35.少しだけ先を歩いた俺が言う


「あのフィロエって


 ふと、アルモアが話題を変えた。


「まさかギフテッド・スキル持ちとは思わなかった。噂には聞いていたけど、やっぱりとんでもない威力なんだね。ギフテッド・スキルって」


 少し気を許してくれたのだろうか。

 アルモアの方から雑談を持ちかけてくれたことに嬉しさを感じる。


「そうだな。俺もはじめてあれを見たときには驚いた」

「すごいよね。私にそんな力はないから」

「落ち込むことはないだろう」


 彼女の杖さばきだって見事なものだ。実戦でもじゅうぶんに通用する強さなのは俺自身がこの目で見ている。

 だがアルモアはそう思っていないようだ。


「杖で戦うのは得意。だけどそれだけ。母さんの技量には遠くおよばない。私、じょうじゅつは母さんから教わったんだ」

「そうなのか」

「それに私はまだ、精霊魔法も満足に使えない。父さんはあんなに凄かったのに」


 相づちを打ちながら俺はドミルドさんたちの話を思い出す。

 そういえばアルモアの両親は、もうこの世にはいないんだっけ。


「素晴らしいご両親だったんだな」

「うん。世界で一番尊敬してる」


 両親について話す彼女は、とてもやわらかい顔をしている。

 やっぱりだ。アルモアはただ無愛想な娘なんかじゃない。


「ロドはね。もともと父さんの契約精霊だった。私が生まれたときからずっと一緒にいて。私のことも護ってくれた。そしてそれは父さんが亡くなったあとも同じ」


 アルモアの顔に陰がさす。


「ロドの力は凄い。けど父さん……契約主を失ってから、ロドの力はどんどん衰えてしまっている。私は父さんの血を引いているのに、まだろくに精霊魔法が使えない。それどころか、人付き合いさえもまともにできない落ちこぼれだ。こんなんじゃ、ロドにムリばかりさせてしまう」

「もしかして冒険者になったのは、早く一人前になって皆を安心させたいから?」


 俺がゆっくりと問いかけると、アルモアは小さくうなずいた。


「冒険者になって経験を積めば、きっと父さんや母さん、そしてロドに胸を張れると思った」

「そうすれば、皆に『もう大丈夫だよ』って言えると思った……かな?」


 じろりとにらまれる。

 ただし彼女の耳は赤い。


「……まだ出会ったばかりなのにそこまで見抜かれるの、なんかムカつく」

「年上をナメちゃあいけませんな」


 少しおどけてから、俺も本心を話した。


「同じだよ。俺だって自分の無力と向き合いながらここまできたんだ。アルモアと同じ心がけで歩いてきたんだ」


 アルモアをまっすぐ見る。

 俺のエールが届くように。


「少しだけ先を歩いた俺が言う。アルモアは大丈夫さ。だからこのままでいい」

「イスト……」


 俺の言葉にアルモアは瞳をうるませた。


「アルモア。ギフテッド・スキルなんてなくても、君にはきっと凄い才能が眠っている。だってあんなにも――」




《発見しました。

 アルモア・サヴァンスに【覚醒鑑定】を使用することができます。

 ギフテッド・スキル【命の心】【じょうしんじゅつ】および【せいれいそうしゃ】が解放可能です。

 対象の【運命の雫】に【覚醒鑑定】を実行してください》




 突然黙ってしまった俺にアルモアが首をかしげる。


「イスト? どうしたの」


 いや、なんてこった。

 まさかアルモアがギフテッド・スキル所持者だったなんて。

 しかも3種類も。


「そうか……!」


 レーデリアが感じていた不安定な気配。

 あれはミニーゲルの子どもたちに対してではなく――アルモアに対するものだったのか。


 俺はアルモアの両肩をつかんだ。


「アルモア!」

「え!? ちょ、ちょっと!?」


 彼女らしからぬうろたえ。俺は気にせずまくし立てた。


「落ち着いて聞いてほしい。君が持っている力は――」


 事実を言いかけたそのときだった。


 陽光がフッとさえぎられた。

 2人して振り返る。


 眼前に、巨大な『口』が迫っていた。


「危ないアルモア!」


 とっさにアルモアを突き飛ばそうとする。


 ――が、間に合わない。


 俺とアルモアは2人とも、巨大な口に飲み込まれてしまった。


 一瞬で視界が暗転する。

 足裏に床の感覚がない。落ちる。落ちる。


「ぐっ!?」


 おそらく体感で建物3階ほどの高さはあった。固い地面に身体を叩き付けられ、肺から息がしぼり出される。


「大丈夫、イスト!?」


 うめきながら上体を起こすと、アルモアが手を差し伸べてくるところだった。

 見たところ彼女に外傷はない。よかった。しかしさすがだ。突然のことでもちゃんと着地できている。


 俺はアルモアの手を借りて立ち上がる。

 鈍いにぶ痛みを身体のあちこちに感じた。

 ただ幸い、腕も足も動く。内臓にもダメージはないみたいだ。


「ああ。問題なさそうだ」


 俺が口元を緩めてうなずくと、アルモアはほっと息を吐いた。


 あらためて辺りを見回す。

 そこは不思議な空間だった。


 たいまつも採光用の窓も見当たらない。薄暗い室内だ。

 部屋の全体像は見えないが、かなりの広さがあることはわかる。

 椅子、机、階段、そういったモノはいっさいない。本当にただ四角くだだっ広いだけの空間だ。


 不気味すぎる。床も壁も、おうとつひとつないなんて。

 それになんだ。この不快な肌寒さは。


「なんてこと」


 アルモアが呆然とつぶやく。

 そこには驚きと、恐怖と、そしてなぜか怒りが混ざっていた。


「アルモア、どうしたんだ。なにか感じるのか」

「……いるの」

「いる?」

「大量の……精霊が。窒息ちっそくしてしまいそうなほど苦しんでいる」


 精霊使いを父に持つ少女は唇を噛んだ。


「なんて、ひどいことを」


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