第33話:姫騎士さまの代わりに正義の天誅
「謝りたまえ。謝らないって言うならば……」
姫騎士さまの右手がすぅっと上がっていく。いつものように、剣先のような人差し指を
「岸野っ! 待て! 落ち着けっ!」
俺は姫騎士さまに駆け寄りながら声をかけた。
「えっ? あの……えっと……」
岸野は俺の声で、ハッとしたような顔をした。
そしてなぜか急に優しい話し方になって言い直す。
「謝らないって言うなら、先生を呼びますよ。やっぱりそんな態度は良くないと思いますし。ほら、周りの皆さんも注目してますよ」
──は? 急に岸野はどうしたんだ?
俺が近くに寄ると、姫騎士さまはちょっとバツの悪そうな表情で、チラッと俺の顔を見た。
もしかして──昨日の夢の中で言ってたように、そして今日の岸野がそんな素振りを見せていたように、俺に可愛いところを見せたいからなのか?
さっきはこの男の蛮行に思わず正義の血が騒いで、いつものように怒り出した姫騎士さまだけど、俺の声に我に返ったって気がする。
そんなことを気にしなくてもいいのに。岸野が俺のせいで思うように行動できなくなってるなんて、申し訳ない。
だけど今はそんなことを言ってられない。とにかくこの状況を切り抜けないと。
「なんだよお前。岸野ってヤツだよな? 姫騎士なんて呼ばれて、正義の味方面をしてるらしいな。引っ込んどけよ!」
「くっ……」
岸野は何か言いたげだけど、ぐっと言葉を飲み込んだ。今の岸野は俺のことを気にして、いつものように話せない。ここは俺がなんとかするしかない。
「まあまあ、待ってよ。岸野さんの言うことは間違ってないし、倒した男子に謝ったら?」
「なんだよてめぇは? また地味な弱っちいヤツが出てきたな。引っ込んどけよ!」
太い声で俺を恫喝するように、
ん~困ったな。このまま逃げ出したりしたら、正義感の強い姫騎士さまはきっと我慢ならないだろう。
「く、国定くん……」
突然俺が横から口を出したものだから、姫騎士さまは驚いた顔で俺を見ている。
俺は
ホントはあんまり揉め事なんか起こしたくないけど、ここは仕方がない。俺だって剣道では、大勢のおっかないヤツを倒してきたんだ。気力迫力には自信がなくも……ない。
姫騎士さまのためにも、ここは絶対に引かずにいってやる。そう思って俺は、気合いを入れて男に注意した。
「人に迷惑をかけておいて、お前は謝ることもできないのか? ちゃんと謝れよ」
「はぁ? なんだって?」
ぎろりって睨まれた。正直言って、かなり怖いよ。逃げ出したい気分。
だけどさっき心に決めたばっかじゃないか。姫騎士さまの代わりに、コイツに正義の天誅をくだすんだ。
「いいから謝れ」
「なんだって? 偉そうにすんなよおまえっ!」
デカ男は突然拳を振り上げて、俺に向けて振り下ろしてきた。
学食の中でホントに殴ってくるとは思えないから、殴るふりで俺をビビらせるつもりだろう。だけどホントに殴ってこないとも限らない。
それにしてもコイツ、振りかぶりが大きすぎて、顔面がガラ空きだ。これが剣道なら、面でも突きでも余裕で入る。
そう思った俺は、右手の人差し指を剣の切っ先のようにすっと伸ばして、
よしよし。かなり驚いて青い顔をしてるぞ。
「いいから謝れよ。さもないと天誅がくだるぞ」
追い打ちをかけるように、思い切り気合いを入れてグッと睨む。デカ男はさらにひるんだ表情を浮かべた。
「ぐっ……くそっ。わかったよ」
「じゃあ行こうか岸野さん」
「あ、うん……」
教室に向かって廊下を歩いていると、横を歩きながら姫騎士さまはこんなことを言ってきた。
「助けてくれてありがとう国定くん」
「あ、いや。岸野のキメ台詞取っちゃってごめん」
「あ、そんなこと、気にしなくていいから」
「ところで岸野。体調悪いのか?」
「えっ……なんで?」
「いやちょっとな。あの男に対峙する時さ、いつものキレがないような気がしたから」
「そっ……そうかな……?」
もちろん姫騎士さまの体調のせいじゃないのはわかっている。だけどそういうことにしておいた方が、俺が言いたいことを伝えられるんじゃないかと思った。
「また体調が戻って、いつものキレで『天誅をくだしてやる!』ってやるのを期待してるよ」
「あ、ああ……そう……だね」
今ので、俺の気持ちがどこまで岸野に伝わったのかはわからない。けれども少なくとも俺が、姫騎士さまの『天誅』に悪い印象を持っていないことは伝えられたと思う。
「ところで国定くん……」
「ん?」
「蓮華寺さんって、すごく可愛いよね」
岸野は俺が可愛いタイプの女の子を好きだって知ってる。これはきっと、俺の気持ちを確かめようとしているに違いない。──俺はそう感じた。
「ん……そうかな? 俺は別に、そう思わないけど?」
「ふぅん。そうなんだね」
姫騎士さまは何げないクールな話し方をしているけれど。
横目でチラッと横を歩く岸野を見たら、案の定にへらと笑っていた。
美少女な姫騎士さまが見せるそんな姿は、やっぱりかなり可愛かった。
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