 拍手がした。ルマが満面の笑みで手を叩いてくれている。隣では姉につられて、妹の方もパチパチと拍手している。

 よし。双子姉妹にはいいアピールになった。


「イスト様」


 興奮冷めやらない表情でルマがやってくる。


「次は、どうか私と手合わせしてくださいな」


 は?


「イスト様のお力、もっと近くで感じたいのです」


 ニコニコと、心から楽しそうに申し出てくる。


 いや待て。どういうこと?

 リギンじゃなくて、なぜに俺?


「……見抜かれてるみたいよイスト。あなたの下手な芝居」


 相変わらず冷たい口調でアルモアが言った。


「そのルマって子の眼力、甘くみたんじゃない? たぶんだけど、イストと同じくらい直感鋭いよ」

「マジか」


 驚愕とともにルマを見る。

 彼女は勢いよく頭を下げた。


「よろしくお願いします!」

「あ、いや……」


 ちらとリギンを見る。汗だくになった彼はティララに引っ張られて部屋の隅で休んでいた。とても再戦できるような状態じゃない。


 ……仕方ない。

 ルマも一緒に試験を受けるのだ。どのくらいの実力か知っておくのは必要だろう。


「わかった。こちらこそよろしく頼む。それで使う武器だが」

「はい。できれば、これで」


 そう言って彼女が示したのは木の短剣であった。

 両手に一本ずつ握る。

 迷いのない選択に、俺は思わずたずねた。


「もしかして記憶が戻ったのか?」

「いえ。ただ、妙にかれるものがありました。もしかしたら、記憶を失う前の私はこうした武器に慣れ親しんでいたのかもしれません」


 しとやかな微笑み。

 それとは裏腹の、なかなかに好戦的な姿勢。

 気の強い妹の方がむしろ戦いに消極的だ。

 不思議な双子だなと思う。


「はじめ!」


 再度、アルモアが合図を出す。


 直後、俺は目をいた。

 一瞬で距離を潰されたのだ。

 この子、めちゃくちゃ速い!


「はっ!」


 まるで刃が飛んでくるような錯覚を受ける。

 しかも剣筋がまったく予想できない。

 槍真術を修めていなければ、確実に何発かはもらっていた。


 高い身体能力によって発揮される瞬発力。これが彼女の武器か。

 おっとりした言動にだまされてしまうな、これは!


「ふっ!」

「きゃっ!?」


 機を見て木槍を振るう。


 何回か打ち合ってみて、次第にわかってきた。

 速さは明確な武器。だがルマの場合、それ以上のものがない。

 フィロエやアルモアのような、攻撃の鋭さがないのだ。

 身体能力にものを言わせて、でたらめに手数を出しているようなものだ。

 ルマの息が上がってきた。スタミナもまだ発展途上らしい。


「はあああっ!」


 それでも短剣を全力で振るってくる。


 そのとき、右手に持っていた短剣に一瞬だがもやがまとわりつくのを見た。深い藍色で、夜の闇のような不思議な輝きだ。

 木槍と短剣がぶつかった瞬間、これまでで一番の手応えが手首に走る。

 ルマ本人は気付いていないのか、再び攻撃をしかけてきたときには藍色の靄は消え去っていた。


 魔法か。それとも別のスキルか。

 いずれにせよ、まだまだ伸びるぞ。この子は。


「そこ!」


 木槍がルマの首筋でぴたりと止まる。

 勝負あり。


 彼女は動きを止めると、息を整え、武器を置いた。

 そしてなぜか地面にひざまずき、深く頭を下げた。


「まいりました」

「顔を上げてくれ」


 居心地の悪さを感じ、ルマに言う。顔を上げた少女は、どことなくうっとりとした顔をしていた。


たんのうさせて頂きました……さすがイスト様。とてもすごかったです」

「あ……そう」

「また落ち着いたらお願いできますか?」


 どう答えたものか。

 予想以上にグイグイくるな、ルマ。


 俺が返答に困っていると、見かねたフィロエとアルモアが割り込んできて「今度は私です!」「いいえ私よ」「アルモアさんは審判やったじゃないですか!」「どういう理屈よそれ」「あらあらまあまあ。困りましたね」「次こそ俺の番だああっ!」と、あっという間に訳の分からない騒ぎに発展した。


 うーん。

 そうだね。

 とりあえず。

 夕飯作らないと。じゃ。


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